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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十三章 夏の気配と広がる世界

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第八話 湖への小さな旅

朝の光が屋敷の窓から差し込み、台所には食欲をそそる香ばしい匂いが立ち込めていた。

今日は以前あかねの卵が見つかった遺跡の近くにある、あの澄んだ泉まで足を伸ばす日だ。


「静様、卵焼きが綺麗に焼けました」

「ありがとう、セリナ。それじゃあ、次はこっちの野菜を詰めようか」


静とセリナが手際よくお弁当を仕上げていく傍らで、一匹の黒い影が静かに、けれど確かな存在感を放っていた。


ツキだ。

彼女は調理台の隅に座り、まるで「検品」でもするかのようなすまし顔をしている。


静がふいと冷蔵庫へ向かった一瞬の間。

ツキは「にゃ」と短く、セリナだけに聞こえる声で鳴いた。


「ふふ、はい、ツキ。静様には内緒ですよ?」


セリナが小さく切った端切れを差し出すと、ツキはそれを器用に口に運び、満足そうに目を細める。

静が振り返った時には、彼女はまた何事もなかったかのような顔で毛繕いを始めていた。


居間の方からは、賑やかな声が聞こえてくる。

アリアたちが装備の点検をする足元で、あかね、ルゥ、ハル、マルの四匹が、追いかけっこをしたりじゃれ合ったりして、遠足前の子供のように浮き立っていた。


「ぷぷぅー!」

「きゅ!」

「くぅ!」

「ひゅん!」


四匹の声が重なる。


「……みんな、落ち着きなさい」


アリアが苦笑しながら言うと、ツキが台所からすっと入ってきて、一声「にゃ」と鳴いた。

途端に四匹がぴたりと動きを止め、おすわりの姿勢になった。


「……ツキ、すごいね」


フィアが目を丸くする。


「にゃ」


ツキは満足そうに鳴いて、また台所へと戻っていった。


◆◆◆


屋敷からの転移は一瞬だった。

風が吹き抜けた次の瞬間、一行の目の前には

夏の陽光を弾いてきらきらと輝く湖畔の泉が広がっていた。


「わあ……!相変わらず、透き通っていて綺麗ですね」


セリナが感嘆の声を上げる。

水面は鏡のように澄んでいて、底まで見通せそうだった。


岸辺には柔らかな草が茂り、木陰では涼しい風が揺れている。

空白地帯の奥にあるこの場所は、外の世界の喧騒とは切り離されたように、ただ静かで豊かだった。


「きゅ!」

あかねが真っ先に岸辺へと駆け出した。

水面に近づき、鼻先をひくひくとさせる。


「ぷぅ」

マルはゆっくりと歩いて岸辺の土を確かめるように前足で叩き、満足そうに「ぷぷぅー」と鳴いていた。


「ひゅん」

ハルは上空をひとまわりして、泉全体を見渡してから戻ってくる。


「くぅ」

ルゥだけは水辺に近づき、そのままそっと水面に前足を浸した。

透き通った水に、ルゥの水色の毛並みが映り込む。


「ルゥ、気持ち良さそうね」


ミレイアが微笑むと、ルゥは「くぅ」と嬉しそうにしている。


静はまず、木陰の平らな場所を見つけると、

アイテムボックスから手際よく荷物を取り出して日除けのタープを張り、座り心地の良い折りたたみ椅子を並べる。


傍らには、水の結晶を組み込んだ『冷却具』を置き、いつでも冷たいお茶が飲めるように整えた。


「よし、ここを拠点にしよう。……それじゃあ、班分けはどうする?」


◆◆◆


「私とフィアはあかねとハルを連れて、魚釣りに行ってくるわ。今日の夕飯のおかず、期待してて」

アリアが涼しい顔で言うと、フィアが飛び上がった。


「釣り! やったー! ハル、一緒に行こう!」

「ひゅん!」


ハルがフィアの肩に飛び乗り、嬉しそうに翼を広げた。

あかねは「きゅ!」と鳴いてアリアの足元に駆け寄る。


「じゃあ、リーナと私は森の採取ね。ルゥとマルも一緒に行きましょう」


ミレイアが言うと、マルが「ぷぅ」と鳴いてリーナの足元へとぽてぽてと歩み寄った

。

「……やっぱりあなたはここに来るのね」


リーナが呟くと、マルは満足そうに目を細めた。


「静とセリナは拠点で待っていて。ツキもここが良さそうね」

「にゃ」


ツキが静の肩に飛び乗り、短く鳴いた。

それで全員の役割が自然に決まった。


◆◆◆


釣り場に向かったアリアとフィア、そしてあかねとハル。

泉の少し奥まった場所に、岩場から伸びる浅瀬があった。

水が澄んでいるせいで、底を泳ぐ魚の影がはっきりと見える。


「あっ、いた! 大きいの!」


フィアが声を潜めて指差す。

銀色の魚が、流れに逆らうようにゆっくりと泳いでいた。


「しっ、静かに」


アリアが釣り糸を水面に垂らす。

その隣では本能的に分かるのか、あかねがぴくりとも動かず水面をじっと見つめて


「あかね、じっとしていてね」


アリアが小さく言うと、あかねは「きゅ」と返して、また水面に視線を戻した。

しばらくして、糸がぴんと張った。


「来た!」


アリアが素早く竿を引き上げると、銀色の大きな魚が弧を描いて跳ねる。


「やったー!!」


フィアが歓声を上げた。その拍子にハルが「ひゅん!」と驚いたように飛び上がり、上空をくるりと一周した。


「ハル、びっくりした?」


フィアが笑うと、ハルは「ひゅるぅ」と甘えるような声で鳴いて、またフィアの肩に降り立った。

その後も順調に釣れ続け、気づけば籠の中には立派な魚が何匹も入っていた。


◆◆◆


一方、森の採取班。

木漏れ日の差し込む森の中を、ミレイアとリーナが並んで歩いていた。

足元ではマルがとてとてと歩き、時折立ち止まって土を前足で叩く。


「マルが止まったところ、必ず何か生えているわね」


ミレイアが観察するように言うと、リーナが頷いた。


「土壌の質を感知しているのかもしれないわね。マルが踏んだ後、土がふかふかになっているわ」

「ぷぅ」


マルは得意げに「ぷぷぅー!」と鳴いて、また歩き出した。

ルゥはミレイアの隣をついて歩き、時折立ち止まって香草の葉に鼻先を寄せる。


「くぅ」

「これが好きなの、ルゥ?」


ミレイアがしゃがんで確認すると、それは静が市場で探していた夏山菜に似た植物だった。


「……良い場所を知っているのね」


リーナがメモに書き留めながら言うと、ルゥは「くぅ」と短く鳴いて、また歩き始めた。

気づけば籠の中は、瑞々しい山の果実や香りの良い夏山菜で溢れんばかりになっていた。


◆◆◆


「静~見て、こんなに大きなのが釣れたよ!」

しばらくして、釣り班が戻ってきた。

フィアが掲げた籠の中には、冷たい水で育った銀色の魚たちが跳ねている。


「これは豊作だね。さっそく調理しようか」


静が魚を丁寧にした処理し塩を振り、焚き火の傍でじっくりと焼き始める。

脂の落ちる爆ぜる音と、香ばしい匂いが周囲に広がった。


隣ではミレイア達が収穫してきた山菜などを調理していたセリナが


「静様、この出来立てのお魚と山菜お料理……お供え用に取り分けておきませんか?」


セリナの提案に静は「そうだね」と頷いた。


「それなら、一番良いところを。……よし、これでお供えにしよう」


静は焼き上がったばかりの料理をアイテムボックスへと収めた。

時間の流れが緩やかなその空間なら、屋敷に戻ってもまだ温かな湯気を保ったまま捧げることができる。


◆◆◆


湖畔に広がる木陰の下、全員でお弁当とバーベキューを囲む。

焼き魚の香ばしい匂いに、幼体たちも落ち着かない様子だ。


「あかね、もう少し待ってね」

セリナが言うと、あかねは「きゅ……」と我慢強そうに鳴いた。


「マルも待って」

「ぷぅ……」

マルがしょんぼりした声を出す。


「ルゥは静かに待てているわね。偉いわ」

ミレイアが言うと、ルゥは「くぅ」と短く鳴いて、少しだけ得意そうな顔をした。


「それでは、いただきます」


全員の声が揃った瞬間、幼体たちも一斉に鳴いた。


「にゃ!」「きゅ!」「くぅ!」「ひゅん!」「ぷぷぅー!」


フィアが「あははっ!」と笑い声を上げ、アリアも思わず口元を緩めた。

焼き魚を一口食べたフィアが、目を輝かせる。


「美味しい……! 川魚ってこんなに美味しいんだ!」

「冷たい水で育ったからね。身が締まって旨味が強い」


静が答えると、アリアも静かに頷いた。


「確かに。……今日の釣果は良かったわ」

「アリア、自分で言う?」


フィアが笑うと、アリアはわずかに目を逸らした。


「……事実よ」


その足元で、あかねが「きゅ!」と同意するように鳴いた。


「次はフォルティナさんたちも誘えるといいね」


静が穏やかに言うと、誰もが自然と微笑みを浮かべていた。


「絶対喜ぶわ、フォルティナさん」


フィアが笑う。


「姉さんも、釣りはやったことあるのかしら」


ミレイアが少し楽しそうに言った。


「あの人、案外好きそうよ」


アリアが静かに答えた。

夏の午後、湖畔の木陰で、穏やかな笑い声が広がっていた。


◆◆◆


夕暮れ時、屋敷へと戻った一行は心地よい疲れと共に解散した。

セリナは静から受け取った温かな料理の盆を手に、一人礼拝堂へと向かい

祭壇に料理を捧げ、静かに手を合わせる。


(ルーナフィリス様。今日は本当に、穏やかで楽しい一日でした……)


今日見た湖の輝き、皆で笑い合った時間。

その全てを報告するように祈りを捧げていると、ふいに、意識の奥に温かな雫が落ちたような感覚があった。


『……楽しめましたか』


それは、かつての教会の厳格な声とは全く違う。

言葉は短く、押しつけがましさが一切ない。

けれど、その静かな問いかけの奥に、確かな温もりがあった。

セリナは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


(……はい。とても)


セリナは小さく、けれど確かに答えた。

それで十分だった。


言葉を重ねる必要はない。

ただ、その温もりを受け取って、大切に抱きしめるように。


礼拝堂を後にすると、廊下へ出た先に夕闇の中で星霞草が淡い光を放ち始めていた。

その優しい光の中、セリナの足取りはいつになく軽やかだった。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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