第二話 春の支度と豊かな食卓
空白地帯の屋敷にも、穏やかな春の気配が訪れていた
まだ少し空気の冷たい早朝、静は縁側に腰を下ろし、スキルの『再購入』で取り寄せた色とりどりの種の袋を並べていた。
「よし、今回は春キャベツにスナップエンドウ……それからイチゴも多めに植えてみようか」
静が呟くと隣で優雅に座っていたツキが「にゃ」と短く鳴いた。
その声はまるで庭でソワソワしているあかねたちへの開始の合図のようだった。
足元では、マルの短い鼻が種の袋を熱心にくんくんと嗅いでいる。
「はは、やる気満々だね、マル。でもまだ植える前だよ」
「ぷぷぅー!」
マルは誇らしげに鼻を鳴らした。
この屋敷に来たのは一番最後だが、土に関することなら誰にも負けないという自負があるのかもしれない。
静が畑へ向かうと、待ってましたとばかりにその後ろをトテトテとついてきた。
◆◆◆
静が丁寧に土を耕し、指先で作ったくぼみに種を落としていく。
その横でマルが「遊び」のような「仕事」を開始した。
マルは短い足を一生懸命に動かし、植えられたばかりの畝の周りを楽しそうにぐるぐると歩き回り始めた。
マルが歩くたびに不思議と土がふかふかと柔らかく、生命力に満ちていく。
すると、縁側で見守っていたツキが「にゃ!」と一声。
それをきっかけに、あかねたちが一列になってマルの後ろに続いた。
「きゅ!」
まずはあかねだ。
マルの歩調を真似て一生懸命に歩く彼女の足元からは、陽だまりのような柔らかな熱が土に伝わり、地面を優しく温めていく。
「くぅ」
続くルゥは、あかねの尻尾を追いかけるようにして
前足で土の表面を、ぱんぱんとリズムよく叩いていく。
彼女が触れる場所には、不思議としっとりとした潤いが与えられ、種にとって理想的な水分バランスが整えられていく。
「ひゅん!」
最後尾のハルは三匹の頭上を軽やかに旋回しながら、小さな翼で穏やかな風を送る。
空気を循環させ冷え込みを払いながら、新鮮な息吹を土の奥まで送り届けていた。
「……なんだか、可愛いパレードが始まったな」
静は作業の手を止め、一列になって畑を巡る四匹の様子を眺めて目を細めた。
先頭を行くマルは、みんなが自分の後ろをついてくるのが嬉しいのか、いつもよりお尻を振って得意げに歩いている。
少し離れた縁側ではセリナがその光景を見て静かに微笑んでいた。
本人たちはただの真似っこ遊びのつもりかもしれないが、その連携はどんな農具よりも完璧に大地の力を引き出しているように見えた。
◆◆◆
それからわずか数日後のことだ。
神気の濃いこの地と、マルたちの「お手伝い」が合わさった結果、屋敷の食卓には驚くほど早く春の味覚が並んだ。
「わあ……! 静、これ全部今日採れたの?」
フィアが身を乗り出して、テーブルの上の料理を凝視する。
そこには柔らかい春キャベツと自家製ベーコンの蒸し煮
ぷりっと弾けるような緑のスナップエンドウのバターソテー
そして真っ赤に熟したイチゴが山盛りになっていた。
「ああ、マルたちが頑張ってくれたからね。さあ、食べようか」
「いただきます!」
フィアが真っ先にスナップエンドウを口に放り込み
「んんー! 甘い! ハル、これ食べてみて! はい、あ~ん」
とはしゃぎながら、隣を飛ぶハルにスナップエンドウを差し出した。
「ひゅん!」
とハルは嬉しそうに応えて、フィアの手から軽やかにそれを受け取った。
その横ではアリアが静かに、けれど熱心にキャベツを一口運んでいた。
「……驚いたわ。この春キャベツ、葉の巻きが柔らかいのに、芯の近くまで糖度が高い。蒸し煮にすることでキャベツの旨味が凝縮されて、ベーコンの塩気……。これは、いくらでも食べられそうね」
その足元では、あかねが「自分も食べたい」と言いたげな瞳でアリアを見上げていた。
「……貴女も、これが気になるの?」
アリアは少し照れたように呟き、フォークで小さく分けたキャベツをさりげなくあかねに差し出した。
「きゅ!」
とあかねは満足そうに鳴いてそれを食んだ。
セリナもふんわりと微笑みながら、完熟したイチゴを一粒手に取った。
「本当に美味しいですね。静様の作るお野菜を食べると、不思議と心まで洗われるような気がします。……ツキ、あなたも食べる?」
「にゃーん」
セリナが丁寧にヘタを取り、差し出したイチゴを、ツキは満足そうに受け取った。
ミレイアは宝石のように輝くイチゴをそっと手に取った。
「このイチゴ、香りがとても強いわね。まるで春の精霊をそのまま閉じ込めたみたい……。ルゥ、あなたも少し食べてみる?」
「くぅ」
ルゥがミレイアの膝の上で、嬉しそうにイチゴの先端を食んだ。
そんな賑やかな会話の中、リーナが手際よく自分の皿の分を平らげると、大皿に残っていた最後のイチゴにスッと手を伸ばした。
「……リーナ、それ僕の分だと思ってたんだけど」
静が苦笑しながら指摘すると、リーナは一瞬だけ指を止め、平然と言い放った。
「……第一功労者には、相応の報酬が必要だわ」
リーナはそう言って、手にしたイチゴを足元のマルに差し出した。
マルは驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうにイチゴを「はむっ」と頬張る。
完熟の甘みが口いっぱいに広がったのか
「ぷぷぅー!」
とマルは静の方を向いて誇らしげに鳴いた。
(……みんな、喜んでくれてるな)
静は笑いながらマルの頭を優しく撫でる。
「はは、分かってるよ。一番の功労者さん。ありがとうね」
マルはさらに嬉しそうに胸を張った。
窓の外では春の風が瑠璃色の庭を優しく撫でている。
新しい季節の始まりは、お腹も心も満たされる
屋敷らしい穏やかな朝だった。
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