第50話
「ええ。見ていたわ」
わたくしは、娘の頭の上を見上げた。
金の枠に、白い砂。両手で抱えるほどの、陛下の誓いの砂時計。7年かけて落ちてきた砂は、もう、底のほうにわずかしか残っていない。
その隣に、もうひとつ。
指先ほどの、小さな砂時計が乗っていた。
「おとうさまのより、ずっと小さい」
ロッテが言う。
「小さいのは、短いの?」
「ええ。誓いの砂時計の大きさは、誓いの長さで決まるの」
7年の誓いで、両手で抱えるほど。
では、20年の誓いなら。
わたくしは、窓の外に目をやった。馬車は、王都の石畳をゆっくりと進んでいく。
20年の誓いが、7年の誓いより小さいはずがない。
◇
新しい砂時計の速さは、ひと晩見なければわからない。
その夜、わたくしは、眠った娘の枕もとに座っていた。燭台の灯りを落として、小さな砂時計を見る。
砂は、細く、絶えず落ちている。
夜が明けるころには、硝子の中で、砂の山がはっきりと低くなっていた。
……ひと晩で、これだけ。
ふたつの砂時計を、見比べる。大きいほうの底に残った砂と、小さいほうの砂。落ちきるのは、どちらも、7つの祝いの夜のうちになる。
「おかあさま」
ロッテが、目をこすりながら起き上がった。
「ずっと、そこにいらしたの?」
「少しだけね」
「また、小さくなってる」
娘は自分の頭の上を見上げて、眉を寄せた。
「おかあさま。あのおじさまは、嘘をついたのですか」
わたくしは、少し考える。
「嘘は、ついていないと思うわ」
ゼーレンの者は誓いを破らない、と宰相から聞いたことがある。破れば、神殿の灯が音もなく消える。使節がそれをすれば、国の恥になるのだ。
「越えない、のは本当。……いつまで、を、仰らなかっただけ」
◇
朝の支度に来たミーナは、話を聞くなり、ロッテの前にしゃがみこんだ。
「姫さま。ミーナの頭の上には、何か乗っておりますか」
ロッテは、じっと見上げてから、首を振る。
「何も」
「ようございました」
ミーナは、大まじめにうなずいた。
「では、姫さま。見えることは、しばらく、ミーナと、おかあさまと、おとうさまだけの秘密にいたしましょう。見える方は、見えない方より、少しだけ損をなさいますので」
ロッテが、わたくしを見る。
わたくしは、うなずいた。
見えることで、損をした日も、得をした日もある。誰に言うかは、この子が自分で決めればいい。それまでは、宮中の誰も、王女の目のことを知らなくていい。
ゼーレンの使節も。
◇
「つまり、あの男の誓いは、祝いの夜までしかない」
陛下は、わたくしの話を聞き終えると、低く言った。
「はい。そのあとは、川を越えても、誓いには背きません」
「祝いの夜に、何をする気だ」
「わかりません」
わかっているのは、ひとつだけ。20年の和平という言葉は、7つの祝いの夜で、空になる。
その日の評定で、わたくしは、使節の誓いが祝いの夜で切れることを申し上げた。
返ってきたのは、気まずい沈黙である。
「恐れながら」
軍務卿が、口を開いた。
「王妃陛下のお目を、疑うつもりはございません。7年前に、あれほどのものを見せていただきましたから。……ですが、砂時計の大きさで誓いの長さがわかるというのは、はじめて伺います」
「わたくしも、20年の誓いを見るのは、はじめてでございます」
「では、見誤りということも」
軍務卿は、言葉を選ぶように続ける。
「母君が王女殿下を遠くへやりたくないのは、無理もないことです。ですが、それで20年の和平をふいにしては」
評定の間に、うなずく気配がした。
今度は、甘い匂いはしない。皆、ただ和平を欲しがっているだけだ。
それが、いちばん厄介である。
陛下が、卓を指で叩いた。
「縁組の返事は、祝いのあとだと言った。それまでは、何も変わらない」
評定は、それで終わる。
回廊に出ると、陛下は侍従を呼んで、短く命じた。
「北の砦へ、早馬を。ユリウスに、祝いの夜は川を見ていろと伝えろ。……軍務卿には、言わなくていい」
わたくしは、陛下を見上げた。
「信じてくださるのですか」
「お前の目を疑ったことは、一度もない」
陛下は、そっぽを向く。耳が赤い。
「12のときから、一度も」
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