第52話
7つの祝いの日は、よく晴れた。
昼は神殿で、ロッテの名を神々に告げ直す。夜は大広間で、宮中の皆が王女の7つを祝う。この国の、古い習わしである。
大広間に入るなり、ロッテは天井を見上げて、小さく息をのんだ。
数えきれない燭台の上に、数えきれない砂時計。7年前の試しの日に、わたくしが見上げたのと、同じ景色だ。
「おかあさま。花が咲いているみたい」
「そうでしょう」
わたくしも、7歳の秋に、はじめてこれを見た。あのときは、怖くて泣いた。この子は、笑っている。
ロッテの頭の上で、ふたつの砂時計が、どちらも底を見せかけていた。
大きいほうは、夜明けに。小さいほうは、おそらく夜半の鐘のころに。
広間の隅には、ハーゲン侯がいる。灰色の衣の従者を、ひとり連れていた。ゼーレンの魔術師だと、アルノーが耳打ちしてくれた男である。
近衛は、いつもより多く広間に入れてある。北の砦からは、まだ何の知らせもない。
宴の始まりに、陛下はロッテの手を取って、広間の真ん中で一曲踊った。足もとのおぼつかない娘を、ほとんど抱え上げるようにして回している。
広間じゅうが、微笑んでいた。
ロッテは、回りながら、ちらちらと父親の頭の上を見ている。整髪の術の砂時計が、気になって仕方がないのだ。笑いを噛み殺している娘の顔を、陛下は、楽しくて笑っているのだと思っておられる。
◇
宴が半ばを過ぎたころ、ハーゲン侯が、わたくしの前に来た。
「王妃陛下。お祝いを申し上げます」
深々と、頭を下げる。
「王女殿下は、お母君によく似ておられる」
「父親似だと、よく言われます」
「ほう。眉のあたりでしょうか」
ハーゲン侯は、穏やかに笑った。
「縁組のお返事は、明日いただけると伺いました。若い王も、楽しみにしておられます。……もっとも、王妃陛下は気が進まぬご様子だとか」
「どなたが、そのように」
「評定の間の、どなたかが」
わたくしは、扇を開いた。
「20年の和平でございましたわね」
「さようです」
「20年の誓いにしては、ずいぶん小さな砂時計でございました」
ハーゲン侯の笑みは、崩れない。
「砂時計のことは、存じません。私には見えませんので」
広間の奥で、楽の音が大きくなった。
輪舞の始まりである。
ロッテは、輪の中で、同じ年ごろの子どもたちと手をつないでいたはずだった。
ふと、見る。
輪が、回っている。白い衣の子どもたちが、笑いながら回っている。
ロッテが、いない。
◇
わたくしは、子どもの輪から目を上げた。
人の顔ではなく、人の頭の上を探す。7歳の秋から、ずっとそうしてきたように。
いた。
広間の東の扉の前。大人の胸ほどの高さに、両手で抱えるほどの金の砂時計と、指先ほどの砂時計が、並んで浮いている。
その下に、娘の姿はない。
すぐそばに、砂時計がもうふたつ。ひとつは、大人の胸もとのあたり。もうひとつは、ふたつの誓いのすぐ下で、何かを包むように揺れていた。
姿隠し。
扉が、誰の手もなしに、細く開く。砂時計たちが、するりと出ていった。
振り向くと、ハーゲン侯は、まだわたくしの前で微笑んでいる。
「陛下」
わたくしは、扇を落とした。
「ロッテが、東の扉から」
陛下は、わたくしの顔を見て、何も聞かなかった。剣の柄に手をかけて、もう走り出している。
◇
東の回廊に出ると、砂時計は、ふた手に分かれていた。
左の階段を下りていく、胸の高さの砂時計がひとつ。何かを包む砂時計が、ひとつ。
右の回廊を奥へ進んでいく、胸の高さの砂時計がひとつ。何かを包む砂時計が、ひとつ。
同じ大きさ。同じ速さ。どちらが娘なのか、術の砂時計だけでは、わからない。
ゼーレンの者は、考えていたのだ。見える者が、追ってくることを。
けれど、娘の頭の上に何が乗っているかまでは、知らなかった。
ふたつの誓いの砂時計は、右にだけ浮いている。
ひとつは、7年前の陛下の誓い。誰にも真似のできない、両手で抱えるほどの金の砂時計。
「右です」
わたくしは、裾をつかんで走り出した。
「陛下の誓いが、娘の居場所を教えてくれます」
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