第八話 星を編む、黒晶の贈り物
瑠璃星草が庭を埋め尽くしたある日の午後、リーナが庭の一角で足を止めた。
「……静、ちょっとこれを見て」
静がしゃがみ込むリーナの隣へ行くと、そこには周囲の透き通るような花々とは明らかに異なる、異彩を放つ二輪の花があった。
「これ……瑠璃星草、だよね?」
「形はそうね。でも、質が全く別物だわ」
リーナが指先で軽く弾くと、花弁はチリンと涼やかな硬質な音を立てた。
宵闇をそのまま閉じ込めたような、深く透き通った黒水晶。
屋敷の神気を吸い上げすぎて、植物が結晶体に変化したものだった。
「枯れることも朽ちることもない、不変の命を持った花よ。
……静、これだけは摘んでおいた方がいいわ」
静は少し驚きながらも、その美しい黒い花を二輪、丁寧に摘み取った。
芝生の上ではマルがごろんと転がって
「ぷぷぅー!」
と誇らしげに鳴く。
その声に気づいたフィアが庭へ顔を出し、二輪の黒い花を見て目を丸くする。
「うわ、なにこれ。めちゃくちゃ綺麗……!」
「黒水晶になった瑠璃星草よ」
「マルがやったの?」
「たぶん」
リーナが短く答えると
「ぷぅ」とマルが鳴いて再び胸を張った。
「せっかく枯れないなら……
何かアクセサリーにしてずっと持っていられるものにしてみたいな」
静はそう言いながら、かつての趣味だった銀細工を思い出し
スキルの再購入で道具と質の良い銀材を揃え、縁側に道具を並べる。
「静、銀細工できるの?」
フィアが興味津々で覗き込んできた。
「昔の趣味でね」
「見ててもいい?」
「どうぞ」
静が銀を打ち始めると、フィアはしゃがみ込んでじっと手元を見つめた。
細かな装飾を施す静の指先は迷いなく、慣れた手つきで花の形を整えていく。
少し離れた場所では、アリアが腕を組んで縁側の柱に背を預けていた。
作業の邪魔をするでもなく、ただ静かに見守っている。
「……静かって、器用なのね」
独り言のような、小さな呟き。
「趣味だったから」
と静は手を止めずに短く返した。
やがて、世界に二つだけしか存在しない髪飾りが完成した。
黒水晶のような花を主役にした、繊細な銀の細工。
「すごい……」
とフィアが素直に声を上げ
アリアも無言のまま少しだけ目を細めた。
◆◆◆
「セリナ、いつも屋敷のことを手伝ってくれてありがとう。お守り代わりだよ」
「……私に、ですか?」
静の手によって、セリナの金紗のような金髪に黒水晶の花が添えられた。
鏡を見たセリナは、あまりの美しさに息を呑んだ。
金色の髪の上で夜の静寂を思わせる黒い花が
可憐な彼女に高貴な彩りを添えていた。
その場にいたミレイアが静かに目を細めた。
セリナの小さな心の揺らぎに最初に気づいた人として
今この瞬間のセリナの表情をミレイアは誰より丁寧に見ていた。
(……良かったね)
声にしない。
ただ、そっと微笑んだ。
静の肩に乗っていたツキがセリナをじっと見た。
何かを確かめるような静かな目で。
それからゆっくりと目を細めて
「にゃ」と短く鳴いた。
◆◆◆
その日の昼過ぎ、静は連絡板でフォルティナにメッセージを送る。
指先でなぞった線が淡く定着し、文字になる。
【静:瑠璃星草がとても綺麗に咲いているので、今夜見に来ませんか?
いつもの宿まで迎えに行きますよ】
ほどなくして、嬉しそうな返信が届いた。
夜
フォルツの上級宿屋の一室
静がフォルティナとフレイアの肩にそっと手を置くと
次の瞬間、二人の視界から見慣れた部屋が消えた。
「――え?」
一瞬にして、二人は瑠璃色の光の海に立ち尽くしていた。
「何度経験しても、静さんの距離感だけは慣れませんね……」
フォルティナは苦笑いしながらも、目の前の景色に言葉を失った。
庭一面を埋め尽くす瑠璃色の灯火
月光を吸い込んだ花々が幻想的な青い光を放っている。
「……美しいわね。
エルフの隠れ里でも、これほどまでに清浄な光は見たことがないわ」
フレイアも深く嘆息した。
その時、夕日色の小さな影が二人を見つけて駆けてきた。
あかねだ。
フォルティナのドレスの裾に体をすり寄せ
「きゅ」と嬉しそうに鳴く。
「あかね、久しぶりね」
フォルティナが自然にしゃがみ込んで頭を撫でると
「きゅきゅ」
あかねは目を細めて続けて鳴いた。
「あかね、ちゃんと覚えてたんだ」
フィアが笑う。
続いて、マルがとことことフォルティナに近づいてきて……
鼻先でドレスの裾をつついた。
「あなたがマルさんですか? ふふ、本当に可愛らしい」
フォルティナが優しく撫でると、マルは満足そうに「ぷぷぅ……」と鳴いた。
上空からハルが降りてきて風を運ぶ。
「ひゅん」
フォルティナが顔を上げると、庭の全景が目に入った。
瑠璃色の灯火と、その中に立つ静たちの姿。
「本当に……素敵な場所ですね」
「喜んでもらえてよかった」
静が嬉しそうに笑った。
◆◆◆
「フォルティナさん。これは、王都まで行ってくれたお礼です」
静が差し出したのは、セリナのものとお揃いの髪飾りだった。
「フォルティナさんにも、この星を一つ」
「静さん……ありがとうございます。大切にいたしますね」
静の手でフォルティナの薄紫色の髪に黒水晶の花が飾られた。
胸の鼓動が、静さんに聞こえてしまいそう。
フォルティナは気恥ずかしさに頬を染めながらも
こみ上げる喜びをそっと噛み締めた。
「あら、ティナ。本当によく似合うじゃない」
フレイアが微笑み、隣に立つセリナにも視線を向けた。
「セリナさんも、お揃いでよく似合っているわ」
それから、フレイアは少しだけ声を柔らかくした。
「同じ黒い花……静さんにとって
セリナさんもティナも、同じように大切で守りたい存在なのね」
フレイアの確信に満ちた言葉が、静かに夜の庭へ溶けていった。
セリナは髪飾りにそっと触れた。
(フォルティナさんも、静様のことが……)
(あんなに凛として素敵な方が静様の隣にいるなら、きっとお似合いですよね……)
(……でも、私も静様のそばにいたいと思ってしまうのは、わがままでしょうか)
一方のフォルティナも、視線の端でセリナを見ていた。
(セリナさんも、やっぱり……)
(いつも静さんのそばで支えている彼女こそ、相応しいのかもしれない……)
(……けれど、私もこの手を離したくないと思ってしまう)
二人は顔を見合わせ、少し照れたように微笑み合った。
嫉妬ではない
同じ人を大切に想う者同士の静かな連帯感
そこへ、ルゥがとことこと歩いてきて、フォルティナの膝元にそっと寄り添った。
「くぅ」
フォルティナが少し驚いて、それから静かに笑った。
胸の奥の、ざわめきのようなものが、すっと落ち着いていく。
「……ありがとう」
小さく呟くと、ルゥはそのまま動かずにいた。
ミレイアがそれを見て、フィアに小声で言った。
「ルゥって、なんでああいうタイミングが分かるのかしらね」
「……動物の勘じゃない?」
フィアが首を傾げ
「そうね」
とミレイアは微笑んだ。
少し離れた場所でアリアがその光景を静かに眺めていた。
二人の女性の髪に揺れる黒い星
灯火に照らされた、穏やかな夜の庭
「……良かったね」
誰にも聞こえないような、小さな声だった。
◆◆◆
瑠璃色の灯火に囲まれた、穏やかな夜の茶会
静が淹れたお茶を手に、リーナはこっそりと二人の髪飾りを解析していた。
(……驚いたわ。この花、ただの飾りじゃない)
リーナの目には、二人を包み込む柔らかな防護の膜が見えていた。
毒を退け、病を遠ざける圧倒的な『健やかさ』の加護
(なんてものを、さらっと渡しちゃうのかしら、この人は
……でも、二人を思う静らしい『お裾分け』ね)
リーナはそれを口にすることなく、ハーブティーを啜った。
茶会の輪の中では、フィアがあかねを膝に乗せてなでなでしながら
「あかね、今日フォルティナさんにすぐ懐いたよね」
と話しかけると
「きゅ」
あかねが短く答えると
「やっぱりね」
とフィアが笑った。
ルゥはまだフォルティナの膝元で丸くなっていて
フォルティナはそれを撫でながら静やフレイアと穏やかに話している。
ツキは静の肩の上から、庭全体をゆっくりと見渡していた。
その目は、どこか満足そうだった。
「にゃ」
短く一声
「どうした?」
と静が振り返ると、ツキはそのまま目を細めて動かなかった。
夜風に揺れる瑠璃色の花々と、二人の女性の髪で輝く黒い星。
静はそれを見て、喜んでもらえてよかった
とただ純粋な満足感の中で微笑んでいた。
その屋敷の夜は、どこまでも優しく、健やかに更けていった。
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物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
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