閑話 やさしい灯りのその先で
夜の空気は、凛として静かだった。
空白地帯にある屋敷の礼拝堂。
小さな祭壇の前で、セリナはいつものように祈りを捧げていた。
蝋燭の炎がゆらゆらと揺れ、淡い光が壁を柔らかく照らしている。
ここはセリナにとって、心を整える大切な場所だ。
静と出会い、この屋敷で穏やかな日々を過ごすようになってからも
彼女の祈りは変わらずここにある。
けれど——今夜は少しだけいつもと違っていた。
祈りの言葉を紡いでいても、ふとした瞬間に
昼間の光景が胸の奥に浮かんでくる。
フォルツの宿で再会した、静とフォルティナ。
二人はとても自然に言葉を交わしていた。
領主と隣人
けれどそれ以上に、深い信頼を寄せ合う者同士の温かな空気。
それを見ていた時、胸の奥がほんの少しだけ
ちりり、と
小さく、疼いた。
「……」
セリナは祈りを止め、ゆっくりと目を開いた。
祭壇の女神像を見つめながら、指先を胸元に添える。
「……どうして、落ち着かないのでしょう」
小さく呟く。嫌な気持ちではない。苦しいわけでもない。
けれど喉の奥に小さな小石が引っかかったような
言葉にならない『もやっと』が、胸の奥に残っている。
「……よく、分からないです」
セリナは小さく息を吐き、再び静かに目を閉じた。
◆◆◆
その様子を遠く離れた場所から見つめる視線があった。
――白の庭園
夜空よりも澄んだ白銀の庭で、五柱の女神が円卓を囲んでいる。
最初に口を開いたのはフレアリアだった。
「ふふ、やっと芽が出てきたね。楽しみかな」
楽しそうな声にミラシアが柔らかく微笑みながらお茶を注ぐ。
「ええ。まだ、本当に小さな芽だけどね」
ウィスティアは軽やかに肩をすくめた。
「でも可愛いじゃない。本人は全然気づいてないみたいだけど」
その時、少し離れた場所で地上を見つめていた土属性神ルートミアが
静かに口を開いた。
「……触れるな」
短い言葉に女神たちの視線が集まる。
ルートミアは琥珀色の瞳を動かさないまま、続ける。
「芽は……自分で育つ。土を掘り返せば……枯れるだけ」
「はいはい、ルートミアは慎重ね」
フレアリアが笑うと、ルートミアは静かに目を伏せた。
その輪から少し離れた場所
観測の女神ルーナフィリスは礼拝堂で祈るセリナを静かに見守っていた。
「……セリナ。その灯りを……大切にしなさい」
夜風に溶けるような静かな声
それは神託というにはあまりに私的な
一人の少女への慈しみに満ちた言葉だった。
◆◆◆
翌朝
屋敷の庭には柔らかな陽光が降り注いでいた。
静は芝生の上にしゃがみ込み、手のひらに小さな袋の中身を広げている。
フォルティナからもらった『瑠璃星草の種』
水晶のように透き通った粒が、朝の光を受けて青くきらめいた。
「さて……どこに植えるのがいいかな」
静が呟くと、一番に反応したのはツキだった。
「にゃ」
黒い小さな体がぴょんと跳ねて種を覗き込む。
その隣にルゥが寄ってくる。
「くぅ」
さらにその後ろから、あかねが顔を出した。
「きゅ」
上空ではハルが小さく旋回し
「ひゅん」
芝生の上ではマルが満足そうにごろりと転がっていた。
「ぷぅ」
「みんな興味ある? 夕暮れに星みたいな花が咲くらしいよ。
だから夕日がよく見える場所がいいかな」
「にゃにゃ」
ツキが案内するように歩き出す。静は笑って、その後ろについていった。
その光景をセリナは少し離れた場所から見ている。
静はいつも通りだ。
穏やかで、優しくて、誰とでも自然に笑い合える。
それを見ていると、昨夜の『もやっと』が
不思議と温かなものに変わっていくのを感じた。
「ミレイアさん……少しだけ、いいですか?」
台所で後片付けをしていたミレイアの隣にセリナは立った。
「どうしたの? セリナ」
ミレイアは優しく首を傾げる。
「今日、静様が……他の方と楽しそうにお話しされているのを見て、少しだけ落ち着かなくなったんです。これは、どういう気持ちなのでしょうか?」
ミレイアは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに全てを察したように
慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「そう」
それ以上、理由も答えも口にしない。
ただ、セリナの肩にそっと手を置く。
「それはね、セリナ。あなたが静さんを心から大切に想っている証。
とても、素敵な気持ちよ」
「……素敵な……気持ち」
セリナはその言葉を大切に胸に仕舞い込んだ。
◆◆◆
夜
庭には月光が静かに降りていた。
静は芝生の上で幼体たちと遊んでいる。
「ほらハル、高い高い」
「ひゅん!」
空を舞うハル。その下で、マルが甘えるように鳴く。
「ぷぷぅー」
ツキは静の肩に乗り、ルゥとあかねがその周りを跳ね回る。
賑やかで、けれどどこか静謐な、この屋敷だけの日常。
セリナはその光景をテラスから静かに見守っていた。
胸の奥に灯った、まだ名前のない光。
恋と呼ぶにはまだ幼く、けれど何よりも得難い、小さな芽。
「……静様のそばに……ずっといられたら」
小さく、独り言のように呟く。
夜空には無数の星が瞬き、まだ土に植えられていない瑠璃星草の種が
静の机の上で月光を反射していた。
それはまるで、これから芽吹く二人の未来を
静かに予感させているようだった。
イメージソングを作成してみました。
もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。
物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
https://suno.com/@10monoshin8
カクコムでも先行掲載しています。
もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578




