第五話 特別室の納品とすれ違う青銀
重厚な木造の扉を静かに押し開き、静、アリア、リーナの三人は活気に満ちた『冒険者ギルド フォルツ支部』の中へと足を踏み入れた。
館内には装備を整えた冒険者たちが行き交い、賑やかな話し声が響いている。アリアは迷いのない足取りで受付へと向かうと、顔なじみの受付嬢へと明るく声をかけた。
「サーシャ、いつもの納品なんだけど空いているかしら?」
受付カウンターの奥にいたサーシャはアリアたちの姿を認めると、すぐに丁寧な笑みを浮かべた。
「アリアさん、リーナさん、お疲れ様です。すぐに鑑定士を向かわせますので、奥の部屋でお待ちください」
サーシャが受付横にある関係者用の通路の先を示すと、アリアは「ありがとう、サーシャ。じゃあ先に移動しているわね」と親しげに頷いた。
そのやり取りを隣で聞いていた静は、不思議そうに隣のリーナへと首を傾げた。
「こういう時って、普通は受付カウンターで依頼の達成報告をしたり、納品したりするんじゃないの?」
静の素朴な疑問にリーナはクスッと小さく微笑んで説明を添えた。
「ああ、静はあまりギルドの仕組みを知らなかったわね。通常の冒険者なら、依頼を達成したらあちらの報告受付へ行って、納品物がある場合は指定された鑑定場所へ持ち込むのよ」
「そうなの。でも私たちは一応、国とギルド、そして教会からの『特別依頼中』という扱いになっているから、こうして別の部屋を借りて手続きをするのよ」
アリアが補足すると、リーナも「それだけ、あの場所(空白地帯)の件が重要視されているということね」と苦笑交じりに続けた。
それを聞いた静は感心したように目を丸くし、どこか楽しそうに笑った。
「へぇ、そうなんだ。特別扱いってなんだかすごいね」
悪気もなくのんびりと応じる静の横顔を見合わせ、アリアとリーナは内心で(静……この様子じゃ全然わかってないわね)と思わず苦笑してしまうのだった。
ふと、静は壁に貼られた無数の依頼書が並ぶ掲示板に目を留めた。
「これが噂に聞く依頼掲示板なんだね。みんなここから仕事を選ぶの?」
「ええ、そうよ。討伐依頼から採取依頼、護衛依頼まで色々あるわ」
アリアが説明しながら掲示板を指差すとリーナも付け加える。
「ランクによって受けられる依頼も変わってくるの。私たちは上級冒険者だから、あちらの上の方に貼られている難易度の高いものも受けられるのよ」
「へえ、面白いね。今度依頼が終わった後とか、少し見学させてもらってもいい?」
「ふふ、もちろんよ」
アリアが笑って頷くと、静は興味深そうにもう一度掲示板を眺めてから、二人と共に受付奥の通路へと足を進めた。
◆◆◆
静たちが案内された奥の特別室へと向かって廊下を歩いていると、少し先の部屋の扉がすっと開き、一人の青年が姿を現した。
青銀の短髪に澄んだ翡翠色の瞳。二十代前半ほどの引き締まった体格をしており、上質な仕立ての鎧を身に纏っている。
「それではギルドマスター殿、先ほどの件、よろしくお願いいたします」
青年は室内の人物へ向かって丁寧な一礼を捧げ、扉を閉めると静たちとすれ違うように廊下を歩き始めた。
すれ違うその瞬間――青年の鋭い視線が、ふと静の姿へと向けられた。
(な、なんだ……? この青年……見た目はごく普通の人間のはずなのにこの気配は……? いや、纏っている魔力の質が圧倒的に違う……!)
青年の心中に走った一瞬の戦慄を静は知る由もない。すれ違いざま静はごく自然に「こんにちは」と穏やかな笑みを浮かべて軽く会釈を交わす。青年は僅かに息を呑みながらも、洗練された動作で無言のまま会釈を返し、そのまま静たちの横を通り過ぎていった。
アリアとリーナは青年の身に纏う雰囲気が普通の冒険者とは、明らかに異なる鋭さを秘めていることに気づき、一瞬だけ身を硬くしてすれ違う後ろ姿を目で追っていた。
「……ただ者じゃないわね」
アリアが静に聞こえないほどの小声で呟くとリーナも「ええ。身に纏う雰囲気が、冒険者のそれとは違っていたわ」と静かに同意する。
「ギルドマスターに直接会いに来るくらいだから、それなりの立場の人なんでしょうね……。それにしても、あんな鋭い目で静を見るなんて」
アリアがさらに声を潜めて呟くと、リーナも眉をわずかに寄せた。
「気配だけなら……下手をすると私たちよりも隙がないかもしれないわ。少し調べておいた方が良さそうね」
そんな二人の緊張感を知らない静は、すれ違った青年の背中をのんびりと見送りながら
(うわぁ、冒険者っぽくないけれど、カッコいい鎧を着ていて強そうだなぁ。物語に出てくる騎士様みたいだ)
と呑気な感想を抱いていた。
◆◆◆
特別室に入りソファに腰掛けて待っていると、間もなくしてドアがノックされ、先ほどの受付嬢サーシャがお茶の載ったお盆を持って入ってきた。
「お待たせいたしました、アリアさん、リーナさん。間もなく鑑定士が参りますので、温かいお茶でも飲んでお待ちくださいね」
サーシャは手際よく湯気の立ち上るカップをテーブルへ並べていく。静が「サーシャさん、ありがとうございます」とお礼を言うと、サーシャが一瞬目を見開き、少し頬を赤らめながら「いえ、とんでもございません。どうぞごゆっくり」と微笑んで丁寧にお辞儀をし部屋を後にした。
サーシャが扉を閉めたのを確認すると、アリアが楽しそうに目を輝かせて静を覗き込んだ。
「静、今お礼を言った時のサーシャを見た?」
「ん? 何かあったの?」
全く心当たりのなさそうな静にアリアは「静がお礼を言った時、サーシャ凄く顔が赤くなっていたわよ」と悪戯っぽく笑う。
「静は普通にお礼を言っただけでしょうけれど……随分と好印象だったみたいね」
リーナも口元を緩めてくすくすと笑うと静は「えっ? 普通にお礼を言っただけなんだけどなぁ……?」と心底困惑した様子で首をひねった。その困惑しきった様子が可笑しかったのか、アリアとリーナは楽しそうに顔を見合わせて微笑んだ。
「それにしても、今日は何を鑑定してもらうんだっけ?」
静が思い出したように尋ねると、アリアはカバンの中に入れてきた布包みをそっと確認しながら答えた。
「今回大樹で採れた薬草と果物よ。それから、以前見つけた綺麗な鉱石も少し持ってきているわ。果物はいつも果実酒にも使っているから、一緒に納品するの」
「へぇ、楽しみだね。どんな鑑定結果になるのかな」
静が無邪気に微笑むと、リーナはカップの縁に指を這わせながら、どこか意味深に目を細めた。
「ふふ、静はまだ何も知らないから、そう暢気でいられるのよ」
「え? そうなの?」
きょとんとする静にアリアとリーナは顔を見合わせ、悪戯っぽく笑うだけで、それ以上は答えなかった。
そうして和やかな時間を過ごしていると、やがて部屋の扉がトントンと控えめにノックされた。
「失礼いたします。これより、納品された物品の鑑定を行わせていただきますね」
扉が開き、手に専用の道具を持った知性的な佇まいをした女性鑑定士のソフィアが静かに入室してきた。
静は運ばれてきたお茶を一口すすりながら
(緊張するなぁ、鑑定ってどんな感じでするんだろう?良い結果が出るといいなぁ)と、これから始まる納品に期待を寄せていた。




