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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十一章 響き合う灯火と星を編む六色の絆

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第六話 夕星に灯る、まだ名のない想い

夜露の残る庭に、朝の光が静かに差し込んでいた。

静は庭の一角にしゃがみ込み、小さく息を吐く。


「……芽、出てるな」


土から顔を出しているのは、瑞々しい二つの双葉。

フォルティナから贈られた瑠璃星草の種。

数日前、ツキが案内するように歩き出した場所に

静が丁寧に植えたばかりだった。


「――早くないですか?」


後ろから覗き込んだセリナが、驚きに目を丸くして声を上げる。

ミレイアもその隣にしゃがみ込み、柔らかな土の様子を観察した。


「そうよね。普通なら、もう少し時間がかかるはずだけれど……」


ミレイアはそう言いながら、庭をゆっくりと見渡した。

空白地帯の豊かな魔力、そして観測の女神の加護。

この屋敷の庭はそれだけでも作物が安定して育つ特別な場所だ。


理由はそれだけではない。

芝生の上で、一匹の小さな生き物が満足そうに転がっていた。


「ぷぅ」

マルだ。


「きっと、マルも手伝ってくれたのね」

ミレイアが微笑むと、静も「マル、ありがとう」と

その丸い背中を優しく撫でた。


マルは嬉しそうに目を細め、「ぷぷぅー」と甘えた声を漏らして

静の指先に鼻先を寄せた。


その横でツキが双葉を覗き込む。

「にゃ」


ルゥも寄ってきて、長い耳を揺らした。「くぅ」


あかねが首を傾げ、「きゅ?」と鳴けば、上空ではハルがゆっくりと旋回し風を切る。「ひゅん」


少し離れた場所では、アリアが腕を組みながら双葉を眺めていた。

「……植えたのは昨日だったわよね?」


リーナがその隣でしゃがみ込み、土の表面に指先をそっと近づける。

「魔力の流れが、根に向かって集まってる。

 この庭の純化が、また少し進んでいるみたいね」


「ぜんぶ、マルのおかげ?」

フィアがマルの頭をそっと撫でると

マルは頬袋をぱんぱんに膨らませたまま「ぷぅ」と鳴いた。


静は少し笑った。

「なんか、みんなに見守られてる感じだな」


セリナも隣で深く頷く。

「きっと、みんな新しい仲間が嬉しいんですね」


小さな芽は朝の光を一身に浴びて、静かに揺れていた。


◆◆◆


それから数日


瑠璃星草の成長は驚くほど早かった。

双葉は伸び、細い茎が立ち、やがて小さな蕾をつける。

夕方の庭で静はその様子を慈しむように見つめていた。


「思ったより、ずっと早いな」


隣に立ったセリナが、ふと静の横顔を盗み見る。

ほんの少し、以前より距離が近い。

本人は無自覚だったが、風が吹くたびに静が使っている石鹸の

清潔でわずかに甘い香りが届く。


(……あ)


静がふと顔を上げた。

中性的な、どこか透明感のある整った顔に穏やかな笑みが浮かび

セリナと視線がぶつかる。


「どうかした? セリナ」


「い、いえ。……静様の髪に、少しだけ土がついていたので」

咄嗟に出た言葉に、自分でも驚く。


セリナは震える指先を伸ばし、彼のポニーテールの先にそっと触れた。

ほんの一瞬の接触。けれど、そこから伝わる静の体温が

自分の顔を夕日よりも赤く染めていくような気がした。


少し離れた場所では、アリアがそっと視線を外した。

リーナが小声でアリアに耳打ちする。


「……見てた?」

「見てないわ」

「嘘ね」


アリアは何も言わなかった。

ただ、口元が少しだけ動いた。


フィアは二人のやり取りを横目で見ながら、耳をぴくりと立てた。

何かを言いかけてミレイアに袖をそっと引かれる。


「……今は、ね」


フィアは小さく頷き、口を閉じた。

ミレイアはその様子をそっと見守っていた。


視線を足元に向ければ、マルが土の上をトコトコと歩き

前足で地面をちょん、と叩いている。


「ぷぅ」


すると、土が魔力にあてられたかのように柔らかく解けた。


ミレイアは小さく目を細める。

「……不思議ね」


◆◆◆


その日の夕暮れ

西の空が橙色から深い紫へと染まり始めた頃だった。


微かな、涼やかな音がした。

まるで小さな水晶が重なり合ったような

耳を澄まさなければ消えてしまうほどの音


「……咲きました」

セリナの声が小さく漏れる。


蕾がそっと解け、瑠璃星草の花弁が姿を現した。

それは王都で見かけるものとは、明らかに違っていた。


花弁は極限まで薄く、まるで水晶のように透き通っている。

夕日がその透明な花弁を通り抜けると、花全体が淡い瑠璃色の光を帯びた。


静は驚いたように、瞬きも忘れて花を見つめる。


「……こんなに光る花だったのかな?」


ミレイアも目を見開いていた。

「いいえ、王都のものはもっと普通の花弁よ。

 ……この場所の神気が、この子を本来の姿へ変えてしまったのかもしれないわ」


フィアが花に顔を近づけ「うわあ」と素直に声を上げた。

「綺麗……。なんか、触ったら消えちゃいそう」


リーナが静かに腕を組む。

「魔力の純化と神気の密度。

 ……この庭でしか咲かない花になったのかもしれないわね」


アリアは少し離れた場所から、庭全体を見渡した。

「……良い場所ね、ここは」


それだけ言って、口を閉じる。

だが、その声には確かな温かさがあった。


夜の帳が下りると、花はさらに神秘的な変化を見せた。

月光を吸い込んだ花弁が、内側から淡く発光し始めたのだ。


強い光ではない

闇の中で確かにそこにある、小さな灯火


「……綺麗。まるでお庭に星が降ってきたみたいです」

セリナは息を呑んだ。


静も小さく頷く。

「うん。本当に星みたいだ」


◆◆◆


静は屋敷に戻り、連絡板を取り出した。

指先に魔力を込め、板をなぞる。

指で描いた線が淡く定着し、柔らかな文字になる。


【静:瑠璃星草が咲きました。とても綺麗な花ですね】


最後に軽く表面を押さえて、送信を終える。

静はそのまま板を持って庭に戻った。


返事が来るまでの間、花をもう一度眺めたかった。


月光の中で揺れる瑠璃色の灯り

フォルティナがわざわざ王都から持ち帰ってくれた種が

こんな花になるとは思っていなかった。


(喜んでくれるといいけど)


そう思いながら、静は板が光るのを静かに待った。


◆◆◆


一方、フォルツの街

フォルティナは静かに連絡板を見つめていた。

指先をそっと添え、文字をなぞり始める。


【フォルティナ:それは良かったです。瑠璃星草の花言葉は――】


そこまで書いて、彼女は一度指を止めた。

続きの言葉はすでに胸の中にある。

しかし、それを文字にすることを指先がためらった。


淡く光る文字を、彼女は静かに払って消す。


【フォルティナ:――『遠くを想う灯り』と言われています】


書き換えた文字を見つめ、彼女は小さく微笑んだ。


(それは……今はまだ、胸の奥にしまっておくべき言葉ですね)


送信を終えて板をそっと閉じる。

窓の外ではフォルツの夜が静かに広がっていた。


領主館の灯りが、夜の闇にぽつりと揺れている。


遠く離れた場所で同じ夜の空の下

きっとあの庭にも星のような花が揺れているのだろう。


フォルティナはしばらく、窓の外を眺めていた。


◆◆◆


庭では瑠璃色の灯りが夜風に揺れていた。

ミレイアはセリナの隣に立ち、そっと声をかける。


「綺麗な花ね」

「はい……とても」


ミレイアはセリナの肩に優しく手を置いた。


「花言葉もね、素敵なのよ。『遠くを想う灯り』って」


セリナは少しだけ目を瞬かせた。

「……遠くを、想う」

「そう」


ミレイアは声をさらに柔らかくした。

「でもね、セリナ。遠くだけじゃなくていい。

 すぐそばにある気持ちも、同じくらい大切よ」


「……すぐそば」


「胸に灯った気持ちは、大切にしていいの。たとえ、まだ名前が分からなくてもね」


セリナは少し頬を染め、静の背中を見つめながら、小さく答えた。


「……はい」


◆◆◆


その夜

白の庭園では女神たちが地上に咲いた星を見上げていた。


フレアリアが楽しそうに笑う

「ふふ、本当に咲いちゃった」


ミラシアが頷く

「ええ。あの庭の土は、神々の庭に近いものになっていますから」


ウィスティアはくすりと笑い、ルートミアは静かに目を伏せた

「……芽は、育つ。光を、纏って」


観測の女神ルーナフィリスは一人の少女――まだ名のない想いを抱く聖女の姿を

ただ慈しむように見つめていた。


「……セリナ。その灯りを……大切にしなさい」


◆◆◆


夜の庭

瑠璃星草の灯りのそばで、セリナは静の近くに立っていた。


ほんの少しだけ

昨日より、確実に近く


胸に灯る想いはまだ名前を持たない。

けれどそれは

確かに今、地上の星のように輝き始めていた。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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