↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「魔力なしの石ころが王妃など笑わせるな」と婚約破棄されましたが、もう少しで聖女さまの魔法が切れますので、どうぞそのままお続けくださいませ  作者: 桜野結
第9部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
59/60

第59話

ブラント伯が、盆を捧げたまま、陛下の前に膝をつく。


 陛下は、王冠を手に取り、頭に戴いた。


 陛下の頭の上の砂時計と、王冠の石の上の砂時計が、並ぶ。ふたつの砂は、同じ速さで、最後の一筋を落としつづけている。


 大祭の祈りが、始まった。


 神官長が祝詞を読み上げる。長い。いつもより、ずっと長く感じる。


 わたくしは、陛下の頭の上だけを見ていた。


 祈りが終わると、ブラント伯が進み出た。


「陛下。冠を戴かれた今こそ、お心をお示しくださいませ」


 よく通る声である。


「王妃陛下を、このまま妃として置かれますか。それとも、術から醒められた陛下の、まことのお心のままに」


 大広間が、しんとなった。


 陛下が、わたくしを見る。


 わたくしは、一歩、前に出た。


「陛下。お答えになる前に、ひとつだけ、お願いがございます」


「申せ」


「その王冠の、青い石を、割ってくださいませ」


◇


 大広間が、どよめいた。


「何ということを!」


 ブラント伯が、声を荒げる。


「7代の王が戴いてこられた冠を、割れと! それこそ、王妃陛下が陛下を術で縛っておられた証。思い出させるふりをして、王家の宝を――」


「その石の上に、砂時計が乗っております」


 わたくしは、ブラント伯ではなく、陛下を見て言った。


「陛下の頭の上のものと、同じ大きさ。同じ速さ。忘却の術の器でございます。陛下の、わたくしについての思い出が、すべて、その中に」


「証は」


「ございません。見えるのは、わたくしだけでございます」


 ほんとうは、ふたりいる。


 広間の隅で、ミーナに手を引かれたロッテが、口を開きかけていた。わたくしは、娘のほうを見ずに、ほんのわずかに首を振る。


 ロッテは、唇を噛んで、黙った。


 娘の目のことは、ここでは言わない。言えば、この子は今日から、宮中じゅうに頭の上を見上げられる子になる。


「ベルンハルト師」


 陛下が、低く呼んだ。


 師は、杖をついて、陛下の前に進み出た。王冠に手をかざし、目を閉じる。


「石の上、と、言われたな」


「はい」


 師の眉が、ゆっくりと寄った。


「……ある。忘却の術の、封だ」


 ブラント伯の顔から、色が引く。


「師は、王妃陛下の師でございます! 退かれたとはいえ――」


「わしは、誰の師でもない」


 師は、ブラント伯を見もせずに言った。


「薔薇の世話をしておる、ただの年寄りだ。年寄りは、見たものしか言わん」


 ブラント伯は、陛下に向き直る。


「陛下。お考えくださいませ。この冠を割れば、もう元には戻りませぬ。割って、何も思い出されなかったら。王家の宝を、ひとりの女の言葉で失ったことになります」


 大広間の、いくつもの顔が、うなずいた。


「陛下」


 わたくしは、陛下の頭の上を見上げた。


 砂は、もう、上の玉の底に、ほんのひとつまみ。


「お時間が、ございません」


 ブラント伯が、一歩踏み出した。


「ならば、冠は私が、宝物庫へお戻しいたします。このような騒ぎの中に、王家の宝を置いてはおけませぬ」


 盆を差し出す手が、わずかに震えている。


「下がれ」


 陛下の声が、低く響いた。


「冠は、私が戴いている。お前のものではない」


 ブラント伯は、盆を差し出したまま、動けない。


◇


 陛下は、王冠を頭から外した。


 両手で持って、青い石を見下ろす。陛下には、砂時計は見えない。ただ、金と青の、古い冠があるだけだ。


「割れば、思い出すのだな」


「はい」


「割らなければ」


「二度と、思い出されません」


 陛下は、顔を上げた。


 わたくしの顔を見る。それから、ほんの少し、目を上に。


 わたくしの頭の上を。


「……何もないな」


 陛下の口から、その言葉がこぼれた。


 陛下ご自身が、驚いた顔をしている。


 わたくしは、声が震えないように、ゆっくりと答えた。


「はい。何も」


 陛下は、何も言わなかった。


 王冠を、大理石の床に置く。腰の剣を抜いて、柄頭を、青い石の上に振り下ろした。


 澄んだ音が、大広間に響く。


 石が、割れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。