↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十二章 春の囁きと広がる縁

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
129/290

閑話 白の庭園にて――咲いたものへの静かな祝福

白の庭園には、いつものように静かな光が満ちていた。


どこまでも広がる白。

空とも地ともつかないその空間に、淡く揺れる光が花びらのように漂っている。

地上の「春」という季節の揺らぎが

この絶対的な静寂の領域にも、微かな残響として届いていた。


風の匂いとも花の気配とも違う、もっと淡い何か。

概念に近い温度のような揺れ。

それが今日は少し濃い。


その中心に女神たちはいた。

円を描くように、ゆるやかに集いながら――

その視線はひとつの場所へと向けられている。


地上

薄紅雲の樹が淡い桃色に染まり

六色の輝きを身に纏った者たちが笑い合っている、あの庭へと。


◆◆◆


「あら……」

最初に声を上げたのは、フレアリアだった。


「見て、あの子たち。全員揃っているわ」


その声音には隠しきれない楽しげな響きが混じっている。

身を乗り出すようにして覗き込みながら、くすりと笑った。


「みんないい顔してるわね。……あのお菓子、美味しそう」


視線の先では、セリナとフィアが春野菜のサンドイッチを頬張り

アリアが呆れ顔で苺のロールケーキを切り分けている。

花びらが舞う中、笑い声が弾けていた。


「……あの花見、楽しそうだわ。私も混ざって甘いお菓子を食べてみたい」


ぽつりと零れたその言葉に、すぐ隣から穏やかな声が重なる。


「それは駄目よ、フレアリア」


ミラシアが、柔らかく、しかしはっきりとした調子で言った。


「……あの子たちの時間だもの」

「分かってるわよ。ちょっと言ってみただけ」


フレアリアは一瞬だけ口を尖らせたが、すぐに小さく息を吐いて肩の力を抜いた。

そう言いながらも、視線は離さない。


「……でも本当に、美味しそう」

「フレアリア」

「言うだけよ。言うだけ」


ミラシアは小さく苦笑した。


地上では、ちょうどフィアがマルに向かって

「花びら食べたら駄目だよ!」と叫びながら追いかけ回していた。

マルは「ぷぷぅー!」と得意げに逃げ回り、花びらをひらひらと巻き上げている。


「……あの小さいの、楽しそうね」


フレアリアの声から、羨ましさの色が少しだけ薄れた。

代わりにもっと柔らかい何かが宿る。


「ええ」

ミラシアが静かに頷いた。


「……本当に、いい光景ね」


◆◆◆


「風、届いているみたいね」

ウィスティアが楽しそうに目を細めながら呟く。


「少しだけ春を強めておいたのだけれど」


その言葉にミラシアが小さく肩をすくめた。

「『少しだけ』ね」

「本当に少しよ? ほら、あの子たち気づいていないでしょう?」


視線の先では風に舞う花びらを追いかけて、幼体たちが無邪気に転がっている。

ハルだけがほんのわずか、耳をぴくりと動かしたが――それだけだった。


「あの子は少し分かっているかもしれないわ」


ウィスティアが目を細める。

風の守護竜として生まれた幼体が、風の意味を本能で感じ取ったとしても不思議ではない。


「問わないのね」

「問わなくていいもの。あの子はまだ、あのままでいい」


誰もその風の出処を問わない。

ただ「心地よい春の訪れ」として受け止めていた。


「……それでいいのよ」


ミラシアが静かに言った。


「気づかなくていいの。あの子たちは、あのままで」


その言葉は否定ではなく、やさしい肯定だった。

干渉しすぎないこと。

それがこの場にいる者たちの、暗黙の了解でもある。


◆◆◆


しばし、誰も言葉を発しなかった。

地上の光景を見守る。


穏やかな時間が静かに流れていく。

花びらが一枚、また一枚と舞い落ち

それを眺める者たちの顔が、春の光の中で柔らかく和らいでいた。


静とフォルティナが植えたばかりの花壇の前に並んで立っている。

言葉は少ない。

ただ同じものを見ている。


「……ふふ。あの二人」


フレアリアが声を落とした。


「仲がいいわね。会うたびに距離が縮まっている気がするわ」


「……そうね」

ミラシアは静かに笑った。


その少し離れた場所から、セリナがその光景を見ている。

髪飾りにそっと触れながら、小さく微笑んで。

フレアリアはその様子を見て、少し首を傾げた。


「セリナのあの顔……なんだか複雑な感じね。痛そうなのに、嬉しそう。

 どっちなのかしら」


「両方よ」


ミラシアが静かに答えた。


「人の感情はそういうものだもの。どちらかだけ、なんてことはあまりないわ」

「……そういうものかしら」

「そういうものなの」


フレアリアはしばらく考えるように黙ってから


「ふぅん」


と小さく呟いた。


「……なんか、複雑ね。でも」


地上ではセリナの口元が静かに綻んでいる。

痛みをそれごと抱きしめるように。


「……きれいね。あの子」


フレアリアの声はいつになく静かだった。


◆◆◆


やがて――


「……咲いた」


小さな声がぽつりと落ちた。

ルートミアだった。


それだけ。

それ以上は何も言わなかった。

けれどその一言に込められた意味を、ここにいる全員が理解していた。


薄紅雲の樹が咲いたこと。

新しく植えられた星霞草が、その地に根付いたこと。

マルが土を整え、ハルが風を読み

それぞれの守護がこの庭に静かに根ざし始めていること。


そして――

セリナの胸の奥で、痛みさえも慈しみとして受け入れる感情が

確かに芽吹いたこと。


「……ええ」


誰かが小さく応じる。


それで十分だった。

言葉を重ねる必要はない。

白の庭園に、再び静寂が戻る。


◆◆◆


その少し外れた場所で――

ルーナフィリスは一人立っていた。

他の女神たちの輪から、わずかに距離を置いて。


ただ静かに地上を見つめている。

その瞳には何も映していないようでいて、すべてを見通しているようでもあった。


花びらが舞い、風が流れ、

小さな笑い声が確かにそこにある。


星の守り、六色の光。

静が皆のために作ったものが、静かに皆を守っている。


静本人はそれを「便利になった」と言うだろう。

でもそれは――


(……あなたは本当に、そのままでいてくれる)


言葉にはならない。

ただ、その視線がわずかにやわらいだ。


地上ではマルがまだ花びらの中を逃げ回っていた。

フィアが「待ちなさいよ!」と叫ぶ声。

アリアの呆れた溜息。

リーナが口元を押さえて肩を震わせている。

そのすべてが、ひとつの調和の中にあった。


ルーナフィリスはそれを、ただ見ている。

干渉も、言葉もない。

けれど――ほんのわずかに、その口元がやわらいだ。


甘いものでも食べたいという気持ちも

少しだけあったかもしれない。

それは誰にも言わない。


◆◆◆


やがて白の庭園にも静かな風が吹いた。

地上と同じように。


誰かが小さく息を吐く。


「……いい春ね」


その言葉はどこへともなく溶けていく。

応える声もまた、穏やかだった。


「ええ、本当に」


白の光がやわらかく揺れる。

その中で女神たちはただ静かに見守っていた。


咲いたものが、これからも続いていくことを――

疑うことなく。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。