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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十四章 秋の囁きと、黄金色の実り

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第七話 紅葉狩りの準備とお弁当

夕食後、温かいお茶を淹れ直したリビングで、アリアが背もたれに身を預けながら話し出す。


「――うん、やっぱりあそこの紅葉は綺麗だったしね。今度はみんなでゆっくり行きたいな」


先日、調査を兼ねて赴いた、空白地帯の東にある渓谷のことだ。あの黄金色の葉が舞い散る美しい景色を、フォルティナ達にも見せてあげたいという彼女なりの気遣いなのだろう。


「渓谷、か。いいね。そういうの、紅葉狩りって言うんだっけ」


静がカップを両手で包みながら微笑むと、その膝の上で丸くなっていたツキが、思い出したように「にゃ」と短く鳴いた。先頭を切って渓谷を駆け回ったのが楽しかったらしい。


「ねえ、静。せっかくだから、フォルティナさんたちも誘ってみたらどうかしら。フレイアさんも、王都の激務から離れて息抜きしたいって言ってたわよ」


アリアの言葉に、静は「そうだね」と頷いた。

リビングのテーブルに置かれた、滑らかな鏡のような魔導具――連絡板を手に取る。


静が指先にほんの少しだけ魔力を込め、表面をなぞるようにして手書きで文字を綴っていく。なぞった線が淡い銀色の光の粒子となって盤面に定着し、整えられた文字の列へと変わった。


【静:こんばんは。明日、みんなで黄金の渓谷へ紅葉狩りに行きませんか? フォルティナさんとフレイアさんも良ければ一緒にどうかなと思って】


書き終えた文字を確認し、静が板の右下を指先で軽く押さえる。銀色の光が吸い込まれるように消え、フォルティナの連絡板へと言葉が送られた。


しばらく待つと連絡板の表面がふわりと優しく瞬いた。

流れるような美しい筆跡が、新たな光となって浮かび上がってくる。


【フォルティナ:お誘いありがとうございます。明日は定期視察がありますが、翌々日でしたらフレイも都合がつきます。ぜひご一緒させてください】


「あ、明日じゃなくて、明後日になったよ」


静が振り返って告げると、セリナが嬉しそうに手を合わせた。


「翌々日でしたら、お弁当の準備もじっくりできますね。静様、今回はどのようなものをお作りしましょうか」

「そうだね。せっかくの秋だし、こっちで手に入る材料を少し工夫してみようか」


こうして、二日後のお出かけに向けて、屋敷の時間は穏やかに動き始めた。


◆◆◆


翌朝。すっきりと晴れ渡った秋の空からは、少しだけひんやりとした風が吹き下ろしていた。


出発前から、マルだけは様子が違った。


荷物をまとめる一行の足元を幼体たちがそれぞれ慌ただしく動き回る中、マルだけが庭の端に陣取って、土を叩いたり、鼻先で地面の匂いを確かめたりを繰り返していた。


「マル、行かないの?」


リーナが不思議そうに声をかけると、マルは振り返って、


「ぷぅ」


と、短く一声鳴いた。それだけ答えて、またすぐに土へと向き直る。


「……そう。じゃあ、庭をよろしく」


リーナが呆れたような、しかしどこか納得したような顔で短く言うと、マルは「ぷぷぅー」と得意げに鳴いて、また前足でトントンと土を叩き始めた。


「それじゃあ、アリア。気をつけてね」

「ええ、少し戻りが遅くなるかもしれないけれど、お昼の食材になりそうなものを探してくるわ。ハル、気配察知をお願いね」

「ひゅるぅ」


アリアの腕の中にいるあかねが不思議そうに首を傾げ、フィアの足元ではハルが短い羽をパタパタと動かして笑うような声を上げる。ミレイアの隣には、すっかり屋敷の環境に馴染んだルゥが寄り添っていた。


静が庭の境界に向けて右手を軽くかざすと、空間がほんのわずかに波打つ。静も一緒に、《ルミナ・ヴェール》の四人と幼体たちを連れて湖へと転移した。


澄んだ秋の風と、色づき始めた木々の香りが一行を包む。


「よし、着いたね。じゃあ気をつけて」

「任せておいて」


アリアが軽く手を上げ、四人と幼体たちは湖畔の探索へと向かっていく。静はその背中をしばらく見送ってから、もう一度右手を静かにかざして屋敷へと戻った。


庭に戻ると、マルが芽吹いたばかりの星霞草の株元の土を、前足でトントンと丁寧に叩いていた。


「ぷぅ」


静の気配に気づいたのか、マルが振り返って短く鳴く。しかしすぐにまた土へと向き直り、今度は少し離れた場所の土もちょんちょんと叩き始めた。今日の庭仕事を始めているのだ、という意志が、その丸い背中からはっきりと伝わってくる。


「マル、俺たちはフォルツに行くけど、一緒に行く?」


静が声をかけると、マルは一瞬だけ顔を上げた。


「ぷぅ」


一声。それだけ答えて、また土へと向き直る。


今日は庭の番をするらしい。


「分かった。じゃあお願いね」


静が穏やかに言うと、マルは「ぷぷぅー」と一鳴きして、忙しそうに庭の奥へとぽてぽてと歩いていった。


「静様、マルは今日もお庭の番ですか」


セリナが微笑みながら傍に寄ってくる。肩にはツキが音もなく飛び乗って、「にゃ」と短く鳴いた。


「そうみたい。……じゃあ、行こうか」


◆◆◆


静はセリナ、そして肩に乗ったツキを連れて、フォルツの街の市場へと転移した。

夏の賑やかさとは違い、秋の市場には落ち着いた、けれど実りの豊かさを感じさせる匂いが満ちている。干し草の匂い、小気味よく爆ぜる焼き栗の煙、そして様々な根菜が並ぶ土の匂い。


静たちはあちこちの商店を見て回りながら、お弁当の材料を揃えていく。

その途中、市場の片隅にある小さな八百屋の店先で、静の目がふと止まった。


籠の中に無造作に積まれているのは、赤紫色の厚い皮に包まれた、丸みを帯びた形の芋だった。フォルツでは主に、スープの具材として煮潰して使われることが多い一般的な食材だ。


「……これ、じっくり火を通したら、甘くなるのかな」


静が一つ手に取ってみる。ずっしりと重く、土の香りが残っている。

静の脳裏に浮かんだのは、かつて遠い記憶の中で食べた、落ち葉の中で焼く甘い芋の味だった。


「静様、そのお芋をどうされるのですか?」


セリナが不思議そうに覗き込む。


「うん、ちょっと試してみたい焼き方があってね。これもいくつか買っていこう」


屋敷に戻った二人は、今度は裏手の畑へと向かった。

街の市場で仕入れたお芋に対し、畑からは新鮮な彩りを採取する。瑞々しく葉を伸ばした香草や、ほんのりと甘い実をつけた秋の根菜。ここの野菜はどれも内側に優しい魔力を蓄え、包丁を入れる前から良い匂いがしている。


「畑のものは、お弁当の『おこわ』と、おかずに使おう」


静はカゴいっぱいの収穫物を抱え、温かい湯気が待つ台所へと足を進めた。


◆◆◆


台所には、すぐに香ばしい匂いと温かい湯気が満ちた。


「よし、まずはこのお芋からだけど……」


静は魔導コンロの火を弱めに設定し、集めてきた綺麗な石を並べた鍋の中に芋を並べてみた。いわゆる石焼き芋の再現を試みたのだが、こちらの世界の芋は水分量が違うのか、最初は外側が焦げるだけで芯までうまく火が通らない。


「あれ、おかしいな。外が焦げちゃう」


少し考えて、今度は芋を薄く切り分けて並べてみた。火の通りは早くなったが、今度は仕上がりがパサパサとして、甘みがうまく出てこない。


「……切らない方が良かったみたいだ。もう一回」


セリナが静の試行錯誤を黙って見守りながら、ふと声をかけた。


「静様、少し水分を補いながら、密閉して蒸し焼きのようにしてみてはいかがでしょうか?」


「なるほど」


静がポンと手を打つ。芋を濡らした薄紙で包み、さらにその上から全体を覆うようにして、石の熱をじっくりと伝えていく。


数十分後。鍋の隙間から、それまでとは明らかに違う、濃厚で、蜜のように甘い匂いが立ち上り始めた。


「……あ、これだ」


静がそっと取り出し、半分に割ってみる。黄金色の湯気と共に、ねっとりとした艶やかな断面が現れた。


その甘い匂いは、瞬く間に台所の外まで広がっていった。

トトトト、と小気味よい足音が廊下から響く。


「ぷぷぅー!」


丸くて仕方のないマルが、短い足を一生懸命に動かし、お尻を揺らしながら台所へ突進してこようとした。庭仕事をひとくぎりつけてきたのか、その丸い鼻先が甘い匂いをしっかりと捉えている。その目は完全に、黄金色のお芋に釘付けだ。


だが、台所の入り口に、音もなく滑り込んできた黒い影があった。

ツキだ。ツキはマルの目の前でぴたっと立ちはだかると、前脚を少し踏み出し、胸を張って、


「にゃ」


と、短く、けれどお姉ちゃんらしい威厳を込めた声を響かせた。

その一声に、マルは「ぷぅ……」と切なげに鳴いてピタリと足を止める。そのままその場でお餅のように丸くなり、ツキの顔を上目遣いで見つめていた。


「ふふ、ツキはお姉ちゃんですね」


セリナがクスクスと笑いながら、小さく切り分けたお芋を小皿に乗せる。


「はい、ツキもマルも、試食してみて」


静が差し出すと、ツキは上品に、マルは待ってましたとばかりにハグハグと口を動かした。静とセリナも一口食べる。


「美味しい……! こんなに甘くなるなんて、驚きです」


セリナが目を輝かせる。


「これだけでも美味しいけど、この前に渓谷で採ってきた蜜の実を煮詰めたシロップがあるから、これをかけるとさらに良くなりそうだね」


静が用意した特製シロップをひとなめしたセリナは、その濃厚な仕上がりに何度も頷いていた。


そこからは、本番用のお弁当作りだ。

屋敷のメンバー分、幼体たち五匹の小さな一口分、そしてフォルティナとフレイアの二人分。

『秋の味覚おこわ』を丁寧に詰め、おかずを並べていく。

さらに、セリナの発案で、礼拝堂へのお供え用として、大きめのバスケットにも同じお弁当を美しく盛り付けた。


「よし、みんなの分はここに」


静が手を添えると、お弁当の入った重箱が静かに空間へ溶けるように消えていった。これで明後日も、出来立ての温かさのまま持っていくことができる。


「では、私はこれをお供えしてまいりますね」

「うん、よろしく。俺はその間に夕食の準備を始めているよ」


セリナが大きめのバスケットを大切そうに抱え、礼拝堂へと向かう。

静はそのまま台所に残り、持ち帰った畑の野菜を使って、いつもの穏やかな夕食の支度に取りかかった。トントンと響く小気味よい包丁の音が、屋敷の静寂に優しく溶けていく。


「ぷぅ」


マルが静の足元に戻ってきて、短く鳴いた。庭仕事は終わったらしい。そのまま台所の隅にどすんと腰を下ろして、静の手元をじっと見守り始める。


(……庭番が終わったら、今度は台所番か)


静は苦笑しながら、マルの頭をそっと撫でてやった。


◆◆◆


静かに夕食の支度を進めていると、リビングの連絡板が淡く明滅した。

指で触れて承認すると、アリアからの文字が浮かび上がる。


【アリア:探索と食材探しが終わったわ。そろそろ屋敷に戻るから、迎えをお願いね】


「お出迎え、行ってくるね」


静が庭へ出て右手をかざすと、空間が揺らぎ、次の瞬間には、たくさんの秋の恵みを抱えた《ルミナ・ヴェール》の面々と幼体たちが姿を現した。


「ただいま、静! 見てよ、大きなキノコがたくさん採れたんだから!」

フィアが嬉しそうにカゴを突き出す。ハルもその肩の上で「ひゅるぅ」と満足げに鳴いた。

「みんな、おかえり。ちょうど夕食ができているよ」


その日の夕食の席は、いつも以上に賑やかだった。

採ってきたキノコのスープを口にしながら、静がみんなの顔を見渡す。


「そういえば、明日のお弁当の準備、セリナと一緒にバッチリ終わらせたから。焼き芋っていう、ちょっと面白いものも作ったんだ。明日は楽しみにしててね」


「焼き芋……? お芋を焼くの?」


フィアが不思議そうに首を傾げると、静は笑って、


「ただ焼くだけじゃないんだ。石の熱でじっくりね。蜜のシロップをかけると最高だよ」

「わぁ、気になる! 明日が待ちきれないな!」


リーナも手元のお茶を啜りながら、「……期待しているわ」と小さく微笑んだ。


「ぷぷぅー!」


マルがリーナの隣でタイミングよく鳴いた。探索に行かなかった分、今日は存分に庭の土を整えてきたらしく、どこか満足げな様子だ。


「……あなたも期待してるの」


リーナがぽつりと言って、マルの丸い頭をそっと撫でた。マルは「ぷぷぅー」と得意げに鳴いて、リーナの膝元でどすんと丸くなった。


「……気のせいよ」


リーナが小さく付け加えると、フィアがくすくすと笑い声を上げた。


夜、静かになったリビングで、静は再び連絡板の前に立っていた。

明日の出発に備え、魔力を指先に集中させて文字をなぞっていく。


【静:お弁当の準備ができました。明日の朝、いつもの宿へ迎えに行きますね】


最後に軽く送信部分を押さえる。すると、まるで見計らっていたかのような速さで板が瞬き、返信の光が灯った。


【フォルティナ:ありがとうございます。フレイと共に、楽しみにお待ちしております。お気をつけてお越しください】


文字の奥から、彼女のどこか弾んだ声が聞こえるようだった。


◆◆◆


同じ時刻、フォルツの領主館。

静まり返った執務室の机の傍らで、フォルティナは連絡板の表面を優しく指先で払い、消えゆく銀色の文字を名残惜しそうに見つめていた。


その胸元では、静から贈られた黒銀色の髪飾りが、蝋燭の淡い光を吸い込んで、まるでお守りのように静かに佇んでいる。


「……随分と嬉しそうな顔をしてるじゃない、ティナ」


ソファでくつろいでいたフレイアが、悪戯っぽく口角を上げて視線を送ってきた。彼女の髪留めもまた、瑠璃晶の鈍い輝きを放っている。


「フレイ、からかわないでください。……でも、はい。とても楽しみなんです」

フォルティナは否定せず、ふっと柔らかく微笑んだ。

領主としての重責、王都からの視察、絶えない書類。それらに追われる日々の中で、あの空白地帯の屋敷の主が送ってくれる言葉や、そこで過ごす時間は、彼女にとって何よりも特別な息抜きの場所になっていた。


「静さんの作るお料理は、いつも温かくて、不思議と心が落ち着きますから。明日はどんなお弁当なのでしょうね」

「そうね。あの人のことだから、きっと私たちが驚くような、優しい味を用意してくれているわよ」


フレイアも窓の外、遠く空白地帯があると思しき夜空を見つめ、目を細める。

何も言わなかった。ただ同じ方角を、同じ温度で見ているような、そんな夜だった。


「さあ、明日は遅れないように、今夜はもう休みましょう」

「ええ、そうね」


フォルティナは丁寧に書類を片付けると、窓を開けて夜風を呼び込んだ。

街のあちこちで、静がお裾分けした星霞草が、足元灯として淡い銀色の光を放っている。その優しい光に見守られながら、彼女たちは明日の穏やかな旅路へと思いを馳せていた。


イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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