第七話 子供たちの人気者と風の先触れ
屋敷の朝は昨日より少しだけ明るかった。
窓辺の光が床を撫で、乾燥棚の香草が風に揺れている。
台所からは湯気の匂いが薄く漂い、火のはぜる音が遠慮がちに響いた。
朝食を終え片付けの音が落ち着いた頃
テーブルの端に置かれていた連絡板が音もなく淡く光った。
着信音は無く、ただ光だけが『届いたよ』と告げる。
静は手を拭いて、指先をそっと添える。
触れると文字が静かに現れた。
【フォルティナ:前回の子どもたちが、また三匹に会いたいと……ご迷惑でなければ、近いうちに来られますか?】
事務的な報告ではない柔らかな『相談』
連絡板ができたことで、二人の距離がほんの少しだけ変わったのが分かった。
(……『お願い』が届くんだな)
静は迷わず指先で板をなぞる。
魔力を込めながら手書きの線が淡く定着し、文字になる。
最後に軽く押さえて確定した。
【静:大丈夫。近いうちに行くよ】
隣で見ていたセリナが嬉しそうに微笑んだ。
「では、お裾分けの準備をしましょうか。フォルツで教わった方法で整えたお野菜……きっと喜ばれます」
「うん。少し多めに持っていこう」
その言葉だけで今日の段取りが決まった。
◆◆◆
籠を用意して畑の野菜を選ぶ。
瑞々しい葉物、形の揃った根菜
保存箱で寝かせたものは匂いが落ち着いていて
手に取ると『整っている』感じがした。
乾燥棚からは香草を少し
束ねた葉を指で軽く弾くと香りがふわりと立つ。
準備を始めると、三匹がそれぞれの仕草で反応している。
ツキは落ち着いた様子で静の足元に寄り添い、籠へ入れていく手つきをじっと見ている。
まるで「準備はいい?」と促すように。
「にゃ」
凛とした鳴き声が、出発の合図みたいだった。
あかねはツキを横目で見て、慌てて同じ位置に並ぶ。
背筋を伸ばして、『それっぽい顔』をしながら
「きゅ」
と鳴くが内容は分かっていないだろう。
ツキの真似をしておけば間違いない――そんな健気さが滲む。
ルゥは籠の中の匂いが気になって仕方がないらしい。
鼻先をひくひくさせ、隙があれば甘噛みしようと尻尾を振る。
「くぅ」
「ルゥ、お野菜は食べちゃだめですよ」
セリナが優しく制すと、ルゥはあっさり方向転換して
自分の尻尾を追いかけて転げ回った。
ころん、と床に転がるたび、耳がふわりと揺れる。
静は苦笑して、そのふわふわの背を軽く撫でた。
「……元気だな」
「元気ですね」
セリナも笑いながら、籠の上に布を一枚掛ける。
風で乾きすぎないように
持ち運びで香りが逃げすぎないように
小さな工夫が自然に混ざる。
◆◆◆
フォルツへ着いたのは夕暮れ前だった。
石畳は昼の熱を少し残し、空は高く風が軽い。
市場の匂いと、焼きたてのパンの匂いが混ざっている。
連絡板のおかげで、待ち合わせは驚くほどスムーズだった。
静の板に淡い光
触れて読むと
【フォルティナ:今、広場に着きました】
静は歩きながら指で返す。
線が定着し最後に軽く押さえる。
【静:こちらも着いたよ】
広場にはすでに子どもたちが集まっていた。
学び舎の帰りらしく、手に小さな板や布袋を持っている子もいる。
三匹が姿を見せると、わっと小さな歓声が上がった。
でも不思議と騒がしくはならない。
静たちが放つ空気のせいか
子どもたちもどこか『そっと近づく』距離を守っている。
「きてくれた!」
「ねこさん!」
「みずいろの子もいる!」
ツキはお姉ちゃんらしく、子どもたちの手が伸びてきても動じない。
順番を待つ子がいれば、そちらへ顔を向けてあげる。
「にゃ」
落ち着いた返事に子どもたちの肩から力が抜けた。
あかねは少し照れながらも、ツキの真似をして大人しく撫でられている。
耳がぴくっと動き表情が『ちゃんとしてる』風におすまし顔で鳴く。
「きゅ」
ルゥは一番の人気者だった。
子どもの服の裾を甘噛みして『引っぱりっこ』を始めかけ
転げて、起き上がってまた転げる。
「くぅ、くぅ!」
子どもたちの笑い声が広場を柔らかくする。
『夕暮れ時』という言葉がぴったりの時間だった。
◆◆◆
静はその間に籠を持って露店や店先へ足を運ぶ。
「これ、こないだ教わった保存箱で管理した野菜です。お裾分けに」
パン屋の店主は鼻を鳴らしながらも、籠の中を覗いて目を細めた。
「……うん。水っぽくないな。いい置き方した」
「教わった通りにしただけです」
「それができりゃ十分だ」
店主はそう言って、空になった籠へ小ぶりのパンを二つ、黙って入れた。
『交換』ではない。
街の流れとして自然に回る。
香草屋の女将は籠を見て笑った。
「乾燥が上手くいったみたいね」
「風を殺さない、っていうのが……なるほどって」
「あれはね、風を味方につけるってこと」
女将の言葉に静は小さく頷く。
八百屋の店主が別の野菜を差し出した。
「これ、今朝入ったやつ。お前らの鍋に合いそうだ」
「じゃあ、こっちも少し」
静は籠の野菜を少し戻す。
『与える』でも『もらう』でもなく、自然に回っていく。
スープ用の香草を小さな束にして、通りがかった母親にも手渡した。
「スープに入れると、香りが立ちます。入れすぎないくらいがちょうどいいです」
母親は驚いたように目を丸くして、それから温かな笑みを返す。
「ありがとうございます。今夜のスープに使わせてもらいますね」
「うん。よかったら」
『善意』は言葉にしなくても、ちゃんと伝わる。
◆◆◆
フォルツを後にし屋敷へ戻るための転移地点へ向かう途中
空白地帯の境界が近づくと空気が少し変わる。
その時セリナ、リーナ、ミレイアが、ほぼ同時に足を止めた。
静も立ち止まる。
彼女たちの視線の先は深い森のさらに奥――空白地帯の『もっと奥』だった。
「どうかした?」
セリナは胸の前で手を重ね、静かに目を閉じる。
「……神気に近い、澄んだ気配です。怖くはありません。とても清涼な……」
アリアが短く指示する。
「リーナ、位置取りを」
リーナが音もなく動く。
全員の死角を埋めるように、しかし目立たない距離を保って。
フィアも自然に静の近くへ寄る。
『護衛』が言葉にならない形で整う。
ミレイアがその気配を丁寧に言語化した。
「風。でもただの風じゃないわ。……とても、ひたむきな気配がする」
次の瞬間、周囲の木々が不自然なほど静かになった。
風が止まったのではない。
まるで『何かが通るために』空気が道を開けたみたいな沈黙。
――視界の端を、小さな影が横切った。
風よりも速が乱暴な感じはしない。
確かな意志があるのに敵意がない。
気づいたのはツキだった。
耳を立て奥を見つめる。
「にゃ」
低く、短い鳴き声
あかねはツキを見て、慌てて同じ方向を向き、キリッとした顔を作る。
「きゅ」
ルゥだけは状況が分からず、静の足元で首を傾げた。
「くぅ?」
静は小さく息を吐き、軽い調子で言う。
「……また、新しいお友達が来るのかもしれないね」
ミレイアが小さく頷いた。
「ええ。とてもひたむきに、こちらを探しているみたいな気がするわ」
恐怖ではなく心地よい予感だけが、風のあとに残った。
草花が一瞬だけ揺れ、清涼な空気が頬を撫でていく
『ここにいるよ』とだけ告げて去ったように
◆◆◆
屋敷へ戻ると夜の静寂がすぐに部屋を満たした。
着替えて一息ついた静の枕元で連絡板が淡く光る。
触れると文字が現れた。
【フレイア:今日の野菜、最高。ティナが保存法を必死にメモしてたわよ。仕事より真面目だったかも】
静はふっと息を吐き、微笑みながら返す。
指でなぞり最後に軽く押さえる。
【静:よかった。また今度ね】
板を置くと、窓の外から微かな風の音が聞こえたような気がした。
あの澄んだ影は今もどこかでこちらを見ているのだろうか。
「にゃ」
ツキが枕元で丸くなり、あかねがその隣に収まる
「きゅ」
ルゥは静の腕の中に潜り込み、甘えるように鼻を鳴らした
「くぅ……」
静は目を閉じる。
掌に残る連絡板のほのかな温もりと今日感じた風の気配。
空白地帯の夜は今日も静かに、そして温かく更けていった。
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