第七話 六色の花見茶会
屋敷の庭の隅、ひときわ大きな古木があった――
薄紅雲の樹が、一夜にして淡い桃色の花をこぼれんばかりに咲かせた。
「……綺麗。静様、見てください。まるで雲が降りてきたみたいです」
朝の空気の中、セリナが感嘆の声を上げる。
静は縁側に腰を下ろし、その見事な咲き誇りを見上げて目を細めた。
「うん。……ねえセリナ、今日はお花見をしないかな。僕の故郷では、こうして花が満開の時に外でご飯を食べる習慣があったんだ」
「お花見……素敵ですね。ぜひやりましょう!」
静の提案に、アリアたちも「楽しそう!」と賛成した。
静はふと思いついて、手元のウィンドウを操作する。
「せっかくだから、フォルティナさんやフレイアさんも誘ってみようか。
……あ、そうか。二人も星の守りを持ってるから、僕が迎えに行けば一瞬だね」
「そうね。あの二人の結晶花も、この屋敷の定義に入っているのね」
アリアが得心したように頷く。
全員賛成で、準備が始まった。
静はさっそく連絡板でフォルティナへメッセージを送った。
【静:今日、屋敷の庭で花見をしようと思っています。フォルティナさんとフレイアさんも来ませんか。直接お迎えに行けます】
間もなく、フォルティナから弾んだような返信が届く。
【フォルティナ:お誘いありがとうございます。ぜひ、フレイアと一緒に伺わせてください。先日お話しした陛下からの贈り物も、今日持参いたしますね】
【静:楽しみにお待ちしています。重いでしょうから、お迎えに上がった時に預かりますね】
連絡板を閉じながら、フォルティナは思わず肩の力が抜けるのを感じた。
あの重厚な木箱を、静は「よいしょ」と呟くだけで消してしまうのだ。
それを思い出すだけで、なんだか可笑しくて、温かかった。
◆◆◆
フォルツの上級宿屋の一室
静が直接転移で姿を現すと、準備を終えたフォルティナとフレイアが待っていた。
「お待たせしました。……それは、陛下から?」
静の視線の先には重厚な木箱が並んでいる。
「ええ。屋敷の資材と、苗です。かなり重いのですが……」
「大丈夫ですよ。よいしょ」
静が手をかざすと、空間がわずかに歪み、重厚な資材や魔法銀の遮光布、そして星霞草の苗が、吸い込まれるように消えていく。
(……何度見ても、魔力の揺らぎすら残さない完璧な収納ね。まるで羽毛を扱うように……)
フレイアは内心で驚愕しながらも、静の「日常生活の一部」としての自然な手つきに、それ以上は何も言わなかった。
「さあ、行きましょうか」
静が言うと、一瞬の浮遊感。
次の瞬間、三人は屋敷の庭に立っていた。
◆◆◆
薄紅雲の樹の下
静の生活魔法でふわりと温度を整えられた屋外に、全員が集まっていた。
春野菜のサンドイッチ、苺を贅沢に使ったロールケーキ
そして果実園で採れた青林檎のコンポート。
バスケットには今朝から準備していた料理が並んでいる。
六色の星の守りを持つ全員が揃っていた。
セリナとフォルティナの髪には、お揃いの黒晶の髪飾りが
アリアの胸元には炎晶のブローチ
ミレイアの髪には潤晶の髪留め
フレイアの髪には瑠璃晶の髪留め
フィアの耳元には風晶のピアス
リーナの首元には土晶のペンダント
春の光を受けて、それぞれの色が静かに輝いていた。
「これ、静がアイテムボックスから出したばかりだから、まだひんやりしてて美味しい!」
フィアが声を弾ませる。
茶会の合間
「あ、資材もさっそく使ってみようか」
と静が銀板を庭のベンチの土台としてさらりと仮設置した。
その瞬間、周囲の風の音がふっと吸い込まれ、一帯が深い静寂と安らぎに包まれた。
「……不思議。ここ、すごく落ち着くわね」
アリアが深く息を吐く。
「……神気の流れが、一際澄んでいます」
セリナが目を閉じてそっと言った。
聖女として祈りの後のような清らかさがある神気を感じ取っていた。
フレイアとミレイアが顔を見合わせた。
二人のエルフの感性が、木々の呼吸が深まったことを静かに告げていた。
「……木が、喜んでいるわ」
ミレイアが穏やかに言う。
リーナはペンダントに触れながら、内心で解析を進めていた。
(……神気のスペクトルが安定している。幼体たちの影響……いいえ、六色の共鳴かしら。この庭の定義がまた少し書き換わっている)
口には出さない。
ただ、ペンダントをそっと握った。
◆◆◆
「次は星霞草を植えてみようか」
食事が一段落したところで、静が小さな苗を取り出した。
「どこに植えますか、静様?」
セリナが隣に来る。
「夕暮れに光るなら……あそこの東側の花壇が良さそうかな」
「じゃあ私も手伝う!」
フィアが飛び出してきた
「仕方ないわね」
とアリアも立ち上がり
「私も手伝うわよ」
とミレイアも続く
魔法銀の遮光布を広げて日差しを調整しながら、みんなで土を掘り、苗を置き、丁寧に土を被せていく。
マルがその横でとことこと歩きながら、前足で土をちょんちょんと叩いた。
「ぷぅ」
「マルも手伝ってくれてるんだね」
静が微笑むと、マルは得意げに「ぷぷぅー」と鳴いた。
泥に汚れた手を笑い合いながら拭き、全員で花壇を見渡す。
「……夏の夕暮れが楽しみですね」
セリナが静かに言った。
「うん。きっと綺麗だよ」
◆◆◆
花びらがゆっくりと舞い散る中、静とフォルティナが植えたばかりの星霞草の花壇の前に立っていた。
「……本当に綺麗ですね。こんな穏やかな場所が世界にあるなんて」
「みんなが来てくれたから、より綺麗に見えるんだと思います。……フォルティナさんも来てくれてありがとう」
静の言葉にフォルティナの頬がわずかに赤らむ。
その光景を少し離れた場所から見ていたセリナは、ふと、自分の髪飾りに触れた。
フォルティナと同じ、黒晶の髪飾り。
静がそれぞれに選んで、作ってくれた花
同じ色
同じ形
胸の奥がちりりと痛む
けれど、セリナはその小さな痛みを拒まなかった。
(この痛みも、静様が私を一人の女の子として見てくれたから生まれた気持ち。静様がくれた、大切な感情なんだ)
セリナはそっと、痛みを抱きしめるように微笑んだ。
独占したいという気持ちよりも、この六色の光が絶えずに揃う未来を願いたい。
「……来年も、またこうしてみんなで、お花見をしましょうね、静様」
「うん」
静が短く答えた。
その声はいつもと変わらない穏やかな声だった。
それでもセリナにはその一言で十分だった。
「にゃ」
とツキが静の肩の上で小さく鳴いた。
「ぷぅ?」
その時、花びらの中からマルが顔を出した。
「あっ、マル! 花びら食べちゃダメだよ!!」
フィアが叫びながら追いかける。
「ぷぷぅー!」
マルが逃げる。
花びらが舞い上がる。
「……なんで逃げるのよ」
とアリアが呆れ、リーナが口元を押さえて笑いを堪えていた。
舞い散る花びらの中、六色の光が春の日差しを受けて静かに輝いていた。
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