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「魔力なしの石ころが王妃など笑わせるな」と婚約破棄されましたが、もう少しで聖女さまの魔法が切れますので、どうぞそのままお続けくださいませ  作者: 桜野結
第2部

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第7話

 儀のあと、わたくしは陛下の私室に呼ばれた。


 ルートヴィヒ殿下も一緒である。長椅子の端にちょこんと座って、膝の上で拳を握っておられる。


「望みを聞く前に、ひとつ話しておかねばならぬ」


 陛下は、窓辺に立ったまま切り出された。


「ゆうべ申したとおり、王家の者はみな幼いうちに誓いを負う。だが、神殿が灯をともして見守るのは、王冠に関わる誓いだけだ。王太子の誓いだけ、と言い換えてもよい」


「では、ルートヴィヒ殿下の誓いは」


「今朝、灯がともった。印も置かれた。印は、誓いが関わる者に置かれる決まりでな」


 陛下は、わたくしを見た。


「神官の水盤に映ったそうだ。そなたの上に、と」


 わたくしは、頭の上のことは知らない顔をした。知っている顔をするわけにはいかない。


「……わたくしに、関わる誓いでございますか」


「そうなる」


「どのような」


「知らぬ」


 陛下は、あっさりとおっしゃった。


「誓いの中身は、誓った本人と神殿しか知らぬ。王でも聞かぬのが決まりだ。明かすかどうかは、本人が決める」


 わたくしは、長椅子の端を見た。


 ルートヴィヒ殿下は、耳まで赤くなっておられた。


「殿下」


「言わない」


「まだ何も伺っておりません」


「言わない。絶対に、言わない」


 12歳の王太子殿下は、そう言ったきり、膝の拳を見つめて動かなくなった。


「期限は、ルートヴィヒが18になる夜半の鐘」


 陛下が続けた。


「6年だ」


 6年。


 10年を終えて、一晩休んで、次は6年。胸の内で足してみて、わたくしは少し気が遠くなる。


「さて、望みを申せ」


 陛下は、何事もなかったようにおっしゃる。


 北へ帰りたい。今朝までは、そう申し上げるつもりでいた。


 けれど、誓いの中身がわからない。わたくしが北へ帰ったら、殿下の誓いは破れるのか、破れないのか。破れれば、王冠はまた行き場をなくす。ゆうべ兄君から転がり落ちてきた王冠を、今度はわたくしが蹴飛ばすことになるかもしれないのだ。


 わからないうちは、動けない。


「恐れながら、陛下」


 わたくしは膝を折った。


「ルートヴィヒ殿下の、教育係を務めさせてくださいませ」


 殿下が、ばっと顔を上げた。


「10年、王妃教育を受けてまいりました。国の歴史も、宮中の作法も、諸国の言葉も。使い道がなくなってしまいましたので、どなたかに差し上げたく存じます」


 陛下は、口元を手で覆われた。笑いをこらえておられるのだと、ゆうべで覚えた。


「よかろう」


 そのとき、扉が叩かれた。


 入ってきたのは、神殿で見かけた銀の口ひげの方である。


「失礼を。リーベルトにございます」


 リーベルト公爵。ユリウス殿下の後見人で、第一王子派の筆頭。お名前だけは、王妃教育で何度も聞いた。


「陛下。お耳に入れたいことが。……おや、ヴァルデン嬢もおいででしたか。ちょうどよい」


 公爵は、わたくしに丁寧すぎる礼をした。


「申し上げにくいことながら、婚約を解かれたご令嬢が、そのまま宮中にとどまるのは外聞がよろしくない。ましてや、ユリウス殿下が王冠を失われた夜の当事者でいらっしゃる。早々に、ご領地へお帰りになるのがよろしいかと」


 親切そうな声だった。


 ユリウス殿下の後見人が、わたくしを王宮から出したがっている。昨日まで王冠を戴くはずだった方の後見人が。


 頭の上で、砂が細く落ちている。


「この娘は、今日からルートヴィヒの教育係だ」


 陛下が、短くおっしゃった。


 公爵は、ほんの一瞬だけ黙った。それから、また丁寧に礼をする。


「それは、それは。存じませなんだ」


◇


 教育係の務めは、翌日から始まった。


 ルートヴィヒ殿下は、聡い方である。地図を一度見れば国境を覚え、税の仕組みを一度聞けば、なぜその税が嫌われるのかまで言い当てる。兄君の前髪の魔法よりも、ずっと役に立つ頭をお持ちだ。


「姉上。この条約の三条目は、おかしくないか」


 殿下は、わたくしを「姉上」と呼ぶ。兄の婚約者だったころからの呼び方で、今さら変える気はないらしい。


「どこが、おかしいと思われます」


「隣国にばかり得がある」


「ご名答。先々代の陛下が、戦を終わらせるために呑まれた条です」


 殿下は満足げにうなずいて、次の頁をめくる。


 誓いのことは、一度も口になさらない。わたくしも聞かない。ただ、頭の上の砂時計は、毎朝見上げている。6年分の砂の落ち方を、また一から覚えなければならないのだから。


 6日目の昼下がりのこと。


 回廊の向こうから、聞き覚えのある大声が響いてきた。


「エリシア! エリシアはどこだ! 生きておるのか!」


 殿下が、羽根ペンを取り落とした。


 わたくしは、目を閉じた。


 父である。


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