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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十三章 夏の気配と広がる世界

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第七話 新しい料理と小さな楽しみ

夏の陽光が庭の緑を鮮やかに焼きつける午後。

屋敷の台所ではしんと冷えた空気が心地よく流れていた。


調理台の上には先日結晶の谷で見つけた潤晶を組み込んだ『冷却具』が、静かに藍色の光を宿している。

その周囲だけは真夏とは思えないほど瑞々しい涼しさに包まれていた。


「静様、お野菜が冷えました」


セリナが氷水から引き上げたばかりのトマトとキュウリを差し出す。

その表面には細かな水滴がつき、宝石のように輝いていた。


「ありがとう。……よし、麺もいい具合だね」


静は茹で上がったばかりの白い麺を、一気に冷水へ放った。

チャカチャカと氷が触れ合う涼しげな音が響き、湯気が一瞬で消える。


「今日は特別に、いろいろな具材を乗せてみようか。みんなで分けられるように、大きめの皿で」

「いいですね。見た目も賑やかで、きっと喜ばれます」


静は手際よく、麺の上に色鮮やかな夏野菜を並べていく。

細く切ったキュウリの緑、薄く輪切りにしたトマトの赤、黄金色の玉ねぎの薄切り。

それから先日市場で見つけた香草を散らし、上から冷たい出汁をそっと注ぐ。


さらに、別の器には透明なシロップに果実を閉じ込めたゼリーをたっぷりと用意した。

水晶のように透き通った甘味は、見ているだけで喉を潤してくれる。


「セリナ、これをお供えしてもらえるかな? 少し多めに作ったから、女神様達も驚くかもしれないけど」

「はい。喜んで、お届けしてまいりますね」


静から重みのある盆を受け取ると、セリナはどこか誇らしげな笑みを浮かべ、礼拝堂へと向かった。


◆◆◆


礼拝堂の中は外の喧騒を忘れるほどの静寂に満ちていた。

セリナは祭壇の前に膝をつき、丁寧に盆を捧げる。


「ルーナフィリス様。そして女神様方。静様が心を込めて作られた、夏の恵みです。どうぞ、皆様で分かち合いください」


セリナが静かに目を閉じ、祈りを捧げる。

屋敷を包む柔らかな神気がふわりと揺れ、祭壇に置かれた大皿と瑞々しい水菓子は淡い光に包まれるようにして、音もなくその場から消えていった。


(……届いた。いつもよりずっと、温かな気配を感じるわ)


お供えを受け取った女神たちの喜びが、祈りを通じてセリナの心にも、さざ波のように優しく伝わってきた。


セリナはしばらくそのまま目を閉じていた。

礼拝堂の静寂の中に、夏の風がそっと入り込んでくる。


(……静様のお料理は、いつもこうして、誰かの心をほぐしてくれる)


それは遠い神域の女神たちも、屋敷の住人たちも、きっと変わらない。

セリナは静かに目を開け、祭壇に向けて最後にもう一度、深く頭を下げた。


◆◆◆


――白の庭園


「ちょっと! 何これ、すっごく綺麗!」


フレアリアが目の前に現れた色鮮やかな大皿を見て、身を乗り出した。

細い麺の上には、赤や緑の野菜が美しく散らされ、横には氷を模したようなゼリーが並んでいる。


「冷たい麺……それに、この果実の透き通った美しさはどうかしら。人の子がこれほどの工夫を凝らすなんて」


ミラシアが感嘆の溜息を漏らし、自ら取り分けを始めた。

ウィスティアも風のように軽やかに笑いながら、麺を一口含んで目を輝かせる。


「喉越しが最高だわ! 静の『お裾分け』の気持ちが、この冷たさの中にまで染み渡っているみたい」

「このゼリー、綺麗すぎて食べるのが勿体ないわ。……でも食べちゃう」


フレアリアが迷いなくゼリーをすくいながら言うと、ミラシアが苦笑した。


「さっき勿体ないって言ったばかりでしょう」

「だって美味しそうなんだもの」


女神たちは賑やかに皿を囲み、まるで少女たちのお茶会のような時間が流れる。

その輪の中でルートミアだけは黙って麺を一口食べた。

しばしの沈黙。


「……良い土……野菜育つ」


それだけだった。

その一言が何よりの評価だということを、ここにいる全員が理解していた。


「ルートミアが褒めた」


ウィスティアが少し驚いたように言うと、ルートミアは無言で麺をもう一口食べた。

ルーナフィリスは、その輪を少し離れた場所から、慈しむような眼差しで見守っていた。


(……彼は、力を誇示しようとはしない)


静かに心の中で呟く。

彼が持つ力は誰かを屈服させるためでも、己の存在を知らしめるためでもない。

ただこうして、誰かの心をほんのりと温め、季節を慈しむためにだけ使われる。


(けれど、だからこそ、私たちの心はこうも容易く解かされてしまうのね)


ルーナフィリスは口元をわずかに綻ばせ、皆が笑い合う庭園の空気を、深く吸い込んだ。

甘いゼリーを一つ、そっと手に取る。

誰にも言わないまま、静かに口に運んだ。


◆◆◆


屋敷の居間

みんなで冷たい麺を楽しんだ後の団らんの時間。


食卓の上には、空になった器と、残り少ない果実のゼリー。

幼体たちもそれぞれ満足げに落ち着いている。


あかねはアリアの隣で「きゅ」と短く鳴き、ルゥはミレイアの膝の上でまどろんでいた。

ハルはフィアの肩の上でひゅんと翼をたたみ、マルはリーナの足元でごろりと転がって「ぷぅ……」と眠たそうな声を出している。

ツキだけが静の肩の上から涼しい顔で居間を見渡していた。


「今日の麺、本当に美味しかったなぁ。あの冷たい出汁、どうやって作るの?」


フィアが身を乗り出して聞くと、静は少し考えながら答えた。


「昆布と干し椎茸を冷水に一晩漬けておくんだよ。火を使わないから、夏でも台所が暑くならなくて助かる」

「それは良いわね。私も今度手伝う」


ミレイアが穏やかに言う。

膝の上のルゥが「くぅ」と鳴いて、目を細めた。


「ハルも美味しかった?」


フィアがハルに聞くと、「ひゅん」と短く鳴いて肩にすり寄ってきた。


「……ご機嫌ね」


アリアが苦笑する。

その足元で、あかねが「きゅ」と鳴いてアリアのブーツの先に鼻先を押し当てた。


「あなたも、今日はよく食べていたわね」

あかねは「きゅ!」と誇らしげに鳴いた。


◆◆◆


「……そういえば、あの場所はどうなっているかな」

静がふと思い出したように、窓の外へ視線を向けた。

「あの場所、ですか?」


セリナが聞き返すと、静はあかねの方を振り返って微笑んだ。


「ほら、あかねの卵を見つけた遺跡の近く。あそこに綺麗な泉があっただろう? 以前行った時、あそこなら冷たい水で育った美味しい魚がいそうだな、と思ってさ。それに、珍しい夏山菜も探せるかもしれない」

「いいですね!」


セリナの顔がぱっと明るくなった。


「あそこなら今の時期、緑が一番深い頃ですし。ピクニックにちょうどいいかもしれません」

「きゅ!」


自分の故郷に近い場所の話だと分かったのか、あかねが嬉しそうに静の足元で跳ねた。

ルゥも「くぅ」と鳴いてミレイアの膝から起き上がり、静の方を見た。


「ひゅん!」


ハルがフィアの肩の上でぴんと翼を広げた。


「あはは、ハルもやる気満々!」


フィアが笑うと、マルが「ぷぷぅー!」と鳴いてリーナの足元から起き上がった。


「……あなたも、もちろん行くわよ」

リーナが静かに言うと、マルは満足そうに「ぷぅ」と鳴いてまたごろりと転がった。

「全員参加、ね」


アリアが短く言って、口元を和らげた。


「よし、じゃあ近いうちに行ってみようか。今度は、もっと大きなお弁当を作ってみんなで」


静の提案に、居間の空気がふわりと温かくなった。

夏の午後の穏やかな団らんの中に

新しい『小さな旅』への期待が静かに満ちていった。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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