第六話 鑑定の宝珠と労いのおやつ
「では早速ですが、品物を出していただけますか?」
室内に入ってきた女性鑑定士のソフィアが丁寧に一礼すると、アリアは腰のマジックポーチへ手を伸ばした。
「ええ、じゃあこれをお願いね」
アリアがテーブルの上にそっと取り出したのは、今回の探索で得られた数々の品々だった。
大樹の周辺で摘み取った瑞々しい薬草類、桃に似た芳醇な香りを漂わせる果実や、紫色のブドウのようなもちもちとした食感の果実、そして以前、鍾乳洞の奥で採取し、大切に保管していた小ぶりな『魔力結晶』を少量。
どれもが息を呑むほど鮮やかな色合いと、豊かな魔力を身に纏っている。
「この果物、みんなで見つけたやつだよね。本当に美味しかったなあ」
静が懐かしそうに目を細めると、アリアも頷いた。
「ええ、あかねとルゥが競うように見つけてきた実よ。あっちの紫の方は、マルが見つけて得意げにしていたものね」
「ふふ、確かにあの時のマル、誇らしげだったわ」
リーナが小さく笑いながら相槌を打つ。そんな和やかなやり取りをよそに、持参した専用の鑑定道具を手に取り査定を始めたソフィアだったが、品物に触れるごとにその顔色が徐々に青ざめていった。
「アリアさん、これって例の場所(空白地帯)からの品物ですよね……? いつもの薬草類や魔力結晶だけでも十分に規格外なのですが……今回の薬草や果実は、私程度の鑑定スキルでは弾かれてしまい、詳細まで読み取ることができません……」
引き気味に震える声で報告するソフィアの横でリーナは(ああっ、やっぱりそうなるわよね……普通はこんな反応よね)と内心で苦笑していた。
そのやり取りを聞いていた静は
(あれ? すごく美味しい果実だったけれど、街中の露店でも手に入るようなありふれた物だから、わざわざ鑑定するようなものじゃないってことなのかな?)
と、完全に明後日の方向へと解釈していた。
「ああ、無理に詳細まで鑑定しなくて良いわよ。ちょっとどんな感じか静に教えたかっただけだし、何なら引き取らなくても……」
アリアが気遣うように声をかけるとソフィアは凄い勢いで食い気味に手を出して制止した。
「ちょっと待ってください!! ぜひ引き取らせてください!!」
「支部長に確認して『鑑定の宝珠』の使用許可をもらってきますので! 少々お待ちください!」
ソフィアは捲し立てるように叫ぶと、風のような速さで特別室を飛び出していった。
パタンと扉が閉まった室内で、静は不思議そうに首を傾ける。
「ソフィアさん、あんなに慌ててどうしたのかな? 無理に鑑定しなくて差し支えなかったのにね」
静のあまりにも呑気な感想にアリアとリーナは(いやいや、今の尋常じゃない慌てっぷりを見て、その感想はどうなの!?)と心の中で同時に盛大にツッコミを入れるのだった。
扉が閉まってからしばらく、静たちは手持ち無沙汰にお茶を啜っていた。
「それにしても、支部長さんってどんな人なんだろうね」
静がのんびりと呟くと、アリアが思い出したように答えた。
「バイトンさんね。厳つい見た目に反して、意外と気さくな人よ」
「腕っぷしも確かで、元は前線で戦っていた冒険者だったと聞いたことがあるわ」
リーナが付け加えると、静は「へえ、じゃあ本気で怒られたりしたらちょっと迫力ありそうだね」と苦笑した。
◆◆◆
それからしばらくして部屋の扉が再びノックされた。
入ってきたのは、先ほど慌てて飛び出していったソフィアと、重厚な装飾が施された箱を抱えた壮年の男性――フォルツ支部のギルドマスターであるバイトンだった。
「アリア殿、お久しぶりです。ソフィアから伺いましたが……かなりの品を持ち込まれたとか。やはり、例の件(空白地帯)で?」
「はい、支部長。確認をお願いできますか?」
アリアが頷くと、バイトンは鋭い視線を静へと向けた。
「ところで……こちらの御仁は?」
「心配しなくても平気ですよ。事情をすべて知っている、私たちを支援してくれている方です」
アリアの紹介を受け、バイトンが「フォルツ支部で支部長を務めております、バイトンと申します」と名乗ると、静は姿勢をすっと正し、柔らかくも隙のない笑みを浮かべてお辞儀をした。
「初めまして、静と申します。アリアさんたちにはいつも大変お世話になっております」
元社会人らしい丁寧で洗練された挨拶に、バイトンは(ただ者ではないな……)と内心で息を呑み、礼儀正しく返礼した。
ソフィアが大事そうに箱から取り出したのは、神秘的な光を微かに放つ『鑑定の宝珠』だった。
彼女はそれを各種素材へとかざし、魔力を注ぎ込んでいく。
やがて宝珠が強く輝き、表面に古代文字の測定結果が浮き上がった瞬間、ソフィアの顔から完全に血の気が引いた。
「……えっ? こ、これって……! し、支部長! ちょっとこちらを見ていただけますか!?」
悲鳴に近いソフィアの声にバイトンが眉をひそめて宝珠を覗き込む。
刻まれた数値を読み取った瞬間、バイトンもまた目を見開き額から冷や汗を流した。
「こっ、これは……とんでもない物を持ってきましたね……」
バイトンは震える声でつぶやき、深く息を吐き出した。
「アリア殿、静殿……控えめに言っても、これは国や大機関が動くレベルの極上品ですが……本当にこれをギルドへ納品していただけるのですか?」
「ええ、もちろんよ。それほど頻繁には出せないけれど、有効に活用してもらえるかしら?」
リーナが涼しい顔で応じると、バイトンは「感謝いたします……! ギルドの責任において、最高値で引き取らせていただきます」と深く頭を下げた。
静はひっそりとアリアの袖を引っ張り、小声で尋ねた。
「アリア、どういうこと?」
「要は普通の素材じゃなくて、国が欲しがるほどの凄まじい価値があるってことよ」
アリアが苦笑しながら解説すると、静は「へぇ、そんなに凄い物だったんだ。じゃあ、そこそこいい値段になりそうだね」と無邪気に微笑んだ。
その言葉にアリアとリーナ、そしてバイトンとソフィアの心が一つ重なった。
((((そこそこ、なんてレベルじゃないわよ(です)……!!))))
◆◆◆
あまりの衝撃と緊張にバイトンとソフィアはすっかりやつれた様子で疲弊していた。
その様子を見た静は「あ」と声を上げ、マジックポーチから丁寧に紙で包まれた小包を取り出した。
「お二人とも、なんだかすっかりお疲れのようですし……良かったらこれ、召し上がってください。とてもやさしい甘さのお菓子なんです」
「え……? あ、ありがとうございます、静殿……」
バイトンとソフィアは恐縮しながらも、静から手渡された香ばしい焼き菓子――『蜂蜜ボール』の蜂蜜をたっぷり練り込んだ焼き菓子を口へと運んだ。
次の瞬間。
ふわりと口いっぱいに広がる甘く芳醇な香り。
サクッとした歯ごたえの後に、身体の奥底からじわじわと温かなエネルギーが湧き上がり、一瞬で全身の疲労が吹き飛んでいくような凄まじい回復感と極上の美味が二人を襲った。
「「ッ……!??!?」」
バイトンとソフィアは言葉を失い、目を見開いたまま互いの顔を見合わせた。
(な、何なんだ……このお菓子は……!? 食べるだけで身体の底から力がみなぎってくるような……こんな味、宮廷の夜会でも食べたことがないぞ……!?)
絶句したまま震える二人に対し、静は「美味しかったですか? まだありますから、遠慮なくどうぞ」と心からの優しい笑顔を向けていた。
バイトンとソフィアはその優しさと常識外れの品々を前に、ただ呆然と顔を見合わせるしかなかった。




