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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十二章 春の囁きと広がる縁

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第九話 教会からの問い合わせと静かな着地

春の陽気が、穏やかに領主館の窓辺を照らしていた。


柔らかな光の中、執務室の空気は静かに整えられている。

その静寂をわずかに揺らしたのは、控えめなノックの音だった。


「フォルティナ様、教会より書簡が届いております」


侍従の声はいつもと変わらぬ落ち着きを保っている。

だが、その手にある封書を見た瞬間――フォルティナはわずかに視線を細めた。


白地に刻まれた紋章。

そして、封蝋。


「……中央監察局」


小さく呟き、封書を受け取る。


通常の連絡ではない。

形式としても、内容としても――これは『正式な問い合わせ』だった。


「ありがとう。下がっていいわ」


侍従が一礼して退室するのを見届け、フォルティナは封蝋を静かに解いた。

紙の擦れる音が、やけに鮮明に響く。


視線を走らせる。

一行、一行。


その内容を読み進めながら、表情は変わらない。

思考だけが静かに深まっていく。


書簡の内容は二点に絞られていた。


ひとつは空白地帯の支配者の現況報告。定期的な確認であり、これ自体は通常の手続きの範疇だ。


だがもうひとつは――違った。


空白地帯周辺において、継続的かつ規則性を伴う高エネルギー反応が観測されている。魔力と神気が混在している可能性があり、フォルツ領との関連性について情報提供を求める、という内容だった。


(……神気、ね)


断定はしていない。

それでも『自然現象ではない可能性を疑っている』という意図は行間から滲み出ていた。


フォルティナはしばらく書簡を手にしたまま、視線を窓の外へ向けた。


穏やかな春の街並み。

変わらず、静かに続く日常。

それから、隣室へ向けて声をかける。


「フレイ、少しいいかしら」


◆◆◆


「呼ばれたかしら」


自由聖女の件で昨日からフォルツに来ていたフレイアが、軽く肩の力を抜いた様子のまま扉を開けた。

しかし視線はフォルティナの手にある封書へと鋭く向けられる。


「ええ。こちらを」


フォルティナは書簡を差し出す。

フレイアはそれを受け取り、ざっと目を通した。


そして――小さく息を吐く。

「……なるほどね」


紙を机に置き、指先で軽く整えながら呟く。

「『神気反応』ね」


フォルティナも頷く。

「ええ。そう表現しています」


フレイアは書簡をもう一度眺め、静かに続ける。

「ただ、『神気』と断定しているわけではない。あくまで観測上の表現に留めている」


「はい。ですが――」

フォルティナはわずかに間を置く。


「ただの自然現象とも、思っていないようです」


フレイアは小さく笑った。

「ええ。そこは同意見ね。……規則性があるという点が、特に気になるところだわ」


フォルティナも頷く。

「偶発ではない、という認識。それが彼らにとっての判断材料になっているのでしょう」


沈黙が一瞬だけ落ちた。

二人とも、書簡の裏にある意図を正確に読んでいる。

教会中央監察局は、事を荒立てるつもりではない。


ただ――把握したい。

記録に残したい。

それだけのことだ。


それでも『把握されること』が何を引き起こすかは、また別の話だった。


◆◆◆


「……あの子たち、関係していると思う?」

フレイアが問いかけた。


問いは簡潔だった。

その『あの子たち』が何を指しているか、フォルティナには即座に分かった。


ハルが風を読んで飛ぶ姿。

マルが土の上をとことこ歩き、植物が伸びていく光景。

あかねが足元に寄り添い、ルゥが穏やかに誰かの隣で丸くなっている、あの日常。


フォルティナはすぐには答えず、ほんの一瞬だけ考えた。

「可能性はあります」


「ただ――」


言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

「一般的な魔物とも異なりますし、かといって既存の分類に当てはめられる存在でもありません。私が見た限りでは……空白地帯の環境に根ざした、特異な個体たちだと思います」


フレイアは小さく肩をすくめた。

「確かにね。『何か特別なもの』ではあるけれど――それ以上でも、それ以下でもない、という感じかしら」


「はい」

フォルティナは静かに頷く。


「少なくとも、害を及ぼす存在ではありません。それだけは、間違いなく」


その言葉には、迷いがなかった。

実際に屋敷で過ごした時間がある。

あの場所の空気を、自分の肌で感じている。

だからこそ言い切れる。


フレイアはその様子を見て、ふっと息を緩めた。


「……それだけ分かっていれば、今は十分ね」


◆◆◆


やがてフォルティナは連絡板を手に取った。

指先でゆっくりと文字をなぞる。


【フォルティナ:教会から書簡が届きました。空白地帯周辺の高エネルギー反応について、情報提供を求められています】


しばらくして、返答が届く。


【静:……うーん。何が原因なんでしょうね】


フォルティナは一瞬だけ視線を落とした。


(……静さんらしい)


驚きも、焦りも、そこにはない。

ただ純粋に、首を傾げているだけの言葉。

続けて問いかける。


【フォルティナ:……何か心当たりはありますか?】


少しの間があって――


【静:庭が豊かになってきたのと、関係あるのかな】

【静:特別なことはしていないと思うんですけど】


フォルティナは、小さく息を吐いた。


(……やはり)


予想通りの答えだった。

それを笑うことも、否定することも、フォルティナにはできなかった。

なぜなら――間違っていないからだ。


庭が豊かになったこと。

あの場所の空気が変わっていること。

幼体たちが根付き、環境そのものが変質しつつあること。


原因は一つではない。

静の存在。幼体たちの影響。積み重なってきた時間。

それらがゆっくりと、けれど確実に絡み合っている。


静本人はそれを『庭が豊かになった』という一言で片付けてしまう。

そしてそれは、ある意味で何よりも正確な表現だった。


(本当に……あなたは)


フォルティナは小さく目を閉じ、それからまた連絡板に向き直った。


【フォルティナ:……分かりました。こちらで対応します】

【フォルティナ:静さんは、これまで通りでいてください】


少しだけ間を置いてから、もう一文添える。


【フォルティナ:庭のこと、大切にしてあげてください】


静からの返信は、いつもと変わらない穏やかさだった。


【静:ありがとうございます。お願いします】

【静:……庭、もっと良くなるよう頑張りますね】


その一言に、フォルティナは思わず口元を緩めた。

連絡板を静かに置く。


隣でやり取りを見ていたフレイアが、小さく噴き出した。


「……あの人、本当に」

「ええ」


フォルティナも、小さく笑う。


「でも、それが静さんですから」


◆◆◆


机の上に広げられた報告書用紙。

ペン先が滑らかに紙を走る。

一文一文、無駄なく、曖昧さを残さず。

それでいて、核心には触れない。


空白地帯の支配者は、現在も安定した状態を維持している。

周辺で観測される魔力反応については、環境変化および生態系の活性化に伴う自然増幅の可能性が高い。

当該領域において、特異な生物群の存在は確認されているが、いずれも外部に対する敵対性は示していない。

現時点で、教会の介入を要する事象は確認されていない。


ペンが止まる。

しばしの沈黙。


最後にもう一度だけ全体を読み返す。

嘘は一つもない。


ただ――伝える必要のないことは、伝えない。

それだけだった。


「……これで問題ありません」


フレイアが書面を覗き込む。

目を通し、数秒。

やがて小さく笑った。


「……上手いわ、ティナ」


紙から視線を外さずに続ける。

「全部本当なのに、核心には一切触れていない」


フォルティナは穏やかに答える。

「嘘をつく必要はありません。ただ、伝える必要がないことは、伝えなくていいだけです」


フレイアは肩をすくめた。

「そういうことにしておくわ」


それだけ言って、フレイアはそのまま静かに部屋を後にした。

扉が閉まる音が、執務室に小さく響く。


◆◆◆

静寂が戻った。

フォルティナは完成した報告書を机に置き、ゆっくりと息を吐いた。

窓の外では、春の光が変わらずフォルツの街を照らしている。


ふと、手が髪へと伸びた。

指先が触れたのは、黒晶の花の髪飾り。

淡く、光を受けて輝いている。


――その瞬間


ほんのわずかに、温もりのようなものを感じた気がした。


「……」


理由は分からない。

髪飾りが温かいわけでも、不思議な光を放っているわけでもない。

ただ――指先に触れるその感触が、どこか確かなもののように思えた。


(原因は、きっと一つじゃない)


庭が豊かになってきた、という静の言葉。

あの場所で過ごした時間。

幼体たちの存在。


それらすべてが、ゆっくりと積み重なって、今のあの場所を作っている。

そして自分は――その場所を守る側にいる。


(静さんの日常は……)


胸の内で、静かに言葉を紡ぐ。


(私が守ります)


声には出さない。

ただ、その想いだけを確かに抱いて。


フォルティナは静かに立ち上がった。

報告書を丁寧に折り、封筒へと収める。


教会中央監察局へ。

正式な経路で、正式な書面として。


春の陽射しは、変わらずやさしく。

その下で、すべては――

何事もなかったかのように、穏やかに続いていく。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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