↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十二章 春の囁きと広がる縁

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
132/290

第十話 春の終わりに

春の終わりの夕暮れが、ゆっくりと庭を包み込んでいた。

やわらかな風が吹き抜け、花々が静かに揺れる。


色とりどりの花の中に混じって、透き通るような瑠璃色の花――瑠璃星草が咲いていた。

その数は、昨日よりもほんの少しだけ増えている。


花壇の隅で丸くなって眠るマルのそばだけ、土がひときわふかふかとしていた。

誰かが気づくほどではない。

けれど、確かに。

この庭は日々、静かに豊かになっていた。


「……うん、良い春だね」


縁側に腰を下ろし、静は湯呑みを傾けながら小さく呟いた。

肩の上では、ツキが同じように庭を見つめている。


「にゃ」


短く鳴くその声は、どこか満足げだった。

足元では、花びらの上に転がるようにしてマルが丸くなっている。


「ぷぅ……」


眠たそうに鳴きながら、マルがゆっくりと目を閉じていく。


少し離れた場所では、ハルが風の流れに乗るように軽く舞い上がり、あかねが静の足元へとそっと寄り添うように座り込んだ。


「きゅ」


小さな鳴き声に、静はふっと笑みをこぼす。

ルゥは少し離れた花の陰で丸くなり、この穏やかな時間を見守るようにじっとしていた。


――いつもの光景だった。


何も変わらない。何もかもが少しずつ積み重なっている。

そんな、かけがえのない時間。


◆◆◆


庭の奥ではセリナが花の手入れをしていた。

東側の花壇。

先日の茶会でみんなと植えた星霞草が、魔法銀の遮光布の下で、夏に向けて青々とした葉を広げ始めている。


慣れた手つきで土を整え、水を与える。

その動きには、もう迷いがない。

ここで過ごす時間が、彼女の中にしっかりと根付いている証だった。


隣では、瑠璃星草が夕暮れの光を受けて揺れている。

春の終わりを告げるように、その透き通るような青が、少しだけ深みを増していた。


セリナはその花をしばらく眺めてから、また手を動かし始めた。

土を整える。水を与える。

ただそれだけの、静かな時間。


◆◆◆


ふと、静の手元で連絡板が淡く光った。

セリナは手を止めずに、その気配を視界の端で感じる。


【フォルティナ:教会への報告、無事に終わりました】


静が視線を落とし、指先でさらさらと返答をなぞる。


【静:お疲れさまでした。ありがとうございます】


少しの間があって、次の文字が浮かび上がった。


【フォルティナ:……また、伺ってもいいですか】


静は、ほんのわずかな間を置いて、迷いなく答えた。


【静:いつでも】


――そのやり取りが、セリナの視界に入った。


(いつでも、か)


胸の奥が、ちりりとする。

セリナは無意識のうちに、自分の髪に飾られた黒晶の花に触れた。

フォルティナもまた、今、同じ花を髪に飾っているはずだ。


彼女がどれほど静を大切に思い、そしてこの場所を守るために、遠い街で独り戦ってくれているのか。

それは、もう十分すぎるほど分かっていた。


(あの人がいるから、ここは守られている)


不思議と、その事実は苦しくなかった。

むしろ、共にこの場所を愛する者がいるという、静かな安心感があった。

けれど――


(……私も)


言葉にならない想いが、胸の奥で揺れる。

誰かを押しのけるのではなく、否定するのでもなく。

同じように、隣に。


セリナはその想いを静かに受け止めた。

否定することなく、押し込めることもなく。


ただ、そこにあるものとして。

そっと抱きしめるように。


◆◆◆


ふと、自分の手が止まっていたことに気づく。


「……いけませんね」


小さく呟き、セリナはもう一度花へと向き直った。

先ほどよりも、少しだけ丁寧に

土を整え、水を与える。その時――


「にゃ」


足元にツキがやってきた。

見上げるように鳴くその姿に、セリナは自然と表情を緩める。


「どうしましたか、ツキ」


そっと撫でると、ツキは気持ちよさそうに目を細めた。

すぐ近くでは、あかねが袖をちょんと引く。


「きゅ」

「ふふ……あなたもですか」


その頭を優しく撫でると、あかねは満足そうに鳴いた。

幼体たちの温もりが、胸の奥にそっと触れた。

セリナは、小さく息を吐いた。


「……うん」


それだけで、今は十分だった。


◆◆◆


顔を上げる。

視線の先には、縁側に座る静の姿。

変わらず、穏やかに庭を眺めている。


その隣に――行きたいと思う。

特別なことではない。


いつものように、同じ時間を過ごすために……

ほんの少しだけ、足を踏み出す。


そのまま自然な流れで、庭の手入れを続けながら静のいる方へと歩み寄っていく。


「セリナ、そっちはもう終わった?」

静が振り返りもせず、穏やかに声をかけてきた。


「はい。星霞草も、だいぶ根付いてきたみたいです」

「そっか。夏が楽しみだね」

「ええ」


セリナは静の少し隣に腰を下ろした。

肩の上のツキが、二人を見比べるように視線を動かしてから、満足げに目を細める。


「にゃ」

「……なんか、ツキに見守られてる気がする」


静が苦笑すると、セリナも小さく笑った。


夕暮れの光の中、二人は並んで庭を眺めた。

言葉はなくていい。

ただ、同じ景色を見ている。それだけで。


◆◆◆


しばらく、そのままでいた。

湯呑みから立ち上る湯気が、夕風にゆっくりと溶けていく。


マルは相変わらず花びらの上で眠り、ハルはいつの間にか静の膝のそばに降りてきて、小さな翼を畳んでいた。


あかねは二人の間のちょうど真ん中あたりに座り、庭を眺めている。

穏やかな時間だった。


どれくらいの時間が過ぎただろう。

夕暮れの色が少し深まったころ、セリナがふと口を開いた。


「あの……静様」

「うん?」


静が視線をこちらへ向ける。


その穏やかな目を見て、セリナはほんの少しだけ迷った。

けれど、迷いは長く続かなかった。


「……また今度、フォルツのお店を見に行きませんか。二人で」


言ってしまってから、少しだけ頬が熱くなる。


「転移でぱっと行けるようになりましたし……季節の変わり目ですから、市場に珍しいものが出ているかもしれないなと思って」


言葉を補うように続けてから、セリナはそっと視線を庭に落とした。

静は少しの間、何も言わなかった。


(……余計なことを言ってしまったかな)


そう思い始めたころ――


「そうだね」


穏やかな声が返ってきた。


「季節の変わり目って、市場が面白いんだよね。夏前の野菜とか、珍しい食材とか」


静が軽く考えるように続ける。


「フォルツ、最近あまりゆっくり見て回れていなかったし。……行ってみようか、セリナ」

「……はい」


思ったより素直に返事が出てきて、セリナは自分でも少し驚いた。


「じゃあ、天気の良い日に。みんなにも声をかけようか」

「そうですね。フィアさん、きっと喜びます」

「絶対に喜ぶね」


静が小さく笑う。

セリナも、つられるように笑った。


肩の上のツキが「にゃ」と短く鳴いた。

まるで、いいね、と言っているみたいに。

あかねが「きゅ」と鳴いて、セリナの膝にちょんと前足を乗せた。


「……あかねも来たいの?」

「きゅ!」


元気よく鳴き返す声に、二人は顔を見合わせて笑った。


「みんなで行こうか」


静がそう言うと、どこからともなくマルが目を覚まして「ぷぅ」と鳴き、ハルが翼をひらりと広げた。


「……全員参加ね」

セリナが苦笑する。


「まあ、それがこの屋敷らしいかな」

静が穏やかに言った。


その言葉が、すとんと胸の奥に落ちた。


(この屋敷らしい)


そう、ここはそういう場所。

誰かだけの場所ではなく、みんなの大切な場所。

セリナはそれを温かいものとして受け取った。


◆◆◆


風がもう一度そっと吹いた。

庭の花々が揺れる。


瑠璃星草も、成長を待つ星霞草も、夕暮れの光を受けて静かに揺れていた。

その数は、昨日よりもほんの少しだけ多い。


誰にも気づかれないほどの変化。

けれど、確かにそこにある。

春の終わりの穏やかな夕暮れだった。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。