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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第十章 静かな善意が風になる

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閑話 白の庭園に届く小さな目覚め

白の庭園


風も、光も、音さえも柔らかく整えられたその場所で、五柱の女神たちは今日も円卓を囲んでいた。

静けさは張り詰めていない。

余計なものが削がれているぶん、小さな笑い声がよく響く。


卓上には香り高い茶葉と――人界から届いた小さな菓子。

焼けた粉の匂いが湯気の向こうに薄く立ち

甘さが『ちゃんと』落ち着いている。


フレアリアがひとつ摘まみ、ぱき、と割った。

「ねぇ、最近さ。……届く匂い、増えてない?」


「あなた、それ前も言ってたわよ」

ウィスティアが風みたいに笑う。


でも、否定はしない。

今日の菓子も、確かに『整って』いた。


ミラシアはカップを回しながら、湯気の向こうを少しだけ見た。

「増えてる、というより……『揃ってきた』感じがするのよね」


ルートミアが短く頷く。

「土の匂いが、良い」


言葉は少ない。

けれど、その短さの中に確かな肯定があった。


ルーナフィリスは静かに茶を口にし、微かに目を細める。


甘味だけではない

湯気の匂い

香草の匂い

そして――暮らしの手つき


『誰かが丁寧に暮らしている』気配が、少しずつ混ざっている。


◆◆◆


「そういえば」


ウィスティアがカップの縁を指でなぞりながら言った。

言い方は軽いが、目は少しだけ真面目だ。


「風の領域、ちょっと変わったの。……小さくね」


フレアリアが身を乗り出す。

「変わった? いい方? 悪い方?」


「いい方。たぶん」


ウィスティアは肩をすくめるように笑った。


「眠ってた子が……目、覚ましたみたい」

その言い方は、『今日は少し早起きだった』くらいの温度だった。


ミラシアがふわりと笑う。

「起きちゃったのね」


ルートミアも同じくらいの調子で続ける。

「土も……起きた」


フレアリアがぱち、と瞬きをした。

「え、同じ頃?」


「同時、ではない」

ルートミアの声はゆっくりと急がない。

土属性の女神らしい速度でゆっくりと、ただ事実だけを置く。


「でも……近い」


ルーナフィリスは、二柱の言葉を静かに受け取った。


(目覚めた)


『生まれた』ではない。

今回の出来事に余計な重みは要らない。

眠っていたものがただ起きた。

それだけで十分だった。


◆◆◆


「……で?」


フレアリアがわくわくを隠しきれない声で言う。

「どこ行ったの?」


ウィスティアは一度だけ視線を遠くへ向けてから、すぐに戻した。

「行ったよ。ちゃんと。……あの屋敷の方へ」


「やっぱり」


ミラシアがくすっと笑う。

「匂いに釣られたのかしら」


ウィスティアは即答しない。

でも、否定もしなかった。


「……匂い、強かったから」


フレアリアが笑う。

「やっぱり!」


ルートミアが小さく頷いた。

「土も……整った場所に惹かれる」


それは土の理だ。

柔らかく、温かく、呼吸しやすい場所へ。

居心地の良さは、土にとって正直な指標になる。


ミラシアが楽しそうに尋ねる。

「名前は?」


「風の子は、ハル」


ウィスティアの声が少しだけやわらぐ。

「よく走る子。すぐ風の先へ行っちゃう」


「土の子は、マル」


ルートミアも短く続ける。

「丸い」


「そこは想像どおりね」

フレアリアが吹き出し、ミラシアも肩を揺らした。


ルートミアは否定しない。

否定しないまま、もう一言だけ足す。


「土の上で……温かい」

その言い方にはほんの少しだけ『嬉しい』が混じっていた。


ルーナフィリスは少しだけ目を伏せる。


(あの場所は……安全なだけではない)


『居たい』と思わせる温度がある。

誰かに命じられたわけでも、無理に導かれたわけでもない。

小さな命が自分で選んで辿り着く。


その事実が白の庭園の空気をほんの少しだけ柔らかくした。


◆◆◆


「お知らせは?」


ミラシアが、さらりと聞く。

お茶会の続きみたいな声音で。


ウィスティアが肩をすくめる。

「……した。短くね」


ルートミアも同じように頷いた。

「……必要最低限」


神託は祝祭ではない。

ましてや誇示でもない。

誤解を避けるための『整え』に近い。


ウィスティアはカップを置いて短く言う。


『凪守護竜は目覚めた。

 害ではなく、静かな巡りの一部である。』


ルートミアも同じくらいの長さで続けた。


『環守護竜は目覚めた。

 害ではなく、芽吹きを支える調和の一部である。』


言い終えると二柱はそれ以上を足さなかった。

余計な意味を背負わせない。

世界が勝手に重くしないように。


フレアリアが満足そうに頷く。

「うん、これなら騒がれにくい」


「騒がれて困るのは、向こうだものね」

ミラシアが小さく笑う。


『向こう』

その言い方が距離を守っている。


所有しない

奪わない

見守る


ルーナフィリスはその在り方を、いつも通り静かに受け止めていた。


◆◆◆


話題は自然に『可愛い』へ流れる。


「ハルは、軽いのよね」


ウィスティアが少しくすぐったそうに笑った。

「走ってるだけで、空気が楽しそうになるの」


「いいわね」


フレアリアがすぐに頷く。


「で、マルは?」


ルートミアは短く答えた。

「丸い」


「さっきも聞いた」

フレアリアが笑いながら言うと、ルートミアは少しだけ考えてから、もう一つ置く。


「眠そう」


「それも最高じゃない?」


ミラシアがふわりと笑う。

「静たちの庭、また賑やかになったのね」


ルーナフィリスは、ふっと息を吐くように微笑んだ。


(賑やかになっていく)


けれど騒がしくはならない。

『整う』方向で増えていく。


誰かが集めたのではない。

小さな命たちが自分で選んで、あそこへ行っただけ。


それでいい、とルーナフィリスは思う。


◆◆◆


やがて話題はまた菓子へ戻る。


フレアリアが皿の端に残った欠片を拾って言った。

「ね、これ、前より香りがやさしい」


「香草の扱いが上手くなったのかもね」

ミラシアが穏やかに返す。


ウィスティアが笑う。

「火加減も、前より落ち着いた」


ルートミアが短く言う。

「……整ってる」


「うん。いいことだね」

フレアリアが素直に頷いた。


ルーナフィリスは茶を置き、白の庭園に漂う風を一度だけ受け止める。


(静……セリナ……)


声にしない名

けれどその想いは届くべきところにだけ届く。


白の庭園にはやわらかな風が吹いている。

笑い声は小さく、長く続く。


ハルが目覚め、マルも目を覚ました。

それでも世界はまだ、静かに回っている。


それでいい。


お茶会は、いつものように続いていった。


イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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