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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十二章 春の囁きと広がる縁

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第八話 自由聖女の噂

春の陽気が緩やかに街を包み込む頃――

セレニア自治連邦の一角、商人たちの集まる宿では、いつものように軽い情報交換が行われていた。


「フォルツの方、最近妙に穏やからしいな。流行病も長引かないとかなんとか」

「教会の聖女が入ったのか?」

「いや、それが違うらしい。教会所属じゃないって話だ」


「は? じゃあなんだよ、それ」

少しだけ興味を引かれたように、別の男が口を挟む。


「『自由聖女』って呼ばれてるとか」

酒を片手に、気楽な調子で交わされる言葉。


「……なんだそれ」


笑い混じりの声が上がる。

「さあな。噂なんてそんなもんだ」


誰も深く追及しない。

それでも、その言葉は確かにその場に残った。


――自由聖女


曖昧で、けれど耳に残る響き。


その会話を少し離れた席で静かに聞いていた者がいた。

リシェルは手元の帳簿に視線を落としたまま、何も言わない。


リシェルはフォルツとの取引を長く続けてきた商人だ。感情を表に出さず、必要な情報だけを的確に届ける。それがフォルティナとの信頼の形だった。


驚きも、興味も、表には出さない。

ただ――覚えておく。


(……教会未所属の聖女、ですか。もし本当なら、その周辺では質の良い薬草や、特異な需要が生まれるはず。覚えておいて損はありませんね)


噂としては珍しくない。

だが、『広がり始めている』気配があった。


リシェルは感情を排した目で、宿屋の喧騒を一つの「市場の動向」として記録した。彼女は帳簿を閉じると、静かに立ち上がる。


必要以上に関わらない。

必要な分だけ持ち帰る。

それが彼女のやり方だった。


◆◆◆


フォルツ領主館。

フォルティナは執務机の上で淡く光る通信具に気づき、軽く視線を向けた。

懇意にしている商人、リシェルからの短文通信だ。


――《仕入順調、他要望可》

――《珍苗・種希望》

――《了承、自由聖女噂あり》


ペン先が、ほんのわずかに止まる。


――《詳細乞う》

――《未所属。フォルツと合致》


フォルティナは一拍置いてから、淡々と返す。


――《了解、情報収集願う》


通信が途切れた。


フォルティナはゆっくりとペンを置き、小さく息を吐いた。


「……やはり来たわね。少し早いわね」


視線を窓の外へ向ける。穏やかな街並み。

だからこそ、その裏で動き始めた波紋は無視できない。

フォルティナは迷うことなく、連絡板を取り出しフレイアへ伝える。


【フォルティナ:セレニア方面で、『自由聖女』という噂が広がっているみたい。多分セリナさんの事だと思うけど……】


◆◆◆


王都の冒険者ギルド《ルミエール》本部。


人の気配が行き交う中、フレイアは一人静かな一室にいた。

連絡板に映る文字を読み終え、わずかに目を細める。


「……そう」


短く息を吐く。

驚きはない。

確認するように一度目を閉じてから、連絡板に返信を書く。


【フレイア:静さんへ伝えておいた方がいいわね。私の方も動くわ】


フォルティナもすぐに返信し

【フォルティナ:そうします。そちらもお願いしますね】


短い言葉。

理由は言わない。

その必要がないと、二人とも分かっているから。


◆◆◆


屋敷。


穏やかな空気の中、連絡板が淡く光る。

静はそれに気づき、手を止めた。

表示された内容を読み、少しだけ首を傾げる。


【フォルティナ:セレニア方面で、『自由聖女』という噂が広がっています】


「……自由聖女?」

小さく呟く。


【フォルティナ:セリナさんのことを指している可能性が高いです】


静は一瞬だけ考えた。

ほんのわずかな間。

そして――


【静:……そうですか】


それ以上、感情は動かない。

ただ、静かに続ける。


【静:セリナはここで自分らしく、楽しく生活しているので。そういう時間が壊れるのは、ちょっと……困りますね】


【フォルティナ:そうならないよう、上手く動きます】


迷いのない返答。

静はその文字を見て、わずかに息を緩める。


【静:……お願いします。セリナには、まだ言わないでおいてもらえますか】


少しだけ間を置いて、もう一言。


【静:余計な心配は、させたくないので】


連絡板を閉じる。

静は困ったように眉を下げて庭を見た。


そのやり取りを、少し離れた場所で見ていたミレイアが、静かに呟く。

「……静もちゃんと分かっているのね」


それだけだった。

説明はいらない。

外の世界が、少しずつ近づいていること。

そして、それがどういう意味を持つのか。


ミレイアは小さく息を吐いてから、穏やかに視線を庭へ向けた。


◆◆◆


庭では、セリナが花の世話をしていた。

春の花が柔らかく揺れ、瑠璃星草の周囲の空気がほんの少し澄んでいる。


「こちらも、元気に育っていますね」


セリナが優しく微笑む。

足元ではツキが花びらを追い、あかねが楽しそうにその後を追う。

マルは少し離れた場所で丸くなり、ハルはその周囲をそよぐ風のように静かに寄り添っていた。


何も知らない。

ただ、いつものように。

穏やかで、やさしい時間。


その様子を静は縁側から眺めながら、セリナへ声を掛ける。


「セリナ、そっち手伝うよ」

「あ、はい。ありがとうございます、静様」


変わらない声。

変わらない距離。

静は庭へ足を向けながら、小さく呟いた。


「……まあ、大丈夫かな」


その中で、世界はほんの少しだけ動き始めている。

誰にも気づかれないまま――静かに。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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