第六話 つながる連絡板と解ける言葉
屋敷の朝は昨日より少しだけ明るかった。
窓辺の光が床を撫で、台所の香草棚が風を受けて揺れる。
乾燥棚には昨日吊るした葉がもう少しだけ軽くなっていた。
静は湯を沸かしながら、テーブルの端に並べた透明な結晶へ視線をやる。
水色の結晶とは違う色のない静けさ。
見ていると音が一つ減るような気がした。
「……じゃあ、やってみるか」
言葉に出すとセリナが少し嬉しそうに頷いた。
「はい、静様。焦らずいつも通りに」
足元ではツキが日だまりから顔を上げる。
「にゃ」
あかねもつられて近づき
「きゅ」
ルゥは結晶のそばへ寄って鼻先をちょん、と当てた。
「くぅ」
(……背中押してくれてるのかな)
そんなふうに思って静は小さく笑った。
◆◆◆
静はステータスを開き『魔道具作成』を選ぶ。
念じるのは多機能な機械ではない。
大切な人たちと、いつでも気負わずに言葉を交わせる道具。
「作るのは……連絡板」
フィアが身を乗り出す
「れんらくばん。いい名前」
アリアが頷く
「『石板』より柔らかい。静らしいわ」
静は思い描く
スマホの利便性は頭にある。
でも出てくる形はこの世界に馴染む形でいい。
薄い板
手に取ると驚くほど軽い
角は丸く、縁には控えめな紋様
片面はほんの少しだけ艶があって、鏡のようにも見える。
「承認者しか使えない。承認者以外が触ったら――ただの板に見える」
アリアが目を細めた
「安全性が一発で分かるし良いわね」
ミレイアも頷く
「便利が『騒ぎ』にならないように、最初から形を決めるのが大事ね」
静はもう一つだけ付け足した
「……使いすぎたら疲れるようにしよう。無限だと、逆に落ち着かない」
フィアが顔をしかめる
「え、無限じゃないの?」
「魔道具ってだいたいそうでしょ」
リーナが淡々と言い、フィアは「そっか」と素直に納得した。
静は結晶に指を添え、作成を確定した。
淡い光がテーブルの上で静かに広がる。
眩しくはない。
朝霧が晴れるような穏やかな収束。
光が収まった後――そこに残ったのは薄い板だった。
「……できた」
セリナが息を呑む
「綺麗ですね……」
ルゥがトコトコと寄ってきて、鼻先を板の縁に寄せた。
「くぅ」
板の表面にほんの一瞬だけ淡い光が走った。
フィアが目を丸くする
「……反応した?」
ミレイアが小さく笑う
「ルゥの方が『こういうもの』に慣れてるのかもね」
ツキが近づいて端を確かめ、あかねも真似して覗き込んだ。
「にゃ」
「きゅ」
◆◆◆
次は承認
静は連絡板を手に取り、順番に指先を添えていく。
その行為は儀式というより、鍵を渡す手つきに近かった。
静、セリナ、アリア、リーナ、ミレイア、フィア
一人ずつ、板に触れる。
触れた瞬間、薄い文字が浮かんで消える。
フィアは自分の番で、少しだけ胸を張った。
「登録された!」
「嬉しそうね」
アリアが小さく突っ込むと、フィアは素直に頷いた。
「だって『使える側』って感じ」
リーナが短く釘を刺す。
「落とすな」
「落とさない!」
言い切った直後、フィアは手の平で板を慎重に持ち直す。
◆◆◆
「せっかくだから、試してみよう」
静の一言で、皆が屋敷の各所へ散った。
静は庭へ、セリナは台所へ、アリアたちは二階へ
静は手元の連絡板に、指先でゆっくり文字をなぞった。
魔力を込めながら書くと、指先でなぞった線が淡く定着して、文字になる。
最後に軽く押さえる。
【静:届いてる? 表示見えるかな?】
少し遅れて、板が淡く光った。
【セリナ:はい、静様。……不思議ですね。文字が浮かんで、すぐ読めます】
【リーナ:視認性、良好】
【フィア:すごーい! これ、お花とか描けないの?】
板の端に、歪な形の小さな記号が浮かんで、すぐに消えた。
【ミレイア:フィア、遊びすぎないで。使うたびに少しずつ魔力を消費するわよ】
【フィア:えっ、体力使うの?】
静は苦笑しながら返す。
【静:便利だけど、無限じゃないってことだね。お茶が入ったよ、とか、そんなことでいいんだ】
生活を劇的に変えるのではない。
少しだけ歩く距離を短くして、声を張り上げる必要をなくす。
そんな『優しい便利さ』が板を通じて屋敷に広がっていった。
◆◆◆
屋敷内でのテストが落ち着いた頃、アリアが静に目を向けた。
「フォルティナ様への連絡、先に入れておく?」
「うん。いきなり行くより、その方がいい」
アリアは短文通信魔道具を取り出し、フレイア宛てに打つ。
――《少し時間をもらいたい》
しばらくして、返事が届いた。
――《了解。ティナに伝える》
続いてもう一つ。
――《前回の上級宿屋で待つ》
「手配が早いな」
静が言うと、アリアが短く返した。
「フレイアさんは仕事が速いからね」
セリナが小さく微笑む。
「では、支度しましょうか」
◆◆◆
フォルツへの移動はいつもの支配エリアコア経由
街の入口の空気は、屋敷より少しだけざわめいている。
上級宿屋の一室を借りて、フォルティナとフレイアと合流した。
フォルティナは書類束を脇に置き、フレイアは椅子に軽く腰をかける。
「……で」
フレイアが静を見た。
「今度は何を持ってきたの?」
「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。ただの便利な連絡板ですから」
と答えながら包みをほどくと、中から出てきたのは薄い板――連絡板
フォルティナも穏やかに言った。
「静さんが『ただの』と言う時ほど、こちらは構えてしまうのです」
フレイアが即答する。
「ほら怖い」
「便利なだけですって」
静はそう言って、板を机に置いた。
「短文通信は段取り用として残すとして
これはもう少し柔らかい連絡ができるように」
「承認していない人が触っても、ただの板なんです。試しに触ってみてください」
フレイアが先に触れたが何も起きない。
文字も光も出ない。
「……ほんとに、ただの板?」
フォルティナも恐る恐る指先を添えた。
やはり何も起きない。
「……本当に、ただの板のままですね」
「じゃあ、承認するので指を置いてもらえますか?」
フォルティナが板に指を置いた瞬間、表面に淡い光が走り、文字が浮かび上がる。
フォルティナの呼吸が一瞬止まる。
「……文字が!?」
「次はフレイアさん」
フレイアが触れると同じように文字が浮かんだ。
「……あっさり承認された。なんか悔しいわね」
「悔しがらないで」
静が苦笑するとフォルティナが小さく笑った。
◆◆◆
静は自分の連絡板を取り出し、指先でゆっくり文字をなぞった。
線が淡く定着して文字になる。
最後に軽く押さえると――フォルティナの板が、音もなく淡く光った。
【静:届きますか?】
少し遅れて返事が浮かぶ。
【フォルティナ:はい。届きました。……静さん、これは本当に助かります】
フレイアの板にも続く
【フレイア:ティナ、もう返信してる。仕事早いわね】
【フォルティナ:仕事中ですので】
【フレイア:その言い方、冷たいわね】
【フォルティナ:冷たくありません】
フレイアが笑い、静もつられて笑った。
(……会話になってる)
フォルティナが少しだけ表情を柔らかくする。
「執務の合間でも、これなら短く返せますね。……文面で残るのも助かります」
「うん。段取りが『言った言わない』にならない」
フレイアが板を指でつついた。
◆◆◆
その後の打ち合わせは、驚くほど滑らかに進んだ。
次の炊き出しの候補日
露店と商店の負担の割り振り
椅子や桶の管理
診療の交代要員として、クラリスを頼めるかどうか
フォルティナが板に文字をなぞる。
【フォルティナ:クラリスさんへは私から依頼します。
負担が偏らないよう、時間を区切ります】
フレイアが返す
【フレイア:ギルド側は人手を回す。列整理、前回より一人多めね】
静はそれを読み、頷いて送った。
【静:無理しない形で。続けられる形がいい】
言葉が仕事の道具でありながら、温度を持つ。
フォルティナが小さく微笑んだ。
「……静さんの言葉、こうして残ると安心しますね」
「安心?」
「はい。……『急がなくていい』と確認できるので」
フレイアが肩をすくめる。
「ティナ、普段急ぎすぎなのよ」
「仕事ですので」
「言い訳が真面目」
そんなやり取りが、板の上でも、部屋の中でも続く。
静は思う。
(便利って、こういうことだろうな)
早くするためじゃない
余計に張り詰めないため。
◆◆◆
屋敷へ戻ったのは夕方前だった。
いつもの静かな廊下
乾燥棚の香り
台所の木の匂い
セリナが火を落としながら言う
「フォルティナ様も、少し楽になりそうですね」
「うん。フレイアさんも、軽口が増えると空気が柔らかくなるし」
セリナがくすっと笑う。
「軽口、というより……仲の良さが見えました」
「元々仲良いんだと思う。ティナ、って呼んでたし」
「はい。……だからこそ、守り方も上手なんでしょうね」
その言葉に、静は小さく頷いた。
足元でツキが「にゃ」と鳴く
あかねが「きゅ」と続く
ルゥは静の足元へ寄って「くぅ」と鳴いた
今日の話を分かっているわけじゃない。
でも、空気が整ったのは感じているみたいだった。
◆◆◆
夜
灯りを落とす前、静は枕元に連絡板を置いた。
しばらくして、板の表面が淡く光った。
フォルティナからだった。
【フォルティナ:本日もありがとうございました。フォルツの夜は静かです】
短い文
でも、返したくなる。
静は指先でゆっくり文字をなぞり、軽く押さえた。
【静:お疲れさま。おやすみ】
少し遅れて、もう一つ光る
フレイアだった。
【フレイア:ティナが寝る前に仕事しないか心配】
静は小さく笑って返す。
【静:たぶん大丈夫】
すぐにフォルティナの返事
【フォルティナ:……大丈夫です。おやすみなさい】
静はそれを読んで、ふっと息を吐いた。
便利が、温かさに変わった。
たぶん、こういう小さなやり取りが――次の一日を少しだけ軽くする。
隣の部屋でセリナが小さく歩く音がして、やがて止む。
足元ではツキが丸くなり
「にゃ」
あかねも小さく返し
「きゅ」
ルゥは静の布団の端に鼻先を寄せて
「くぅ」
と鳴いた。
掌に残る連絡板のほのかな温もり。
言葉が届く場所が増えたことで
空白地帯の夜は昨日よりも少しだけ温かいものになっていた。
静は目を閉じる。
(……よかった)
ただそれだけを思って眠りに落ちた。
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物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
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