第49話
「おかあさま。わたしの頭の上の砂は、あと何日で落ちきりますか」
娘がそう尋ねたのは、7つの祝いを8日後に控えた、秋の朝のことである。
ロッテは、寝台の上にきちんと座って、まっすぐにわたくしを見ている。陛下と同じ形の眉が、きゅっと寄っていた。
「落ちきったら、わたしは死ぬのですか」
わたくしは、手にしていた櫛を置いた。
来た、と思う。
ロッテが7つになった夏の終わりから、わたくしは毎朝、娘の目を見てきた。天井を見上げるかどうか。燭台の上で、目が止まるかどうか。
わたくしの目が開いたのは、7歳の秋。この子が同じ目を継いでいるなら、そろそろのはずだった。
「いつから、見えているの」
「5日前から」
「どうして、すぐに言わなかったの」
ロッテは、少し考えてから答えた。
「おかあさまが、毎朝わたしの目を見ておられるので。何か知っておられるのだと思って、先に、自分でよく見ておこうと」
……誰に似たのだろう。
わたくしは、娘の隣に腰を下ろした。
「死にません」
「本当に?」
「本当に。それは、あなたの寿命ではないの。おとうさまの、誓いの砂時計」
◇
7年前、誕生の儀の日に、陛下はこの子のために誓いを立てている。中身は神官長にだけ告げて、わたくしにも仰らなかった。
わたくしも、聞かずにきた。この子が自分で聞けばいい、と。
その日が、来たのである。
朝餉の席で、ロッテは、さっそく父親に尋ねた。
「おとうさま。わたしの頭の上の誓いは、何ですか」
陛下の匙が、止まる。
それから、ゆっくりとわたくしを見た。
「……見えるのか」
「5日前からだそうです」
陛下は、娘の頭の上を見上げた。何も見えないはずなのに、そこにあるものの重さを確かめるように、長いこと。
「落ちきる日に、教える」
「それは、いつですか」
「7つの祝いの夜が、明けるときだ」
ロッテは、不満そうに頬をふくらませる。それでも、それ以上は聞かなかった。父親が一度言い出したら引かない人だということを、7年かけて、よく知っているのだ。
◇
その日の昼、ゼーレンの使節が王都に着いた。
ハーゲン侯という。先の王が亡くなり、ゼーレンには若い王が立っている。その名代として、ハーゲン侯は、ふたつのものを携えてきた。
ひとつは、ヘルム川をはさんだ、20年の和平。
もうひとつは、縁組の申し入れ。ゼーレンの第2王子と、わが国の王女との。
ロッテのことである。
謁見の間で、ハーゲン侯は穏やかに頭を下げた。白髪まじりの、品のいい男である。
「この数年、川をはさんで、つまらぬ小競り合いが続いております。若い王は、それを憂えておられる。王女殿下をお迎えできれば、両国は親戚になります。親戚は、川を越えて殴り合ったりはいたしません」
評定の間に戻ると、うなずく顔が多かった。
「悪い話ではございません」
軍務卿が言う。7年前、魅了の香の一件で、誰よりも先に膝をついた方だ。あれからずっと慎重で、ずっと戦を嫌っている。
「この数年の小競り合いで、北の兵はくたびれております。20年の和平が買えるなら、安いものかと」
陛下は、しばらく黙っていた。
「返事は、7つの祝いのあとだ」
「なぜ、祝いのあとに」
「祝いのあとだ」
陛下は、それ以上を言わない。評定の間が、ざわついた。
わたくしには、わかっていた。誓いの砂が落ちきるまで、陛下は、娘のことを何ひとつ決めない気なのだ。
◇
翌日、ハーゲン侯は、神殿で誓いを立てたいと申し出た。
「和平の誓いを、先に。縁組のお返事は、そのあとで結構でございます。ゼーレンの本気を、まずお目にかけたい」
宮中の主だった者が、神殿に集まる。王女の縁組に関わる誓いなので、ロッテも白い衣を着せられて、祭壇の脇に立った。
ハーゲン侯は祭壇の前に進み、神官長にだけ聞こえる声で、誓いを告げる。
それから振り返って、皆に言った。
「ゼーレンの兵は、ヘルム川を越えない。そう、誓いました」
神殿の奥に、灯がともる。
ロッテの小さな肩が、ぴくりと動いた。
祭壇の脇から、娘がわたくしを見る。それから、自分の頭の上を、そっと見上げた。
帰りの馬車で、ロッテは、わたくしの袖を引いた。
「おかあさま。ふたつになりました」
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