第9話
大広間に、また人が集まった。
あの夜ほどではないが、それでも100人は下らない。上座には陛下、その脇にルートヴィヒ殿下。壁際には、謹慎中のはずのユリウス殿下の姿まである。前髪は、相変わらず額に張りついたままだった。
広間の中央に、台がひとつ。その上に、拳ふたつ分ほどの透きとおった水晶が据えられている。
「王家の宝物庫に伝わる、判定の水晶にございます」
リーベルト公爵が、朗々と述べた。
「宝物庫番のクラウスが、今朝、取り出してまいりました。魔術院の水晶よりも古く、確かなもの。これで測れば、隠し立てはできませぬ」
わたくしは、水晶を見た。
水晶の上に、小さな砂時計が乗っている。
指の先ほどの大きさで、砂の残りは半分ほど。今朝、誰かが魔法をかけたばかりの量だった。
光の魔法である。触れた者が誰であれ、水晶が光るように。
「では、ヴァルデン嬢。お手を」
わたくしは、台の前に立った。
触れれば光る。わかっていて、触れるしかない。触れなければ、隠し魔力を恐れて逃げたと言われるだけだ。
手のひらを、水晶に当てた。
水晶が、白く輝いた。
広間が、どよめく。父が、壁際で立ち上がりかけるのが見えた。
「ご覧のとおり!」
リーベルト公爵の声が、勝ち誇って響いた。
「10年、魔力なしと偽って宮中に仕えてきた。陛下、定めに従い、この娘を宮中より――」
「恐れながら」
わたくしは、水晶から手を離して言った。
「わたくしの次に、もうお一人、測っていただきたい方がございます」
「何を」
「厩番のテオでございます。宮中の判定記録に、魔力なしと記されている者。今朝、名簿で確かめてまいりました」
陛下が、片手を上げられた。
「呼べ」
ほどなく、日に焼けた少年が衛兵に連れられてきた。藁くずを髪につけたまま、何事かと目を白黒させている。
「テオ。その水晶に、手を当ててちょうだい」
少年は、おずおずと手を伸ばした。
水晶は、白く輝いた。
広間が、さっきとは違う声でざわめく。
「……厩番にも、隠し魔力があったのでございましょう」
リーベルト公爵は、顔色ひとつ変えずにおっしゃった。この方も、崖っぷちで足を止めない種類の方らしい。
「では、確かめましょう」
わたくしは、にっこり笑った。
「テオ。そのまま、手を離さないで。……皆さま、しばらく、この光がいつまで光っているか、ご一緒に見ていてくださいませ」
「何を馬鹿な」
「魔力で光るなら、手を当てているかぎり光り続けるはずでございます。魔法で光るなら、魔法が切れたときに消えるはず。待てばわかることですわ」
リーベルト公爵が、何か言いかけて、やめた。
ここで「待つな」と言えば、待たれて困る理由があると白状することになる。
広間が、静まり返る。
厩番の少年は、手のひらを水晶に当てたまま、泣きそうな顔で立っていた。100人の大人が、黙って自分の手を見ているのだ。無理もない。
わたくしは、水晶の上の砂時計を見ていた。
砂が、細くなる。
「テオ。もう少しよ」
最後の一粒が、落ちた。
水晶の光が、ふっと消える。
少年の手は、水晶に当てられたままだった。
「……消えた」
誰かが、つぶやいた。
「ベルンハルト師」
陛下が、静かにおっしゃった。
魔術院長が進み出て、水晶に両手をかざす。しばらく目を閉じていたが、やがて白ひげを震わせた。
「光の術の名残りがございますな。かけられて、まだ半日と経っておらぬ」
ベルンハルト師は、懐から別の水晶を取り出した。魔術院のものである。
「ヴァルデン嬢。こちらに」
わたくしは、手を当てた。
水晶は、少しも光らなかった。
10年前と同じに。
宝物庫番のクラウスが、その場に膝をついた。衛兵が両脇を固める前から、もう震えている。
「こ、公爵さまに、言われて……」
広間の目が、いっせいにリーベルト公爵へ向いた。
公爵は、口ひげを指先で整えた。整えてから、ゆっくりと口を開く。
「宝物庫番の不始末は、わたくしの監督不行き届き。お詫び申し上げる」
あっさりと、頭を下げた。
そして、顔を上げた。
「されど、陛下。隠し魔力がなかったとして、それが何でございましょう。この娘は、ユリウス殿下の誓いがほどけた夜の当事者。王冠を兄君から弟君へ移した張本人でございます。そのような者を、新しい王太子のおそばに置く理由がどこにある。宮中より出されるべきです」
広間の空気が、ぐらりと傾いた。
うなずく方が、何人もいる。それは、そのとおりだという顔で。
わたくしは、頭の上の重さを感じた。
ここで追い出されたら、殿下の誓いはどうなるのか。わからない。わからないまま、わたくしは何も言えずにいた。
そのとき、上座の脇で、椅子の鳴る音がする。
ルートヴィヒ殿下が、立ち上がっておられた。
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