↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十一章 響き合う灯火と星を編む六色の絆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
113/290

第四話 遠くを結ぶやさしい灯り

王城での報告を終えた頃には、王都の空は琥珀色から深い群青へと

溶け始めていた。

夕暮れの風が城門の外へ抜け、石畳の上に散らばった花びらをゆっくりと運んでいく。

昼間の喧騒が嘘のように引いて、家路につく人々の足音だけが心地よく響いていた。


フォルティナは馬車の窓から遠ざかる王城を眺め、ようやく肺の奥にある空気をすべて吐き出した。

どれほど息を詰めていたのか、自分でも気づいていなかった。


「……終わりましたね」


小さく呟く

その言葉には、報告を終えた安堵だけでなく

もっと深いところにあるものが滲んでいた。


「随分とほっとした顔をしてるわね、ティナ」

向かいに座るフレイアが、悪戯っぽく口角を上げた。


「……当然でしょう。陛下への報告という大役だったのですから」


「それだけかしら?」


フレイアは窓枠に頬杖をつき、わざとらしく視線を泳がせる。


「『あの人』の話をした時、随分と声が柔らかくなってた気がするけれど」

「なっ……そんなことは……」

「隠すのが下手ねぇ」


フレイアはくすくすと笑い、それ以上は追及しなかった。

ただ、少しだけ真顔に近い声で付け加える。


「安心しなさい。野暮なことは言いふらさないわよ」


フォルティナは赤くなった耳を隠すように窓の外へ顔を向けた。

王都の夕暮れが、街並みを柔らかく染めている。

行き交う人々の顔も、帰路の安堵に満ちていた。


フォルティナの胸にあるのは羞恥だけではなかった。

重圧ではなく、静かな信頼の温もり。

謁見の間で静の名を口にした時、自分の言葉がどこまでも素直に出てきたことに

今更ながら気づく。


迷いがなかった。

あの人のことを語る時、自分は迷わない。


「……大切な方ですから」


小さく、ほとんど独り言のように言った。

フレイアはそれを聞いて、何も言わなかった。

ただ、窓の外へ視線を向けたまま、口元だけ少しだけ緩んだ。


馬車はゆっくりと王都の通りを進んでいく。

石畳を叩く馬蹄の音が、夕暮れの中に規則正しく続いていた。


◆◆◆


その夜

宿の一室は静寂に包まれていた。


窓の外には王都の夜景が広がっている。

遠くで酒場の喧騒がくぐもって聞こえ、街灯の灯りがぽつぽつとまたたいていた。


フォルティナは旅装を解き、机の前に座る。

旅の疲れはあるが、眠る前にしておきたいことがあった。


机の上に、あの小さな板を置く。


連絡板

静から渡された、不思議な魔道具

承認された者にしか使えない


触れても、知らない者にはただの板にしか見えない。

それでいい、とフォルティナは思う。


この板は、静が「信頼した人たちのため」に作ったものだから。


指先でその滑らかな表面をそっとなぞる。

魔力を込めながら、一文字ずつ。

指が通った跡に淡い光の線が残り、それがゆっくりと文字へと定着していく。


【フォルティナ:王への報告が無事終わりました。ご心配ありがとうございました】


書き終えて一度読み返す。

少し固いかもしれない。


でも、嘘はない。

全部、本当のことだ。

最後に文字を軽く押さえて確定する。

送信。


しばらくの間、板は静かだった。

窓の外で風が鳴り、街灯が揺れた。


やがて板がふわりと、呼吸するように光を放つ。

フォルティナは指先を添えた。


【静:お疲れさま。無事でよかった】


短い

どこまでも短い

でも、その短さが静らしかった


余計なことを言わない

必要なことだけを、確かに届ける


フォルティナは少しだけ口元を緩め、再び指を動かした。


【フォルティナ:王はあなたの善意を理解してくださいました】


送信


間を置いて、返事が届く。


【静:それはよかったです】


淡白なようでいて、どこか安堵が滲んでいる。

この人は自分の善意がどう扱われるかを、ちゃんと気にしていたのだと分かった。

言わないだけで。


フォルティナは少し躊躇した。

もう一文、書くべきかどうか。

でも、これは伝えておかなければいけない。

指先で、ゆっくりと文字をなぞる。


【フォルティナ:帰ったら少し相談があります】

確定


送信


しばらくして、光が返ってきた。


【静:はい】


ただ一言

それだけなのに、自分の居場所が約束されているような心地がした。


急かさない

問い返さない

ただ、待っていてくれる


フォルティナはそっと板を机に置き、小さく呟いた。


「……不思議ですね」


遠く離れているのに、距離を感じない。

蝋燭の灯りが静かに揺れていた。


◆◆◆


同じ頃

空白地帯、静の屋敷の庭では、夕暮れの柔らかな光が満ちていた。

乾燥棚の香草が風にそっと揺れ、畑の葉がきらきらと光を返している。

どこかで鳥が一声鳴いて、また静かになった。


芝の上で丸くなっていたツキが、ふと顔を上げた。

「にゃ?」


その隣でルゥが首を傾げる。

「くぅ」


あかねが草むらからぴょんと跳ねた。

「きゅ!」


ハルが風に乗ってふわりと宙を舞い、くるりと一回転してから着地する。

「ひゅん」


マルがのんびりと土の上を転がり、頬袋をぱんぱんに膨らませたまま

眠たげな目でこちらを見上げた。

「ぷぅ」


静は手元の連絡板を閉じ、ふうと息を吐いた。

「無事に終わったみたいだね」


「それは良かったです、静様」

控えていたセリナが、柔らかな微笑みを浮かべる。


静は板を膝の上に置いたまま、庭をぼんやりと眺めた。

フォルティナが王都まで行き、報告を終えて、今夜は宿に泊まっている。

遠い場所だ。

それでも言葉が届いた。


(便利だな、やっぱり)


静はそう思いながら

「水の魔力結晶一つで、王様があんなに喜んでくれるなら……」


ふと思いついたように言った。

「屋敷に余ってる結晶、いくつか渡してもいいかな」


その場にいた者たちの動きが、ぴたりと止まった。

アリアが真っ先に、しかし静かに口を開いた。

「それはやめた方がいい」


「困ると思う」

リーナが短く続ける。


ミレイアが困ったように眉を下げた。

「価値が高すぎます。市場の均衡が崩れかねません」


フィアが腕を組んで断定する。

「絶対大騒ぎ、政治の火種になるよ」


「え、そうなの?」


屋敷の棚に並んでいるあの結晶は、自分にとっては作業の余りに過ぎない。

誰かの役に立てるなら、と思っただけだった。


「喜んでくれると思ったんだけどな」


アリアが少し苦笑しながら諭す。

「喜ぶとは思う。でも、扱えない」


「フォルティナさんでも?」

「フォルティナさんでも、よ」


ミレイアが丁寧に続けた。

「一つならまだ対処できるわ。でも複数になると、どこから来たのかという話になる。そうなれば、空白地帯への関心が一気に高まるわね」


「……それは困るかな」

静は素直に頷いた。


リーナが短く付け加える。

「静の価値感覚は、かなりずれてるわね」

「そうかな?」

「そうだよ」

フィアが即答した。


静はしばらく考えてから、少し首を傾げる。

「じゃあ……別のものがいいよね」

何か喜んでもらえるもの。

でも騒ぎにならないもの。

考え込んでいると、側にいたセリナが穏やかに提案した。


「甘味などいかがでしょうか、静様」

「甘いもの?」

「はい。長旅の疲れには、甘いものが一番喜ばれます。それに……」


セリナは少しだけ微笑んだ。

「手作りのものは、値段では測れない温かさがあります」


静はその言葉を聞いて、少し考えた。

「……なるほど」

そして笑った。

「それいいね。じゃあ何か良い物を作ろうか」


◆◆◆


屋敷の台所に、すぐに甘い香りが満ち始めた。

静が生地を混ぜ、セリナがオーブンの温度を整える。

二人の手つきは、いつもの台所仕事と同じだった。


特別なことをしているわけではない。

ただ、誰かのために作っている。


「少し甘さを足した方がいいかもしれません」

セリナが言うと、静は頷いた。


「旅の疲れには、少し甘めの方がいいしね」

「はい。きっと喜ばれます」


足元では、四匹が期待の眼差しを向けていた。

「にゃ」

「くぅ」

「きゅ」

「ぷぅ」

頭上ではハルがくるりと回る。

「ひゅん」


「まだできないよ」

静が笑いながら言うと、ルゥがうらめしそうに「くぅ……」と鳴いた。

マルが頬袋をぱんぱんにしたまま、じっとオーブンの方を見つめている。


「マルも待っててください」

「ぷぷぅー……」


セリナがくすっと笑いながら、生地の端を丁寧に整えた。


やがて黄金色に焼き上がった菓子が並べられた。

台所に甘い香りが広がり、五匹が一斉に鼻をひくひくさせる。


「少しだけなら」


静が言うと、五匹が一気に近づいてきた。

「順番にね」


ツキが落ち着いて一口

ルゥが少し急ぎ気味に一口

あかねがツキの真似をして、丁寧に一口

ハルが風みたいに軽く、かじる

マルが頬袋に詰め込もうとして、セリナに「それはだめですよ」と優しく止められた。

「ぷぷぅー……」


残念そうな声に、静は笑った。

「帰ってきてから一緒に食べよう」


◆◆◆


礼拝堂

静かな空間に灯りが揺れている。

外の喧騒が届かない、屋敷の中でも特別に静かな場所だった。

セリナが丁寧に皿へ盛り、祭壇へ運んだ。

両手で持ち、足音を立てずに近づく。


「まずは女神様へ」


皿を祭壇に置いて、静かに手を合わせる。

静も隣で同じように手を合わせた。


「お裾分けです」


礼拝堂の灯りがゆっくりと揺れる。

祈りは短い

言葉にしなくても伝わるものを、静もセリナも知っていた。


◆◆◆

――白の庭園

柔らかな光の中で、五柱の女神たちが円卓を囲んでいた。

供えられた甘味が、卓上に並んでいる。


フレアリアが鼻をひくつかせた。

「また甘いの増えた」


ミラシアが嬉しそうに微笑む。

「美味しいのよ、これ」

「手作りって、味が毎回少し違うのよね」


ウィスティアが踊るように笑った。

「それが面白い。季節とか、その日のこととか……全部混ざってる感じがするわ」


ルートミアが静かに頷く。

「……優しい味」


その一言に卓上がほんの少しだけ静かになった。

ルーナフィリスはその輪から少し離れ、夜の地上を見下ろしていた。


遠く離れた王都と空白地帯

王都の宿で板を静かに置いた人

庭で星を見上げる人


善意という名の細い光の糸が、二人を結び、世界をそっと変えていく。

ルーナフィリスはその光景を、ただ静かに見守っていた。


◆◆◆


庭に戻った静は、夜風に吹かれながら王都の方角を見た。

どこまでも続く夜空。

その先に今夜フォルティナが泊まっている宿がある。


「帰ってきたら渡そうか」


ツキが短く鳴く

「にゃ」

ルゥが擦り寄る

「くぅ」

あかねが胸を張って「きゅ」

ハルが風みたいに軽く「ひゅん」

マルが眠たげに「ぷぅ……」と鳴いて、静の足元で丸くなった。


静は夜空に瞬く星を見上げ、小さく笑った。


「喜んでくれると良いね」


庭には夜風が静かに通り抜け、乾燥棚の香草がそっと揺れた。

台所にはまだ甘い香りが残っていて、礼拝堂の灯りがやわらかく窓を照らしている。

屋敷の夜は、今日も穏やかで温かかった。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。