第九話 真冬の円卓、上弦の再会
一年の中で最も寒さが厳しくなる、真冬の午後。静は数日前にフォルティナへ都合を尋ね、今日、フレイアと共にフォルツの「上弦の宿」へと二人を迎えに行っていた。そこから屋敷へ転移し、空白地帯の屋敷へと招待したのだ。
「フォルティナさん、フレイアさん、ようこそ。今日は真冬の一番寒い時期ですし、温かいものをたくさん用意したので、ゆっくりしていってくださいね」
静がのんびりとした笑顔で上着を預かると、リビングの暖炉の温もりに、フォルティナはほっと肩の力を抜いた。
「お招きいただきありがとうございます、静さん。お屋敷の中は、いつも本当に温かいですね」
「本当ね。王都のどの高級宿よりも居心地が良いわ」
フレイアが楽しげに笑う。リビングの絨毯の上では、ツキを筆頭にあかね、ルゥ、ハル、マルといった幼体たちが、珍しい二人の来客にそわそわと首を巡らせていた。ハルが「ひゅるぅ」と羽をパタパタさせながらフォルティナの足元に降り立ち、ルゥが「くぅ」と静かにフレイアの方を向いて耳を揺らす。マルはリーナの足元に陣取りつつも、珍しい来客の方を興味深そうにちらちらと窺っていた。
台所では、セリナとアリアが静のサポートに入り、手際よく料理の仕上げを進めていた。大きな円卓に並べられたのは、老職人から譲り受けた新作の醤を贅沢に使い、新しく仕入れた冬の瑞々しい根菜と肉をじっくりと煮込んだ大鍋。そして、香ばしく醤を絡めて焼き上げた季節の料理の数々だ。
「さあ、皆さん、温かいうちにどうぞ」
静の言葉を合図に、賑やかな食事会が始まった。一口食べた瞬間、フォルティナとフレイアは揃って目を丸くした。醤の深いコクと塩気が、冬野菜の甘みをこれ以上ないほど引き立て、お腹の底からじんわりと熱が染み渡っていく。
「美味しい……! この前の隠し味のスープも凄かったけれど、この新作の醤も本当に深みがある味わいね」
フレイアが感嘆の声を漏らす。冬の初めに静の転移でセレニアの街へ案内された際、あの工房で出された醤スープの味が忘れられず、お土産用に壺をいくつも買い込んでいたことを思い出しながら、フォルティナも深く頷いた。
「ええ。あの老職人さんの調味へのこだわりは、本当に底が知れませんね」
「そうなんですよ。気に入ったので、昨日またあの職人通りの工房に行って、僕たちの料理もお裾分けしてきたんです」
静が何気なく放ったその一言に、フォルティナの動きがぴくりと止まった。つい先日、御用商人のリシェルから受け取った定期報告書には、まさにその隣国セレニアの市場で、正体不明の気になる黒髪の商人を見かけたと、随分な警戒混じりで記されていたのだ。
「……静さん。そういえば、私どもが懇意にしている女性の商人が、最近セレニアの市場でとても気になる黒髪の商人を見かけたと、警戒混じりに報告書に記していたのですが……」
フォルティナが探るように呟くと、静は「あ」と小さくポンと手を叩いた。
「女性の商人ですか? もしかして、冬の初め頃に一度セレニアの市場でお会いした方かな。何か珍しい調味料をたくさん仕入れている、とてもやり手そうな綺麗な方でした。名前は知らないんですけど、昨日も市場へ行った時に、本当に一生懸命にお仕事をされている熱心な方だなぁと思って」
「……っ」
フォルティナは思わず息を呑み、そっと隣のフレイアを見た。フレイアもまた、完全にスプーンを止めて同じ顔をしている。リシェルが名前も正体も掴めず、手帳に『注視対象。深入りは厳禁』などと必死に記録して遠目から警戒している相手は、やはり目の前にいるこの青年たちだったのだ。当の静たちは、ただの『セレニアで出会った熱心な商人さん』として素朴に感心しているだけなのだが。
(どこに行っても、静さんたちは自然と目立って、そして周囲を巻き込んでしまうのね……)
フォルティナの脳裏に、心地よい幸せな頭痛の予感がよぎる。フレイアがたまらずクスクスと笑い出すと、フォルティナも諦めたように細く溜息を漏らし、ふっと柔らかな笑みを溢れさせた。
「何か、おかしなこと言いましたか?」
のんびりと首を傾げる静の足元で、ツキが「にゃ」と呆れたように喉を鳴らし、円卓に温かな笑いが広がっていく。
セリナが温かいお茶を新しく注ぎながら、静かに微笑んでいた。「静様は、どこへ行っても自然に縁ができていくのですね」とセリナが穏やかに言うと、アリアが「全くよ」と苦笑し、フィアが「でもそれが静だよね!」と元気よく言った。ハルが「ひゅるぅ!」と同調し、フォルティナとフレイアの笑いがさらに深くなった。
◆◆◆
「そうそう。昨日行った時に、あの老職人さんが僕の料理を気に入ってくれたみたいで、一丁、すごく使いやすい包丁を『もっていけ』ってプレゼントしてくれたんですよ。アリアの剣の手入れも引き受けてくれて、その間、代わりにって別の剣まで貸し出してくれて。本当に粋な人なんです」
「へえ、アリアの剣をねぇ……」
フレイアが興味深そうに視線を巡らせると、壁際に立てかけられていた、拵えの素朴な一本の細身の直剣に目が留まった。大陸全土のあらゆる武具やアーティファクトの情報を一手に握る、大国ルミエールの冒険者ギルド本部・ギルドマスターとしてのフレイアの眼識が、その鞘から漏れ出る尋常ならざる気配を瞬時に察知し、わずかに目を細める。
「ねぇ、アリア。その貸し出しの直剣……ちょっと私に見せてくれない?」
「ええ、構わないわよ」
アリアから手渡された直剣を、フレイアは慎重に、静かに引き抜いた。冬の日差しを浴びて、恐ろしいほどに均質で美しい刃文がぎらりと室内に走る。そのハバキの根元に刻まれた、小さな、けれど重みのある歪んだ炎の紋章を目にした瞬間、フレイアの背筋が跳ね上がった。
(ちょ、ちょっと、これって……! セレニア連邦の最高鍛冶匠、バルドラン・ガルート氏の『灰炉印』じゃないの……!?)
フレイアは内心で絶叫していた。ギルドマスターとして、その名を知らぬはずがない。そして何より――。
(嘘でしょ!? あの時、私たちがただの美味しい醤を作る老職人だと思って壺を買い込んでいた相手が……まさか、セレニア一番の伝説の鍛冶師バルドラン・ガルート本人だったっていうの……!?)
二重の衝撃だった。あの時、静に連れられて自分たちも気安く言葉を交わし、スープをご馳走になっていたドワーフの老人は、国家至宝級の武具を打つ伝説の男だったのだ。そんな大物が、自分の技術を一切妥協せずに研ぎ澄ますために時間をかけ、その間の「貸し出し用」として持たせるほどの直剣。それが、この屋敷の壁際に、まるで日常の雨傘のように無造作に立てかけられていた。
「静さん、その包丁……本当に、よく切れるのね?」
フレイアが引きつった笑みを浮かべながら尋ねると、静は嬉しそうに頷いた。
「はい! 持った瞬間に手にぴったり馴染んで、驚きました。本当に良い品を頂けて良かったです」
「……そう、よかったわね。本当に、良い職人さんに出会えて……ね、ティナ?」
「ええ、本当に……。静さんが喜ばれているなら、それが何よりです」
フレイアの限界寸前の視線を受け流しながら、フォルティナもまた、優しく微笑んでお茶を口に運んだ。あの伝説の鍛冶師に、最高の技術で「使いやすい包丁」を仕込ませてしまう。そんな凄まじい規格外の事象を、どこまでも「無欲な日常」として喜ぶ静の在り方が、やはりこの空白地帯の、何よりの平穏を形作っているのだ。
「きゅ!」
アリアの腕の中で、あかねが誇らしげに胸を張った。足元ではマルが「ぷぅ」と機嫌よく床を叩き、リーナが「……気のせいよ」と言いながらその丸い頭をそっと撫でていた。
ミレイアが「そういえば、デザートの用意ができていますよ」と穏やかに告げると、ルゥが「くぅ」と同意するように短く鳴いた。セリナが台所から特製プリンを並べた小盆を運んでくる。
「今日のデザートは、醤キャラメルの特製プリンです。どうぞ召し上がってください」
フォルティナが一口含んだ瞬間、その目が静かに見開かれた。
「……まあ。このほろ苦い深みは、醤を使っているのですか?」
「はい。甘さの中に醤のコクが混ざって、不思議な味わいになるんですよ」
「……静さんには、本当に毎回驚かされます」
フォルティナが幸せそうに目を細め、フレイアも「これ、王都で出したら大騒ぎになるわ」と笑いながらスプーンを動かした。
世界の外側でどれほど大物たちが驚愕し、ギルドマスターや商人が頭を震わせていようとも、この円卓の上にあるのは、ただ「美味しい」と笑い合う純粋な調和だけだった。冬の最も冷え込む一日は、屋敷を優しく包むお裾分けの温もりによって、最高に幸福な時間へと変わっていくのだった。
イメージソングを作成してみました。
もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。
物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
https://suno.com/@10monoshin8
カクコムでも先行掲載しています。
もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578




