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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十四章 秋の囁きと、黄金色の実り

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第二話 リシェルの種、未知なる鼓動

秋の朝は、夜の間に降りた露が陽光に弾け、庭全体が淡い光の粒子に包まれているようだった。


台所からは静が淹れる茶の香りが漂っている。

縁側に腰を下ろしてひと息つこうとした静の隣で、ツキが品定めするような目で庭を見渡し、「にゃ」と短く鳴いた。


「今日も良い天気だね」


静が呟いた、その時


「ぷぷぅー!」


庭の奥から元気な鳴き声が響いた。

短い足を一生懸命に動かして駆け寄ってきたマルが、静の裾を軽く引っ張り、また庭の隅へと戻っていく。


「どうしたの、マル。何か見つけた?」


静が立ち上がると、傍らにいたセリナも「何かお手伝いしましょうか」と自然に寄り添った。

マルが立ち止まったのは、先日フォルティナから『珍しい種』として託されたものを植えた場所だった。


「あ……」


セリナが小さく声を上げる。

昨日まではただのふかふかした土だった場所に、親指ほどの大きさがある

透き通るような白銀色の芽が顔を出していた。


「ぷぷぅー!」


マルは「自分が育てたんだよ」と言わんばかりに、丸い胸を張って得意げに鳴いている。

その足元の土は昨日よりもさらにふかふかとして、黒々と豊かな色をしていた。


「すごいね、もう芽が出たんだ」


静が屈み込んで芽をじっと見つめる。

白銀色の芽は他の植物とは明らかに異なる輝きを持っていた。

単に光を反射しているというより、内側から微かな光を帯びているようにも見え

葉の輪郭がくっきりとしていて、朝露をまとった姿が宝石のように見えた。


「届けてくれた人も、きっと喜んでくれるね」


静がそっと指先を芽に触れさせた。

その瞬間、秋の朝の暖かな日差しの中にいるはずなのに、指先からツンと澄んだ冷気が伝わってきた。不快な寒さではなく、どこか遠い冬の静寂を予感させるような、心地よい涼やかさだった。


(……なんだろう。初めて見るのに、すごく懐かしい感じがする)


理由のない郷愁に包まれながら、静はしばらくその芽を見つめていた。


「静様、少し顔色が変わりましたね。大丈夫ですか?」


セリナが心配そうに覗き込む。


「うん、大丈夫。なんか不思議な感じがしてね。……セリナも触ってみる?」

「はい」


セリナがそっと芽に指先を触れさせた。

次の瞬間、彼女の表情がふっと柔らかくなった。


「……あ。なんだか……懐かしい」


静と同じ言葉が、自然にこぼれた。

何の懐かしさなのか、言葉にはならない。

胸の奥が温かくなるような、確かな感覚だけがそこにあった。


「ぷぷぅー」


マルが二人の足元で満足そうに鳴いた。


◆◆◆


朝のトレーニングから戻ってきた《ルミナ・ヴェール》の面々も、マルの鳴き声に釣られるように庭へと集まってきた。


「あら、もう芽吹いたの? 早いわね」


アリアが驚いたように目を細める。

傍らでは、あかねが芽の周りをくんくんと慎重に嗅いでいた。


「きゅ?」


不思議そうに首を傾げるあかね。

指先を伸ばして芽をちょんと触れようとしたところで、アリアがさりげなくあかねの小さな体をひょいと持ち上げた。


「……まだ触らない方が良さそうよ」

「きゅ」


あかねはアリアの腕の中で大人しくなり、上から芽を観察するような顔になった。

ルゥは芽のすぐ傍に「くぅ」と鳴いて静かに座り込んだ。

まるでその成長を見守る番人のように落ち着いた様子で、芽から視線を離さない。


「ハル、見て見て! 芽が出てるよ!」


フィアが空を見上げて呼ぶと、上空からハルがひゅんと一旋回して降りてきた。フィアの肩のあたりで羽ばたき、「ひゅん!」と短く鳴く。その羽ばたきが、秋の空気を心地よく揺らす。


「なんか、周りだけ空気が違う気がする」


フィアが芽の周囲をぐるりと歩いてみながら、率直に言った。


「そうね。涼しい……というより、澄んでいる感じかしら」


ミレイアが穏やかに頷いた。

エルフとしての感性が、芽の周囲の空気が僅かに変質していることを静かに告げていた。


(この芽が呼吸するたびに、周囲の空気が澄んでいく。……この庭の環境が、この植物に何かをしているのかしら?)


ミレイアは口には出さず、ただ芽を優しく見つめた。


◆◆◆


「……ちょっと、見せて」


リーナが手帳を片手に歩み寄り、瞳を鋭くさせた。

彼女は芽に触れることはせず、じっとその構造を観察し、時折空中に指先で小さな術式を描いては消す。


(魔力の回路密度が……異常だわ。通常の植物の数十倍。いや、それ以上かもしれない)


リーナは内心で計算を重ねながら、観察を続けた。


(この屋敷の神気や魔力の影響がなければ、こんな速さで育つはずがない。本来なら芽吹くだけで数十年単位……いいえ、条件次第では百年近くかかるとされている個体。それが……)


手帳にメモを走らせる手が、微かに止まる。


(ただの伝承だと思っていた。まさか、本当に存在するとは……)


リーナの土晶のペンダントが、ほんのわずかに揺れた。


「リーナさん、どうですか? 何か分かりますか?」


セリナが尋ねると、リーナはふぅと深く溜息をつき、観察用のペンを収めた。


「……そうね。もしかすると、古い伝承に出てきそうな……そんな類のものかもしれないわ。本来なら育てるのが極めて難しい種類なのは間違いないけれど」


それ以上は言わない。

この場で詳細を語ったところで、混乱を招くだけだとリーナは判断していた。


「この庭の土と空気が、よほど合っていたんでしょうね」

「へぇ、そうなんだ。美味しいといいな。みんなで食べられるくらい、たくさん実ると嬉しいね」


静がのんびりと笑って答えると、リーナは再び深く、今度は少し呆れたような溜息を漏らした。


「……あなたって、本当に」

「どうかしたの、リーナ?」

「……いいえ。楽しみにしておくわ。それだけよ」


リーナはそう言って、手帳を胸に押しつけるように抱えた。

土晶のペンダントをそっと握りながら、今しがた観察した内容を脳裏に刻み込む。


(覚えておく。この植物が何になるのか、この庭の環境が何を育てているのか)


それが今の自分にできる、最善のことだった。


◆◆◆


「ぷぅ」


マルが静の足元で短く鳴き、また芽の前に戻っていった。

そのまま芽のすぐ傍らに「どすん」と座り込む。


「マル、お気に入りなんだね」


静が苦笑すると、マルは「ぷぷぅー」と鳴いて、芽から目を離さなかった。


「番をしてくれるの?」

「ぷぅ」


短く答えてマルはまったく動こうとしなかった。

その傍らにルゥも「くぅ」と鳴いてそっと寄り添う。

マルとルゥが並んで芽を見守る姿を眺めて、ミレイアが穏やかに微笑んだ。


「……二人で守ってあげるつもりなのかしら」

「ひゅん」


上空からハルが涼しい風を送った。

あかねはアリアの腕から降り、芽の少し手前で「きゅ」と鳴いて座った。

全員が揃って芽を見守っている。


静は立ち上がり、その光景を見渡した。

幼体たちが、新しく仲間になった命を囲んでいる。


(……なんか、いい光景だな)


静の肩の上で、ツキが「にゃ」と短く鳴いた。

秋の風に吹かれながら、小さな白銀の芽は屋敷の住人たちの穏やかな視線を浴びて、静かに、その鼓動を重ねていた。

カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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