第六話 世界樹の謎と大樹の階段
それは二匹の新しき家族が領主館へと迎えられた数日後の夜。屋敷のリビングでは、竈の火が爆ぜるパチパチという心地よい音が響き、全員で温かいハーブティーを囲んで一息ついていた。静の足元ではツキが漆黒の毛並みを丸くしてすやすやと眠り、暖炉の前ではマルやルゥたちもすっかり寝静まっている。
「ねえ、静。明日もう一度あの大きな木の場所へ連れて行ってもらえないかしら?」
ミレイアがお茶を一口すすって静を見つめた。その隣ではリーナも深い眼差しを静へと向けている。
「リーナとも話したの……あの場所までの魔力分布、一週間歩いていて気が付いたのだけど、あの木に近づく程、異常なほど純度が高くて安定しているのよ。エルフとして、どうしてももう少し詳しく周囲を調べておきたくて」
「ええ、私もミレイアと同意見よ、静。あの大樹の周囲から感じる精霊たちの気配は『ダークエルフの古い伝承』に出てくる記述とあまりにも酷似しているわ。木肌の声をもう少し近くで聴いてみたいの」
二人の熱心な言葉に静はのんびりと微笑みながら頷いた。
「うん、いいよ。あそこは本当に綺麗で落ち着く場所だしね。それじゃあ、明日はみんなでまた散歩がてら、あの木の周りを詳しく調べてみようか」
「やったぁ!私、明日はもっと面白いもの見つける!」
フィアがソファから身を乗り出して元気よく声を上げると、その肩の上でハルが「ひゅん!」と嬉しそうに風を巻いた。アリアも「それじゃあ、明日はちょっとした遠足ね」と楽しそうに目を細める。静の隣に座るセリナも、黒晶の髪飾りを優しく揺らして「お弁当の準備、私もお手伝いしますね」と柔らかく微笑むのだった。
◆◆◆
翌朝、朝食とお弁当の支度を調えた一行は、静が右手を軽くかざしたことで生じた柔らかな光の粒子に包まれ、一瞬にしてあの満開の桜色の花びらが舞い散る大樹の根元へと降り立っていた。相変わらず世界を包み込むような圧倒的な美しさと神聖な空気が満ちているが、一行には一切の緊張感はない。広大な大樹の周囲を効率よく調べるため、アリアの発案でいつもの三班に分かれて探索することになった。
「よし! 私とフィア、それにあかねとハルは、この祠の周辺を中心に見回ってくるわね」
アリアが手にした網を軽く担ぎ直して笑う。フィアは「あかね、どっちが先に見つけるか勝負だよ!」と叫んでダッシュし、夕日の色をしたあかねが「きゅ!」と声を弾ませてそれを追いかける。ハルも「ひゅるぅ!」と大きく羽を広げて二頭の後を追い、アリアが「こら、あんまり遠くへ行っちゃ駄目よ!」と呆れ半分に笑いながらついていく。祠の周りは一瞬にして賑やかな笑い声で満たされた。
一方、右回りへと進んだのはミレイアとリーナの班だった。「ルゥ、マル、足元に気をつけてね」リーナが優しく声をかけると、ルゥが「くぅ」とロップイヤーのような垂れ耳を揺らしながらトコトコと先導し、マルが「ぷぅ、ぷぷぅー」と長閑に鳴きながら、春のふかふかな土を前足で「ぽむぽむ」と丁寧に叩いて土壌の感触を楽しんでいる。リーナはその横で手帳を片手に、木肌から溢れる魔力の密度を真剣な表情で書き留め、ミレイアがその解析を隣で静かに見守っていた。
大樹の周囲に満ちるあまりにも濃密で清らかな魔力に、二人が改めて感嘆のため息を吐くなか、左回りのルートをのんびりと歩いていたのが、静とセリナ、そしてツキの班だった。
「お、セリナ、見てごらん。この木の根元にすごく立派なキノコが生えているよ。これは日本にいた頃によく見た肉厚な椎茸にそっくりだ。今夜のスープに入れたら、絶対に良い出汁が出るよ」
「まぁ、本当ですね。丸くてとても可愛らしい形をしています。静様、こちらにはみずみずしい春の山菜らしき若芽も顔を出していますよ」
「素晴らしいね。これも少し摘んでいこうか」
周囲がどれほど神聖な大樹の謎に身を構えていようとも、静の手つきは完全にただの「楽しいキノコ・山菜狩り」のそれだった。静はあまり意識せず自然な動作で手をかざし、掘り起こした株やキノコを空間の彼方へと収納していった。セリナはその無欲でマイペースな静の姿を、隣でただただ愛おしそうに見守りながら、摘んだ山菜をカゴへと収めていた。
そんな穏やかな食材採取の最中、静の足元を静かに歩いていたツキが、ふいに何かを察知したように耳をピクピクと動かした。淡く揺れるように黒晶の奥が明滅していた。まるで大樹の奥深くから届く懐かしい気配に応えるかのように、ツキはふいに耳を立てる。
「にゃあ」
ツキは短く鳴くと、それまでのんびりとしていた足取りを一変させ、大樹の張り出した巨大な幹の方へとタタタッと軽快に先導して走り出した。
「おや? ツキ、急に走ったら危ないよ」
静は苦笑しながら、セリナと共にツキの後を追って大樹の根元へと近づいていく。ツキが辿り着いたのは、大樹の側面にある、大人が何人も余裕で入れるほどに大きく開いた幹のウロの前だった。ツキはウロの中を覗き込みながら、静が追いついてきたのを見て、「にゃにゃ」と振り返って喉を鳴らした。
「ウロの中かい? どれどれ……」
静がツキの隣に立ち、その仄暗い空洞の中を覗き込んだ瞬間、思わず「おや」と声を上げた。
大樹の内部であるはずのその場所には、自然にできた空洞などではなく、まるで誰かが丁寧に切り出したかのような、上部へと整然と続いている神秘的な螺旋状の石階段が設置されていたのだ。周囲の壁には不思議な発光する苔のようなものが群生しており、ウロの奥は仄かに、そして温かく明るく照らされている。
「静様、これって……上のほうまで、ずっと階段が続いているみたいですね」
セリナが驚きに目を細めながら黒晶の髪飾りを揺らす。
(この場所も、やはり特別な場所なのでしょうか……)
大樹の周囲に満ちる神聖な空気とはまた違う、不思議な静けさと温もりが階段の奥から伝わってくる。その感覚に小さく胸を震わせながらも、セリナは静の隣に寄り添う。
静はウロの中の不思議な階段を見上げ、のんびりと顎に手を当てる。
「木の真ん中に、こんなに綺麗な階段があるなんて面白いね。ひょっとして、これって上まで行けたりするのかな? よし、せっかくだからみんなを呼んで、一緒に上ってみようか」
静は何の警戒心もなくそう言って笑うと、アリアたちのいる祠の方向へと優しく大きく声をかけた。
「みんな、ちょっとこっちに来てみてよ。面白いものを見つけたよ!」
その声は、春の木々の間を抜けて、三班それぞれの方向へと穏やかに届いていった。




