↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十三章 夏の気配と広がる世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
140/289

第六話 星霞草、夕暮れに咲く

陽が大きく傾き始める頃。

夏の気配を含んだ風が、木々の葉をさらさらと揺らしていた。


空の色が橙から深い藍へと変わるちょうど境目。

この時間の屋敷は不思議なほど静かになる。


鳥の声が遠ざかり、虫の声がまだ始まらない。

世界がほんの少しだけ、息を止めているような間。


縁側に腰を下ろした静は、セリナが淹れてくれた冷たいお茶を一口飲み、ふう、と息を吐いた。

昼間の暑さがようやく少しだけ和らいでいる。


「今日も良い天気でしたね」


隣に腰を下ろしたセリナが柔らかく言った。


「そうだね。……星霞草、だいぶ根付いてきたな」


静の視線の先、庭の東側の花壇。

花見の日にみんなで植えた星霞草が、今では花壇の端まで白い小花を広げていた。


魔法銀の遮光布を外してからも、この屋敷の神気に馴染んだのか、驚くほど伸び伸びと育っている。

夕暮れが近い今の時間、その葉が微かに光を含み始めているように見えた。


「……もうすぐかもしれませんね」


セリナが目を細める。


「夕暮れ時に光る、って言っていたから。今日、見られるかな」

二人はしばらく、並んで花壇を眺めた。


◆◆◆


その静寂を破ったのは、花壇の中から聞こえた、のんびりとした声だった。


「ぷぷぅー……」


星霞草の茂みが、ふにふにと奇妙な動きを見せる。

やがて、もふもふとした薄茶色の塊が、花をかき分けるようにして姿を現した。

マルだ。


背中の小さな羽をパタパタとさせ、体に付いた花びらを盛大に振り払っている。

耳まで白い花びらが乗っていたが、本人は全く気にしていない様子だった。


「マル……もしかして、ずっとそこで寝ていたの?」


セリナが目を丸くする。


「ぷぅ」


マルは満足そうに鳴いて、とてとてと縁側へ向かってくる。

その歩みに合わせて、踏んだ土がほんのりと温かくなっていく。


「おかえり、マル。ゆっくり眠れたか?」


静が声をかけると、マルはとてとてと歩み寄り、縁側の端でごろりと転がった。

「ぷぅ」と短く鳴いて、静の膝をじっと見上げる。


「……上がっていいよ」

言った瞬間、マルが「ぷぷぅー!」と得意げに鳴いて、ずりずりと膝の上に這い上がってきた。


その足跡を追うように――不思議なことが起きた。

マルの体が触れていた場所から順に、星霞草が淡い光を放ち始めたのだ。


最初は夕闇に紛れるほどの微かな瞬き。

一輪、また一輪。

それが波紋のように広がり、やがて花壇から庭の端まで、まるで地上に星屑を撒いたような輝きに包まれていく。


「わあ……」


セリナが思わず息を呑んだ。

光は瑠璃星草の鮮やかさとはまた違う。

霞のように柔らかく、揺れるように淡い。

見つめているだけで、日中の作業で強張った肩の力がふっと抜けていくような、穏やかな安らぎがあった。


静は膝の上のマルを撫でながら、光る花畑を静かに眺めた。


「……綺麗だな」

「はい。本当に……まるで夢の中にいるみたいです」


セリナが胸の前で手を重ねるようにしながら言った。

その瞳に星の光が静かに映っていた。


◆◆◆


「ぷぷぅー」


マルが満足そうに鳴いた。

まるで「どうだ」と言わんばかりの、得意げな声だ。


「……マルのおかげだね」


静が言うと、マルはさらに胸を張った。

その時、縁側の奥からパタパタと足音が近づいてきた。


「にゃ!」


ツキが真っ先に飛び出してきて、庭の光景を見るなり動きを止めた。

それから静かに縁側の端に座り、一言「にゃ」と鳴いて、じっと光を見つめた。

後ろからあかねが「きゅ?」と首を傾げながら出てきて、光る花びらに鼻先をくっつけて確かめる。


「きゅ!」


驚いたように鳴いて、ぴょんと後ろへ飛びすさった。

それからまた恐る恐る近づいて、またくんくんと嗅ぐ。


「あかね、びっくりした?」


静が苦笑すると、あかねは「きゅ」と鳴いて、今度は堂々と花びらの上にちょこんと座った。

あかねの淡い赤と、星霞草の白い光が混じり合う。


ルゥは静かに花壇の縁へと歩み寄り、「くぅ」と鳴いてそのままその場に丸くなった。

光の中で、ルゥの水色の毛並みがふわりと輝いて見える。


ハルは上空からひゅんと舞い降り、花壇の上をゆっくりと旋回した。

翼が起こす風で、光る花びらがふわりと舞い上がる。

それはまるで、光の粒が空へと溶けていくようだった。


「ひゅん」


ハルが満足そうに鳴いて、セリナの肩に静かに降り立った。


◆◆◆


「……なんの騒ぎ?」


屋敷の中から顔を出したのは、アリアだった。

その後ろにフィアとミレイアが続く。

三人が庭を見た瞬間、言葉が止まった。


「……すごい」


フィアが小さく呟いた。

いつものような弾んだ声ではなく、本当に静かな、素直な驚きの声だった。


「……これが、星霞草?」


ミレイアが呟き、エルフとしての感性が静かに反応するのを感じた。

木々の呼吸が深まっている。

庭の呼吸そのものが、深くなっている気がした。


「綺麗ね」


アリアが短く言った。

それだけだったが、その一言に、これ以上何も足す必要がないほどの温度があった。

三人は縁側に腰を下ろし、静とセリナの隣に並んだ。

しばらく、誰も何も言わず光る庭を眺めていた。


◆◆◆


しばらくして、静はふと庭の隅へ視線を向けた。

星霞草の花びらに宿った露が、光を帯びたまま根元の土へとぽたりと落ちている。

その場所だけ土がひときわ瑞々しく、葉の色も濃く見えた。


(……露が落ちたところだけ、育ちが違う気がするな)


それから庭全体を眺める。

光の届いている場所と届いていない場所で、草の伸び方が微妙に異なる。


「この露、畑の方にも分けてあげたら、夏野菜がもっと美味しくなるかもしれない。……それに、これだけ光ってくれるなら、夜に廊下を歩く時の足元灯にもなりそうだな」


静が独り言のように呟いたその時、屋敷の中からリーナが出てきた。

いつの間に来ていたのか、メモを手に持っている。


「……星霞草の露が滴る場所だけ、土が特別な状態になっている。魔力の浸透率が上がっているわね。畑への応用は面白いわ。……それと静、今『足元灯の代わりになりそう』と言っていたけれど」

「夜にトイレに立つとき、廊下が暗くなくて助かると思って」

「……なるほど」


リーナは一拍置いてから、静かに言った。


「宮廷魔導師や研究院が泣いて羨む発光植物を、廊下の足元灯に使う発想ができるのは、あなたくらいだと思うわ」

「そんなに珍しいもの?」

「……珍しいわよ」


リーナが溜息をついた。

ただ、その口元は確かに緩んでいた。

フィアが堪えきれずに吹き出した。


「あはは! 静らしい!」

「本当にそうね」


アリアも苦笑する。

ミレイアは静かに笑いながら、光る花びらをそっと一枚手に取った。


「……でも、足元灯、良いと思うわ。廊下に少し鉢を置いたら、夜も綺麗でしょうね」

「あ、それいいな」


静が素直に頷いた。


◆◆◆


夜の帳が下りる頃

静は縁側から連絡板を取り出し、指先でゆっくりと文字をなぞった。


【静:フォルティナさん、星霞草が咲きました。夕暮れ時に光るって言っていましたが、本当でした】


少しの間があって、板が淡く光った。


【フォルティナ:……本当ですか。どんな光でしたか?】


静はしばらく考えてから、指先を動かした。


【静:霞みたいに柔らかい光です。見ているだけで肩の力が抜けます。来た時に見てもらえると嬉しいです】


返信はすぐに来た。


【フォルティナ:……楽しみにしています。必ず伺います】


静は連絡板を閉じた。


肩の上のツキが「にゃ」と短く鳴いた。

庭では、星霞草がまだ静かに光っていた。

マルはいつの間にかまた花壇の中へ戻り、「ぷぅ……」と眠たそうな声を出している。

あかねが「きゅ」と鳴いてその隣に座り、ルゥがその向こうで丸くなっていた。


「……おやすみ、みんな」


静の声に、庭の光がほんの少しだけ、揺れたような気がした。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。