第三話 聖女の祈りと清冽なる潤晶
春の柔らかな日差しが屋敷を包んでいたある朝、縁側で茶を啜っていた静の手元で、連絡板が淡い光を放った。
【フォルティナ:フォルツの街で、寒暖差による魔力の乱れに季節性の流行病が広まっています。神官や薬師たちの手が足りていません。もし可能なら、セリナさんとミレイアさんに手伝っていただけないでしょうか】
「……流行病か」
静はすぐに連絡板を閉じ、キッチンで後片付けをしていた二人に声をかけ事情を話す.。
「もちろんです。すぐに向かいましょう」
セリナは力強く頷き
「私たちにできることなら、喜んで」
ミレイアも穏やかに微笑んだ。
アリア、リーナ、フィアの三人も同行を申し出た為、静はツキやあかね達も連れて街の近郊へと転移した。
街の広場に設けられた仮設治療所へ足を踏み入れれば、そこには春の空気とは対照的な、重苦しい停滞感が漂っていた。
◆◆◆
「申し訳ありません、すぐにお呼び立てしてしまって……」
治療所で陣頭指揮を執っていたフォルティナが一行を出迎えた。
彼女の額には薄っすらと汗が浮かんでいる。
「気にしないで。困った時はお互い様だから。……それで、状況は?」
静が尋ねると、フォルティナは奥の病床を指差した。
今回の病は、寒暖差による魔力の乱れに季節性の風邪が混じった
『魔素浸食熱』
体内を巡る魔力が変質し、内側から回路を焼き切るその病は、通常の薬草では太刀打ちできず、神官たちの法力でも進行を遅らせるのが精一杯だった。
「分かった。セリナ、ミレイア、お願いできる?」
「はい」「ええ」
二人は迷わず頷き、それぞれの区画へと向かった。
治療所の中では、白衣を着た神官たちが慌ただしく走り回っていた。
セリナはすぐに袖をまくり、最も人手の足りていない一角へと向かった。
手際よく患者たちの容体を確認し、次々と回復魔法を施していく。
「――痛むところはありますか? 大丈夫、すぐに楽になりますよ」
セリナが手をかざすと、柔らかな光が患者を包み込んだ。
そんな中、治療所の奥にある重傷者が収容されている一角では
沈痛な面持ちで床に伏した少女の母親へ伝えていた。
「……残念ですが、この子の回路はもう、形を留めていません。我々の力では……」
老神官の力ない言葉に母親が泣き崩れる。
そこへ、凛とした声が割って入った。
「――大丈夫ですよ。まだ、間に合います」
セリナが少女の傍らに膝をつき、祈るように両手を重ねて胸元にかざした。
「無駄だ、お嬢さん。魔力の奔流が逆流しているんだ。触れればあなたまで――」
制止の声が届くより早く、セリナの手のひらから清冽な透き通るような光が溢れ出した。
セリナの髪で揺れる黒晶の髪飾りが、その光を静かに反射する。
セリナの光が染み込んでいくと、狂っていた魔力の奔流が
穏やかな小川のように静まり整っていく。
数秒後、少女の顔から斑点が消え、穏やかな寝息へと変わった。
「馬鹿な……回路の崩壊を魔法一つで繋ぎ直したというのか!? あなた、いったい……?」
「いえ、私はただの治療師です。静様の専属として、少しお手伝いに伺っただけですから」
セリナは立ち上がり、控えめに微笑んだ。
「神官様たちが今までこの子を繋ぎ止めてくださっていたから、私の魔法が間に合ったんですよ。ありがとうございます」
そう言い、次の患者の治療へと向かった。
◆◆◆
ミレイアもまた、重症者の多い区画で静かに治療を続けていた。
彼女の手が触れるたび、患者の顔から土気色が消え、澄んだ血色が戻っていく。
先ほどの老神官が、往診の手を止めて思わず呟いた。
「……信じられん。これだけの数をこなせば魔力に淀みが出るはずが、彼女の魔力には一滴の濁りもない……まるで清流そのものを注ぎ込んでいるようだ」
彼女の髪を留める青い潤晶が、清流のような輝きを放っている。
ミレイア自身は、そんな感嘆には気づいていない。
(……なんだか、今日は体が軽いわ。
静さんがくれたこの髪留め、もしかして幸運のお守りなのかしら)
そんなことを考えながら、ミレイアは疲れを見せずに次々と治療を行っていった。
ふと、別の区画からセリナの静かな祈りの声が聞こえた。
二人の視線がほんの一瞬だけ合う。
セリナが小さく頷く。
ミレイアが柔らかく微笑む。
それだけで十分だった。
◆◆◆
治療所の外では、アリアたちが二次被害の対応に動いていた。
「私たちはこっちを見るわ。静は中をお願い」
アリアが騎士らしい威風で群衆を自然に誘導し、リーナとフィアがパニックで怪我をした人々の応急処置に走り回った。
「フィア、そっちの包帯持ってきて!」
「はーい!」
その足元では、ツキやあかね、ハル、ルゥ、マルの五匹が、不安げな子供たちの間を歩き回っていた。
「わあ……ふわふわだ……」
あかねが子供の膝に飛び乗り「きゅ」と鳴く。
ルゥが小さな手に頭を押しつける。
ハルが風のように子供たちの周りをゆっくり旋回する。
マルが「ぷぅ」と鳴いて、泣いていた子供の頬にそっと鼻先を寄せた。
「なんだか、この子たちが近くにいると、急に元気が湧いてくる気がするな」
子供たちが笑顔を取り戻していく。
それが五匹の放つ微弱な神気による浄化効果だとは誰も気づかず
人々は「なんて可愛い癒やし係なんだ」と心を弾ませるのだった。
◆◆◆
その日の夕暮れ
治療活動を終え、宿屋の一室でようやく腰を下ろした一行は、セリナが淹れたお茶で一息ついていた。
「ふぅー! 今日も一日、お疲れ様!
……ねえセリナ、さっき街を通った時、凄かったわよ?
『光り輝く手を持つ聖女様が現れた』って、もう噂になってたよ」
フィアが面白そうに報告すると、セリナは困ったように眉を下げた。
「えっ、そんな……。大げさですよ。私はただ、目の前の方を診ただけですから」
「……セリナったら、自分も相当な規格外だってこと、本当に無自覚なのね」
アリアが溜息混じりに笑う。
「あんな風に、呪いに近い疫病を一瞬で消し去るなんて、普通の治療師には逆立ちしても無理よ。神官さんたち、魂が抜けたみたいにポカーンとしてたわよ」
とミレイアも笑う。
「そうそう。私、あの顔を静にも見せたかったなぁ!」
フィアも笑いながら、セリナの肩に寄り添った。
「私はただの治療師ですから。……それより、ツキたちにおやつをあげないと。今日は子供たちの相手を、とても頑張ってくれましたからね」
「あはは、結局そうなるのね」
アリアが笑い、足元で「おやつ!」と催促するあかねを撫でる。
そこへ扉を開けてフォルティナが入ってきた。
少し疲れた顔をしていたが、一行の様子を見てほっと表情を緩めた。
「今日は本当にありがとうございました。皆さんのおかげで、峠を越えられそうです」
「お互い様だよ」
静が短く答えた。
フォルティナは静かに頷き、それからセリナへ視線を向けた。
「セリナさん……今日のこと、街の人たちがとても感謝していました」
「……もったいないお言葉です」
セリナが少し頬を染めながら答えた。
部屋には穏やかな空気が流れていた。
彼女たちの知らないところでは
下町の人々が語り始めた「聖女見習いの頃の話」と今日の「奇跡」が結びつき
少しずつ、けれど確実に心優しい聖女という噂が形作られようとしていた。
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物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
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