第七話 競売手続きと武官からの依頼
一口食べただけで身体の底から活力が湧き上がる極上の焼き菓子『蜂蜜ボール』の衝撃から、どうにか正気を取り戻したギルドマスターのバイトンと鑑定士のソフィアは、深く息を吐き出しながら姿勢を正した。
バイトンは手元に並べられた大樹の薬草や果実、そして輝く魔力結晶を見つめ、静かに提案した。
「で、では……これらの品物は一旦ギルドでお預かりし、各機関への競売という形で出品させていただく事で宜しいでしょうか?」
「競売ですか?」
静が首を傾げると、バイトンは申し訳なさそうに頷いた。
「はい。さすがにこれだけの高品位な品々となりますと、ギルドの一存で価格や引き取り先を決めるわけには参りませんで……」
「そうですか。では、よろしくお願いいたします」
静が素直に納得して頷く横で、アリアとリーナはチラリと静の顔を盗み見た。
(……この様子じゃ、競売にかける本当の意味を多分分かってなさそうね)
(ええ、『果物や薬草をわざわざオークションに出すなんて珍しいな』くらいに思っていそうだわ……)
二人が内心で苦笑していると、ソフィアがどこか興奮を隠しきれない様子で目を輝かせた。
「それにしても、あの場所(空白地帯)は本当に凄まじいですね……。今まで見たこともないような品々が次々と持ち込まれて、いつも驚かされてばかりです」
「ふふ、また何か珍しいものを見つけたら、アリアたちに持ってきてもらいますね」
静が嬉しそうに微笑むと、ソフィアは「ぜひお願いいたします!」と何度も頷いた。
「じゃあ、あとの手続きや管理は任せるわね」
リーナが告げるとバイトンも「承知いたしました。価格が決まり次第、いつもの口座へ振り込ませていただきます」と恭しく一礼した。
◆◆◆
品物の手続きがひと通り終わり、一行が立ち上がろうとしたその時、バイトンが「あ、それと……」と思い出したように声をかけた。
「別件の依頼があるのですが……もう少しだけお時間をよろしいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
静が足を止めると、バイトンは少し表情を引き締め、言葉を選びながら切り出した。
「実は……あるお方から、あの場所についての『調査補助』の依頼が出ておりまして。信頼と十分な実績のある冒険者を探しているところなのです」
静、アリア、リーナの三人は互いに顔を見合わせた。
「場所が場所なだけに、むやみに一般の冒険者を紹介するわけにもいかず、困り果てておりまして……可能であれば、アリア殿たちにお引き受けいただけないかと」
「そうねぇ……内容にもよるけれど、静次第かしら?」
アリアが静へと視線を向けると、リーナも静かに頷いた。
「一応私たちは、あの場所での任務を静の護衛兼助手として受けているから、静の意向が最優先になるわね」
「あ、もちろん無理にとは申しません! 可能であればで結構ですので……!」
慌てて手を振るバイトンに、静は和やかに微笑んだ。
「アリアやリーナが問題ないと思っているなら、受けてもらってもいいよ。その間は屋敷でセリナたちとお菓子でも作りながらのんびりしてるよ。」
静が軽やかに答えると、アリアは腕を組んでバイトンへと向き直った。
「まあ、静がそう言ってくれるなら……もちろん、期間や詳細な条件次第ではあるけれど。そのあたりはどうなのかしら?」
「はい! 期間は三日ほどで、空白地帯の外延部の調査になります。依頼者は『教会の駐在武官』であられるレナード様です。さすがに手練れの武官様であっても、お一人での調査には限界があるようでして……先ほど正式に依頼を発注されたばかりなのです」
「レナード……」
アリアがぽつりとその名を繰り返すと、リーナも小さく頷いた。
(教会の武官……なるほど、さっき廊下ですれ違ったあの青年ね。ちょうどどんな人物か調べようと思っていたところだから、好都合だわ)
(さっき支部長の部屋から出てきて、鋭い目線で静を見ていた人ね……どんな人物か知るのにちょうどいいわ)
アリアとリーナは、静かに目線だけで合図を交わした。
「三日か……アリアたちがいない間、大丈夫かな」
静が少し心配そうに呟くと、アリアがからかうように笑った。
「あら、心配してくれるの? 大丈夫よ、屋敷にはセリナたちもいるし、何かあればすぐ連絡板で知らせるから」
「うん、それもそうだね。気をつけて行ってきてね」
静が安心したように頷くのを見て、リーナも「ふふ、任せてちょうだい。ちょうど、あの方がどんな調査をするつもりなのか、興味もあるし」と、どこか楽しげに目を細めた。
「いいわ、三日程度なら引き受けましょう。いつから調査に向かうか、確認をお願いできるかしら?」
「受けていただけますか! ギルドとしても、教会からの直々の依頼を無下に断るわけにもいかず困っていたところでした。本当にありがとうございます!」
バイトンはホッとしたように胸を撫で下ろし、深々と頭を下げた。
話が無事にまとまり、一同は特別室を後にする。
アリアとリーナの隣を歩きながら、静は心の中でぽつりとつぶやいていた。
(さっきのカッコいい鎧を着ていた、騎士様みたいな人からの依頼なのかな? いいなぁ、なんだか本格的な冒険って感じで……。ついていったら、アリアたちに怒られちゃうよね?)
二人が思いもよらない呑気な好奇心を抱きながら、静たちはセリナや子どもたちが待つ仮設診療所へと向かって、明るい街並みを歩き出すのだった。




