第六話 屋敷コアの新しいメニュー
屋敷の朝は、いつも通り穏やかな日差しと共に始まった。
朝食を終えセリナが淹れてくれた食後のお茶を楽しみながら、静はふと思いついて手元の虚空に指を滑らせた。
淡い光と共に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
「ん?増えてる」
静の呟きに食卓を囲んでいた全員の視線が集まった。
「何かありましたか、静様」
セリナが隣から画面を覗き込む。
「うん。……《転移機構・拡張》っていうメニューが追加されてるみたいなんだ」
静がその項目を指でなぞると、さらに小さな注釈がふわりと浮かんだ。
『条件:星の守りの所有者』
「『星の守り』……?」
アリアが不思議そうに復唱する。
静がその文字をじっと見つめていると、さらに詳しい説明が展開された。
「……ああ、なるほど。これ、みんなに渡した『結晶花のアクセサリー』のことみたいだね。これを持っている人を、僕と一緒に転移させられるようになったって」
静が視線を向けると、みんなの胸元や髪で『六色の結晶花』が朝の光を反射してキラリと輝いた。
これまでは近郊までしか全員で跳べなかったが、今後は静が訪れたことのある『街中の宿』などへも、直接みんなを連れて行けるようになったのだという。
「ええっ、それって凄くない!?」
フィアが身を乗り出した。
「だって、次からフォルツにも一瞬で行けるってことでしょ? 買い物し放題じゃん! 重い荷物を持って歩かなくていいし、帰りも楽ちんだし!」
「……フィア、最初の感想がそれなの?」
アリアが呆れたように溜息をつくが
「だって便利じゃない!」
とフィアは太陽のような笑顔で返した。
その傍らでリーナは自身の胸元にある土晶のペンダントをそっと握りしめていた。
彼女の頭脳は、その『メニュー追加』が持つ異常なまでの意味を瞬時に弾き出している。
(……街の結界や魔力干渉を無視して、多人数を街中に直接引き込むなんて……
本来なら国家級の術式でも不可能……
それを屋敷コアが、この『星の守り』との共鳴だけでやってのけたというの?)
屋敷の機能が静の無意識の願いと
それに応えた自分たちの絆を認識して進化した――
(……理論上、あり得るの? この屋敷は、一体……)
リーナは込み上げてくる驚愕を、静かな吐息と共に飲み込んだ。
隣では、静が「設定が増えてた」と、まるでアプリの更新でも確認するかのような気軽な様子で茶を啜っている。
「……ふふ」
不意に、リーナの口元が綻んだ。
どんな超常現象も、この屋敷では『便利になった』という日常の温度に塗り替えられてしまう。
「リーナ、どうしたの? 難しい顔して」
フィアに覗き込まれ、リーナはペンダントから手を離した。
「いいえ、なんでもないわ。フィアの言う通り、これでお買い物が捗りそうねって思っただけよ」
「でしょー! ねえ静、次はいつ街に行く?」
「そうだな……じゃあ、試しに一度やってみようか」
静が立ち上がった。
◆◆◆
庭に出ると、ツキやあかね達が一斉に集まってきた。
「きゅ?」
あかねが静の足元を見上げる。
何か始まる気配を察したのか、ハルがすでに静の肩の高さあたりを旋回し始めていた。
「ひゅん」
「みんなも来る?」
静が言うと、五匹がほぼ同時に鳴いた。
「にゃ!」「きゅ!」「くぅ!」「ひゅん!」「ぷぅ!」
「……全員参加ね」
アリアが苦笑する。
「じゃあ、フォルツの宿の近くに出てみようか。少しだけ」
静が軽く手を動かすと、一瞬の浮遊感。
次の瞬間、一行はフォルツの街並みの中にいた。
見慣れた石畳
馴染みの宿の外観
春の陽気の中、行き交う人々の声
「……本当に来た」
ミレイアが静かに呟いた。
「すごいわね。近郊に出てから歩いてたのが……一瞬だなんて」
アリアが驚き感心する。
セリナは無言で目を丸くしていた。
「やったー!!」
フィアがくるりと一回転して声を上げる。
「ぷぅ」
マルが石畳の上でごろりと転がり満足そうに鳴いた。
「くぅ」
ルゥが静の足元に鳴いて寄り添い
「きゅ?きゅ?」
あかねがきょろきょろと街並みを見回して鳴いている。
「ひゅん」
ハルが上空を一旋回して鳴き、風を確かめるように耳を動かした。
「……フィア、今日は試しに来ただけよ」
アリアが釘を刺す。
「分かってるって! でもせっかくだから、少し見ていかない?」
「……少しだけなら」
「やった!」
「にゃ」
ツキが静の肩の上から街並みを眺めて短く鳴いた。
静は少し笑いながらフォルツの春の空を見上げた。
(便利になって良かった。これならいつでもみんなで来られるなぁ)
それだけのことなのに、なんだか嬉しかった。
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