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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十七章 春の木陰と、優しさが繋ぐ新たな縁

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閑話 陽だまりの小さな発見と、自慢の家族

世界樹の下での奇跡的な出会いから、数日が過ぎた。春のうららかな陽気が満ちる領主館のプライベートな中庭のテラスには、今日もどこか浮き足立った、温かな空気が流れている。


「――はい、ルナ。今日の朝ご飯ですよ。お口に合うと良いのですが」


フォルティナは領主としての凛とした佇まいを少しだけ緩め、テラスの床へそっと綺麗なお皿を置いた。お皿の中には、先日静のお屋敷からお裾分けしてもらった、あの瑞々しい紅蓮の雫を細かく刻み、私費で購入した新鮮な温かいミルクと合わせた特製の朝食が盛り付けられている。


「くぉん」


白銀の美しい毛並みを揺らしたルナは、普段の澄ました落ち着いた様子で歩み寄ると、まずはフォルティナの指先に小さく鼻先を寄せた。それから、上品にペロペロとミルクを舐め、甘い果実を器用に美味しそうにもぐもぐと食べ始める。


「ティナだけずるい! ほら、サンもご飯よ。こっちにおいで!」


フレイアも楽しそうに声を弾ませ、隣のテーブルに同じお皿を置いた。すると、フレイアの肩に乗っていた薄黄色のもふもふとした小鳥――サンが「ぴぴっ!」と元気よく鳴いて小さな羽をパタパタと震わせた。好奇心旺盛なサンは、一度フレイの頭の上にちょこんと飛び乗ってから、滑り込むようにお皿の前に着地し、大好きな赤い果実を小さな嘴で夢中になってついばみ始める。


「ふふ、二人とも本当に美味しそうに食べますね。静さんのおかげで、この街の食べ物も以前よりずっと豊かになりましたが……やはり、あの屋敷からいただいた果実は特別のようです」


「本当ね。この子たちの美味しそうな顔を見てるだけで、毎日の激務の疲れなんて一瞬で吹き飛んじゃうわ」


二人はお茶を飲みながら、もぐもぐ、ペロペロと一心不乱に食事を楽しむ新しい家族の姿を、ただただ目を細めて幸せそうに見守っていた。


◆◆◆


お腹がいっぱいになった二匹は、テラスから春の瑞々しい芝生の上へと飛び出していった。


サンの薄黄色の身体が、ひよこのようにトコトコと短い足で元気に走る。すると、ルナがそれを落ち着いた足取りで追いかけ、サンがピョンと跳ねると、ルナが「くぅん」と甘えた声を漏らして前足で優しくじゃれついた。普段は澄ましているルナだが、サンの前やフォルティナの前では、驚くほど甘えん坊なギャップを見せる。まるで本当の姉妹のように転がり合って遊ぶ女の子二匹のもふもふな姿は、見ているだけで胸が洗われるようだった。


やがて、サンがパタパタと近くの生垣やテーブルの上へと飛び回り、そこに落ちていた綺麗な花びらを小さな嘴でくわえて遊び始めた。


「サン、あんまり遠くに行っちゃダメよ?」


少し離れた生垣の奥へ行こうとしたサンに、フレイアが椅子から立ち上がって声をかけた、次の瞬間だった。


パチッ、と小さな静電気のような音が中庭に響く。刹那、サンの額にある小さな雷晶が淡く輝いた。サンの姿がその場からかき消えたかと思うと、次の瞬間には、フレイアの肩の元へと一瞬で戻ってきていた。その小さな嘴には、さっきまで遠くの生垣でくわえていたはずの、一枚の淡い花びらがしっかりと挟まれている。


「え……? いま、一瞬で……?」


フレイアは驚きに目を丸くしたが、サンが自慢げに胸を張り、くわえていた花びらをフレイアの手のひらへとぽろりと落として「ぴぃ」と甘えたように喉を鳴らすのを見て、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「まぁ! 私の言うことをちゃんと聞いて戻ってきてくれたのね! おまけにこんな可愛いプレゼントまでくれるなんて……本当に偉い子ね、サン!」


フレイアは驚きの正体には深く言及せず、ただただ指先でサンのもふもふの羽毛をたくさん撫で回した。サンは嬉しそうに目を細め、フレイアの指に何度も小さな頭を擦り付けている。


「フレイ、サンは本当に賢い子ですね。……ルナも、サンみたいに元気に遊んで良いのですよ?」


フォルティナが足元で白銀の尻尾を綺麗に巻いて座っていたルナを見下ろし、優しく微笑んで屈み込んだ。すると、ルナは待っていましたとばかりに「くぅん」と鳴き、フォルティナの手のひらに全力で頭をすり寄せて甘え始めた。その愛らしさに、フォルティナの胸の奥は完全にノックアウトされてしまう。


そんな幸福な時間の最中、うららかな空にふわりと黒い雲が過り、ポツポツと春特有の急なにわか雨が降り出してきた。


「おや、急な雨ですね。フレイ、館の中に入りましょ――」


フォルティナが立ち上がろうとした時、ルナがすっと彼女の前に躍り出た。白銀の毛並みを一瞬だけ逆立たせ、額にある小さな月晶がほのかに白銀色の光を帯びる。ルナが小さな前足をふんばって、凛々しく「くぉん!」と一鳴きする。


すると、不思議なことが起きた。上空から落ちてくる雨粒が、フォルティナの周囲だけ、小さなドーム状の透明な壁に弾かれるようにして綺麗に避けていったのだ。


「まぁ……ルナ、あなたが私を守ってくれているのですか……?」


フォルティナは目を見開き、目の前の小さな背中に深い感動を覚えた。しかし、まだ生まれたばかりの幼体だ。ルナの小さな身体が小刻みに震え出し、数秒も持たずに「きゅ〜……」と体力を使い果たしたような弱々しい声を漏らす。同時に、雨を弾いていた透明な壁もさらさらと霧散してしまった。


「くぉん……」


ヘトヘトになってその場にへたり込んだルナを、フォルティナは慌てて両手で優しく抱きかかえた。当然、防壁が消えたため二人はにわか雨に降られてしまったが、フォルティナの顔には大粒の雨に負けないほどの、眩しい笑顔が咲いていた。


「ありがとう、ルナ。でも、無理をしてはいけませんよ。さあ、中に急ぎましょう、フレイ!」


「ええ! 二人とも風邪をひかないようにね!」


二人は笑い合いながら、愛おしい家族をしっかりと胸に抱き、領主館の建物へと駆け込んでいくのだった。


◆◆◆


その日の夜、お風呂を済ませて一息ついたフォルティナとフレイアは、日中の驚きと、何より「うちの子の愛らしさ」を誰かに伝えたくて仕方がなかった。領主館の執務室の壁に掛けられた連絡板の前に並び、二人は競い合うようにして、指先に魔力を込めて交互に文字を綴り始めた。


【フォルティナ:静さん、ぜひ聞いてください。今日、庭で急な雨が降ったのですが、ルナが鳴くと雨がドームのように私を避けたのです! 私のために小さな結界を張って守ろうとしてくれました】


【フレイア:ちょっとティナ、私だって伝えたいんだからね。静さん聞いて! うちのサンなんて、私が『遠くに行っちゃダメ』って言ったら、一瞬で光みたいに私の肩に戻ってきたの! おまけに可愛い花びらまで運んできてくれたんだから!】


【フォルティナ:フレイ、静さんの連絡板で騒いではいけません。ですが……ルナがヘトヘトになって私の腕の中に飛び込んできた時の温かさは、何にも代えがたい愛らしさでした。本当に素敵な縁をありがとうございます】


◆◆◆


その頃、お屋敷の寝室で温かいハーブティーを飲んでいた静は、連絡板に次々と浮かび上がる滑らかな文字の勢いに、思わず「あはは……」と楽しそうな苦笑いを漏らしていた。


「二人とも、すっかり親バカ……いや、良いお姉さんになってるね。ルナもサンも、お仕事を助けてくれる凄く良い子になりそうだ」


静はのんびりと微笑みながら、指先を柔らかくなぞらせ、全肯定の優しい文字を綴り込んでいく。


【静:二人とも、素敵な家族に出会えて本当に良かったね。ルナもサンも、今日はたくさん頑張ったみたいだから、ゆっくり休ませてあげてね】


板の端を指先で軽く押さえると、文字がすっと光に変わって消えていった。


リビングの暖炉の前では、マルやルゥたちもすっかり寝静まっていた。静の足元で丸くなっているツキが「にゃあ」と静かに喉を鳴らすのを見つめながら、静は明かりを消した。


同じ夜、領主館のそれぞれの部屋では、静の優しい返信を受け取ったフォルティナとフレイアが、携帯用連絡板を愛おしそうに見つめていた。フォルティナはベッドの中で、すやすやと無邪気に丸くなって眠るルナの白銀の温もりを抱きしめ、フレイアは枕元のクッションで小さな翼に顔をうずめて眠るサンの羽毛をそっと撫でた。


まだ幼く、失敗もするけれど、確かに芽吹き始めた小さな絆の力。二人は新しき大切な家族の寝顔に心からの安らぎを感じながら、春の麗らかな夜風に包まれて、幸せな夢の中へとゆっくりと落ちていくのだった。


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