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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十五章 冬の静寂と繋がる世界

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第二話 道を編む旅

「にゃ!」


晩秋の冷たい朝霧が白く立ち込める、空白地帯の北東部。

静寂に包まれた深い森の奥で、静の肩から飛び降りたツキが、誇らしげに一声鳴いて小さな前足で古い大樹の根元を「ぱふっ」と叩いた。


「さすがツキ、頼りになるね。本当にここにあったんだ」


静が苦笑混じりに微笑みながら歩み寄る。

いつものようにステータスのマップを開き、大まかな位置を確認する。すると案内するかのように軽やかに歩き出し、隠れた『休止中コア』の場所を見つけるのはツキだった。


静が大樹に手を添えると、空間が静かに揺れた。

根元の奥に埋もれていた結晶体へ淡い光が灯り、しばらくして管理領域への接続完了を示す表示が浮かぶ。それだけだった。これで屋敷の管理エリアがまた一歩、北東へ向けて優しく拡張された。


「これで今日の三箇所目、だね。うん、マップも綺麗に繋がってる」


静がのんびりとした調子で呟くと、ツキは「にゃ」と短く、どこか得意げに返事をしてから、再び静の肩へと器用に飛び乗ってきた。


アリアたちが数ヶ月かけてコツコツと足で調べ上げた探索ルートを、静が同行して一日数箇所ずつコアを解放していく「日帰り遠征」。それは国家規模でも簡単には実現しないルートの開拓とは程遠い、どこまでも穏やかな、ただの散歩のような空気の中で行われていた。


◆◆◆


一行の先頭を行くのはアリアだった。剣の柄にそっと手を添えたまま、鋭い視線を森の奥へと向けている。その足元では、夕日の色をしたあかねがアリアのブーツの先を追うようにちょこちょこと跳ね、「きゅ」と短く鳴いてはアリアを見上げた。アリアは「こら、ちゃんとついてきなさい」と言いながらも、その頭をそっと撫でてやっていた。


「ふふ、ツキ大活躍だね。ハルも負けてられないよ?」


フィアが軽快な足取りで落ち葉を踏みしめながら笑うと、その肩の上で緑毛のハルが「ひゅるぅ!」と楽しそうに鳴いて、短い羽をパタパタと動かした。ハルが羽を動かすたび、冷え始めた風がどこか歩きやすくなる。吐く息も少し白くなりにくい気がした。


ミレイアの隣では、ロップイヤーの耳を揺らしたルゥが「くぅ」と澄んだ声を響かせながら、道中にある冷涼な水源の方へと鼻先を向けていた。


「あら、ルゥ。ここの水、特別に澄んでいるのね」


ミレイアが足を止めてそっと屈み込むと、木の根の間から湧き出る小さな水源が、底まで見えるほど透き通った水を湛えている。ルゥは「くぅ」と短く鳴いて、ミレイアの腕の中に収まった。ミレイアは「良い子ね」と穏やかに微笑んで、その柔らかな毛並みを優しく撫でた。


セリナは薄い栗色のストールを少しだけ整えながら、静の隣を静かに歩いていた。


そして、リーナの足元にぴったりと陣取っているのはマルだった。


「ぷぅ、ぷぅ」


マルが短い足を一生懸命に動かして歩き、凍てついた冬枯れの土壌を前足で「ぽむ」と叩く。凍り始めた地面が、少しだけ歩きやすそうに柔らかくなる。


リーナは手帳を片手にマルのその行動を書き留めながら、小さく息を吐いた。

「……本当に、この子たちがいるだけで、周囲の環境が整えられていくのね。信じられないほどの安定度だわ」


ぽむ、とマルがまた土を叩いた。「ぷぷぅー」と得意げに一声鳴いて、リーナを見上げる。


「……気のせいよ」


リーナが小さく言って、マルの丸い頭をそっと撫でた。マルはそのまま満足そうに目を細めて、またリーナの足元へぴったりとついていった。


不思議なことに、その日の森では魔物の気配を一度も感じなかった。

風は穏やかで、木々は静かで、幼体たちはただ楽しそうに歩いている。

アリアたちは理由を口にしない。ただ、この屋敷の日常に長く触れてきた彼女たちは、もう知っていた。こういう日は、大抵なにも起きないのだと。


「――まあ、こういう時ほど確認だけはちゃんとね」


アリアが剣の柄から手を離さないまま、鋭い視線を森の奥へと送り続けた。

これほど穏やかで守られた空間であっても、アリアたち《ルミナ・ヴェール》の面々は、上級冒険者としての警戒を片時も怠ってはいない。静たちの暮らすこの絶対的な平穏を、外側の不測の事態から守り抜くことこそが、自分たちの誇りであり役目だと知っているからだ。


ミレイアも静かに周囲の空気を探りながら、アリアの言葉に小さく頷いた。


「ええ。この心地よさに呑まれて、周囲の気配を読み違えたら冒険者失格ね。……でも不思議ね。静の隣だと森を歩いてる感じがしないわ」


「あはは、確かに! 魔物も出ないし、ただの楽しいお散歩だよね!」


フィアが率直に笑うと


「みんなが一緒に来てくれて、ツキたちも楽しそうで良かったよ。じゃあ、今日の分のコア解放はここまでにして、そろそろ帰ろうか」


静が空を見上げて微笑んだ。


まだ陽が高く、夕暮れには早い。ちょうど帰れば、温かい夕食に間に合う時間だった。長居はしない、無理もしない。それが静たちの、決して生活のリズムを崩さないスローペースな遠征の段取りだった。


「ツキ、今日も頼りになったよ」


静がそっと頭を撫でると、ツキは「にゃ」と短く、どこか得意げに返事をした。


静が右手を軽くかざすと、空間がふわりと柔らかな光の粒子に包まれる。

一瞬ののち、冷たい森の空気は消え去り、一行の肌を包んだのは、見慣れた屋敷の玄関の、どこまでも温かく懐かしい薪の匂いだった。


◆◆◆


「はぁ……。やっぱり、お家のお風呂が一番だね」


遠征から帰宅してすぐ、屋敷にある広々とした温泉に浸かった静は、湯船の縁に頭を預けて深く息を吐き出した。じんわりと身体の芯まで染み込んでいく温かさに、心地よい気だるさが広がっていく。


脱衣所の前では、ツキが丸まって静かに待っていた。マルは縁側の毛布の上にどすんと落ち着いて、「ぷぅ」と短く鳴いてから目を細めていた。


「静様、お茶を淹れ直しましたよ。夕食の準備も、アリアさんたちが手伝ってくださって、もうすぐ調います」


脱衣所の向こうから、身支度を整えたセリナの穏やかな声が響く。


「ありがとう、セリナ。今上がるよ。……今日の夕食は、何だっけ?」


「ふふ、昨日静様が言っていた、お野菜をたくさん使った温かいスープですよ。アリアさんが『冷えた身体には汁物が一番よ』って、率先して大根を刻んでくれました」


「それは楽しみだね」


静は湯船から立ち上がり、濡れた髪を拭いながら微笑んだ。


◆◆◆


夕食の席では、アリアが刻んだ大根と根菜の入った温かいスープが、食卓の中央で湯気を立てていた。


「いい匂い。やっぱりこういう日は汁物に限るわね」


アリアが満足げにカップを包み込み、あかねが「きゅ」と鳴いてアリアの足元にちょこんと座る。


「ね、ね! 明日はもう少し奥まで進める?」


フィアがスープを口にしながら身を乗り出すと、ハルが「ひゅるぅ」と相槌を打つように鳴いた。


「……明日の進み具合は地形次第よ。期待しすぎないことね」


リーナが手帳から目を離さずに答えると、マルが「ぷぅ」と一声鳴いて、リーナの膝元に体を寄せた。リーナはちらりと見下ろして「……何でもないわ」と呟きながら、その丸い頭をそっと撫でた。


「明日はまた少し北へ進もう。でも急ぐ旅じゃないから、無理せずいこう」


静がのんびりと言うと、セリナが「はい。帰ってきたらまた温かいものを用意しましょうね」と穏やかに微笑んだ。


どれだけ遠くまで出かけても、どれほど世界を繋ぐ回路を広げていても、一日の終わりには必ず、この温かい屋敷の台所から立つ湯気と、仲間たちの笑い声が待っている。


帰ってくれば温かいお風呂があって、みんながいて、夕飯が待っている。

それなら、遠くへ行く旅も悪くない――静はそんなことを思いながら、湯気の立つスープを静かに口に運んだ。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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