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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十章 静かな善意が風になる

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第九話 土の芽吹き、まどろみの小さな守り手

屋敷の朝は少しずつ賑やかさを増していた。

庭ではハルが風みたいに軽やかに駆け回り、ルゥが一生懸命に追いかけている。


ハルがぴたっと止まれば、勢い余ったルゥが「くぅ?」と転げる。

それを見てツキが落ち着いた声で「にゃ」と鳴き

あかねが負けじと隣で背筋を伸ばした。

「きゅ」


(……すっかり馴染んだな)


静はそれを横目に湯を沸かしながら息を吐く。

馴染んだという言い方が一番近い。


誰も「増えた」と騒がない。

ただ、毎日の手つきの中に溶けていく。


◆◆◆


朝食の片付けを終えた頃、連絡板が音もなく淡く光った。

静は布巾で手を拭き、指先を添える。


【フレイア:昨日の風の子、拾った?】

思わず小さく笑った。


あの人は、こういうところが鋭い。

指先で文字をなぞり、最後に軽く押さえる。


【静:拾ってない。来ただけ】


一拍置いて、返事が来る


【フレイア:……そう。あなたらしいわね】


セリナがくすっと笑う。

「フレイアさん、さすがですね」


「うん。……でも『拾った』って言い方、なんか合ってる気がする」


「拾ったのではなく、『お裾分けが届いた』……かもしれませんね」


セリナは柔らかく言ってカップを揃えた。

湯気の立ち方が、いつもより少しだけ穏やかだった。


◆◆◆


静がふと、庭の隅へ視線を向ける。

昨日の夕方、何となく目に留まった場所がある。

土が、少しだけ柔らかかった。


「……あそこ、見てこようかな」


「はい。私も一緒に」

セリナが籠を持って立ち上がる。


《ルミナ・ヴェール》は言葉にせずとも自然に動く。

アリアは全体を見渡せる位置へ。

リーナは周辺の気配を拾い、フィアは静の近くへ。

ミレイアは『土の空気』を確かめるように、少し遅れて庭へ出た。


その場所に近づくと、匂いが変わった。


土の匂い

湿った匂いではない

掘り返したばかりの匂いでもない


――ふかふかの、落ち着く匂い


静がしゃがんで指先を土に沈めると、すっと吸い込まれるようにやわらかい。

ふわっと温かく、芽も出ていた。


昨日は気づかなかったけど、今朝は小さな芽がいくつか

同じ方向へ揃って並んでいる。


「……ここだけ、土が整いすぎていますね」

セリナが首を傾げた。


ミレイアが目を閉じ、短く言語化する。

「土の魔力が、静かに集まってる。尖ってない。……寝起きみたいな柔らかさ」


「寝起き?」


フィアが首を傾げると、ミレイアは小さく笑った。

「眠たいのに、起きたがってる感じ」


その言い方がこの屋敷には似合っていた。


◆◆◆


――地下深く

空白地帯のさらに奥、土が重く静かに息をしている場所。

淡い土色の毛並みをした、翼のあるハムスターのような

小さな命が丸くなって眠っていた。


丸く柔らかい体つき。

背には小さく厚めの翼――土の粒子をまとったような質感。

額には小さな土晶がひっそりと光っている。

目覚めはゆっくりと


「……ぷぅ……」

丸い息のような鳴き声が土の中に消える。


地上から流れてくる『手入れの行き届いた土の匂い』が

その小さな鼻をくすぐった。


(……やわらかい土がある方へ、おいで)


かすかな囁きが聞こえた。


背中を支える程度の『おいで』

小さな命は上へ上へと

遊んでいるだけのつもりで、地表を目指す。


◆◆◆


「少しだけ、掘り返してみてもいいかな」


静がそう言って指先を土に沈めようとした時だった。

目の前の土が、ぷくっと膨らんだ。


「……え?」

セリナが声を上げるのと同時に土の中から小さな鼻先が

『ひょこっ』と突き出る。

続いて、ぱんぱんに膨らんだ頬袋

さらには背中の小さく厚めの翼


「ぷぅ……」

のんびりとした、眠たげな鳴き声

ルゥが「くぅ?」と首を傾げ、ハルが「ひゅん」と風を巻いて様子を見に来る。


全員が思わず息を止めた。

ツキは一歩進み、落ち着いた声で鳴いた。

「にゃ」


あかねも慌てて並ぶ。

「きゅ」


土色の子は眩しそうに目を細め、鼻をひくひくさせた。

「ぷぷぅ」


それは威嚇でもなく、挨拶でもなく――『ただ出てきた』音だった。

立ち上がろうとしたが、頬袋が重すぎるのか、前のめりに倒れそうになる。


セリナが思わず口元を押さえた。

「……可愛いです」


◆◆◆


ミレイアがその姿を見て、記憶を探るように言う。

「……昔話に出てくる、土に潜って種を運ぶ『めぐりの小獣』がいた気がするわ。羽があるのは珍しいけれど」


「環?」


「土を回して、芽を助ける……でも本人は遊んでるつもり」


静は小さく笑った。

「うちの子たちっぽいね」


ツキが「にゃ」と鳴いた。

『勝手に決めないで』というより、「まあ、そうかも』の方に近い。


誰もがそれを、物語のドラゴン――竜種だとは思わなかった。

あまりに丸く、あまりに無防備な迷子にしか見えなかったからだ。


◆◆◆


ハルが土色の子に鼻先をちょん、と当てる。

「ひゅん」


土色の子は一瞬身をすくめたが、すぐに丸くなった。

「もきゅ……」


落ち着く

土の上にいると、その毛並みがふわりと温かく見える。


そして土色の子は静をじっと見上げた。

何かを確信したように近づき

頬袋からぽとっと、小さな種を取り出して静の手のひらへ置く。

見たことのない形だが、とても匂いが良い。


「もきゅ」

まるで『これ、あげる』と言うみたいに


セリナが胸の前で手を重ねる。

「……お裾分けですね」


静はその種を見つめ、そっと頷いた。

「じゃあ、もらった分だけ……植えようか」


静は土を少しだけ整えた。

深すぎないように

湿り気を損ねないように

セリナが隣で小さく添える


「このくらいの深さなら、芽が出やすいと思います」

「うん。ありがとう」


ちょうどその時、ハルがそばに来て土の上に軽く風を当てた。

ミレイアが静かに言う。

「ハル、風は優しくね。土が乾きすぎる」


「ひゅん」

少し弱まった風が、種の周りの空気をやわらかく整えた。


静が種を置き、土をそっとかぶせると――

土色の子が満足そうに目を細めた。

「ぷぅ……ぷぷぅー」


安心した声

そのまま静の足元の柔らかい土の上で、丸くなってしまった。


「……寝た」

フィアが小声で言うと、リーナが短く返す。


「落ち着いた場所を選んだ。合理的ね。」


ミレイアがくすっと笑った。

「この子、寝るのが仕事かもね」


◆◆◆


しばらくして、土色の子がまぶたをゆっくり持ち上げた。

起きたというより、まぶたを持ち上げただけ。


「……名前、いるよね」


セリナが頷く。

「はい。呼ぶ時に困ります」


静は丸い背中と、丸い頬袋と、丸い鳴き声を見る。

「マル……でどうかな」


土色の子は一瞬だけ首を傾げ――そして、ゆっくり鳴いた。


「むきゅー」


甘えるような安心した声、それは返事として十分だった。


ツキが満足そうに「にゃ」

あかねも真似して「きゅ」

ルゥが「くぅ」と寄る

ハルが軽く一回転して「ひゅん」

マルはその中心で、ころんと丸くなった。

「むきゅー……」


仲間のそばで丸くなって眠る。

それが一番落ち着くらしい。


◆◆◆


夕方

マルは庭の端に小さな巣穴を作り始めていた。

掘るのは早い、でも雑ではない。


土をこねて、押して形を整える。

遊んでいるだけのつもりなのに、巣穴はちゃんと『住める形』になっていく。


あかねが横で真似をして、前足で土をちょいちょい。

「きゅ」

ツキが「にゃ」と鳴いて、あかねの土が飛びすぎないよう体で軽く壁になる。

ハルは「ひゅん」と風を弱めて、土が乾きすぎないように調整した……気がする。

ルゥは「くぅ?」と首を傾げながら、全員を見守っていた。


(……なんだこれ、可愛いな)

静は笑うしかなかった。


◆◆◆


夜、連絡板が淡く光る。

【フレイア:それで増えたの?】


静は苦笑して返す。

【静:増えてない。来た】


少し間があって、返事ある。

【フレイア:それを『増えた』って言うと思うわよ】


静は小さく息を吐いて笑った。

【静:じゃあ、少し増えた……かも?】


セリナが肩を揺らして笑う。

「静様、言い方が可愛いです」


「そうかな」


もう一枚、フォルティナへも短く返す。

【静:今日は庭が元気。土がふかふかだった】


すぐに返事が届いた。

【フォルティナ:それは良かったです。庭が喜んでいるのですね】

静は板を置いて窓の外を見る。

庭は静かだけれども、空気は確かに柔らかい。


土の匂いと、パンの匂いと、香草の匂い。

それが混ざって屋敷の夜を作っている。


足元では、五匹がそれぞれの声を落とした。

「にゃ」「きゅ」「くぅ」「ひゅん」「ぷぅ……」


五つの鳴き声が、昨日よりも少しだけ多く幸せを奏でている。

空白地帯の夜は、今日もどこまでも穏やかで

そして温かかった。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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