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「魔力なしの石ころが王妃など笑わせるな」と婚約破棄されましたが、もう少しで聖女さまの魔法が切れますので、どうぞそのままお続けくださいませ  作者: 桜野結
第9部

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第45話

アルノーの目の下には、隈ができていた。


 献上品は、日に日に増えていく。生まれてくる子のための産着、揺り籠、銀の匙、木彫りの馬。アルノーはそのひとつひとつに手を当て、目を閉じて、術がかかっていないか確かめる。わたくしなら部屋に入ってひと目で済ませていたことに、アルノーは夜半までかかっている。


「少し、休みなさい」


「王妃陛下こそ」


 アルノーは、木彫りの馬から手を離す。


「オルデン伯の氷室で、術を切らさずにかけつづけておりましたときより、ずっと楽でございます」


「ひとつ、聞いてもいいかしら」


「何なりと」


「身につけるものに術をかけたら、それを身につけている人にも効くの」


「効くように組めば、効きます。陛下の外套の防寒が、そうでございました」


 アルノーは、指を1本立てた。


「ただし、身につけているあいだだけでございます。外套を脱げば、陛下は寒い。外せば、そこで終わりです」


◇


 部屋に戻り、寝台の端に腰を下ろす。


 考えなければならない。見えないのなら、考えるしかない。


 2年、何も言ってこなかった公爵が、わたくしの目が消えて3日目の朝に、申し立てを持ってきた。


 公爵は、知っていたのだ。わたくしが、見えなくなったことを。


 評定の間の、甘い匂い。公爵が口を開くたびに増えていく、うなずく顔。2年前、娘の扇に魅了の香を封じた家である。同じ家は、同じ手を使う。


 わたくしの目があれば、公爵の胸もとに何が乗っているか、評定の間に入った瞬間にわかる。


 だから、先に、目を塞いだ。


 見えなくなったのではない。見えなくされたのだ。


 では、どこに。


 師は、目には何の術もないと言った。ならば、目ではない。身につけているもの。それも、外せば終わる術なら、わたくしが決して外さないもの。


 髪飾りは、毎晩外す。耳飾りも、指輪も。寝間着は、毎朝替える。


 わたくしは、ゆっくりと腹に手を当てた。


 子が生まれるまで、決して解かない帯。神殿の者のほかは、誰も触れられない帯。魔術院の師でさえ、手を出せない帯。


 見える者の目を塞ぐなら、わたくしなら、どこに術を隠すか。


 見える者が、毎朝自分の目で確かめて、安心している場所に。


 思い出したことがある。


 見えなくなる前の晩、燭台の砂が、いつもより薄く見えた。疲れのせいだと、気にも留めずに。


 その日の朝も、クラリッサ様は、いつものように帯を締め直していた。


◇


「お嬢さま」


 ミーナが、寝支度の湯を運んできた。


「ひとつ、申し上げてもよろしいですか」


「遠慮したことなんて、一度もないでしょう」


「では」


 ミーナは、湯桶を床に置く。


「クラリッサ様のことでございます。近ごろ、帯に手を当てておられるのが、前より長うございます。前は、ひと撫ででございましたのに」


「近ごろって、いつから」


「お嬢さまが天井をお見上げにならなくなった、その前の朝からでございます。いつもより長いと思ったのを、覚えております」


 わたくしは、息を止めた。


「……見ていたの」


「お嬢さまがご覧になれないので、わたくしが」


 ミーナは、ぺこりと頭を下げて出ていった。


◇


 陛下は、話を聞き終えるなり、立ち上がる。


「今すぐ、帯を解こう」


「なりません」


「なぜだ」


「今夜解けば、わたくしには結び直せません。神殿の結び方でございますから。明日の朝、解かれた帯を見れば、クラリッサ様は、気づかれたと知ります」


 わたくしは、陛下の袖を引いて、座り直していただく。


「それに、確かめなければならないのは、わたくしひとりではございません。宮中の皆さまの前で、見えることを証さなければならないのです。公爵閣下の胸もとに、何が乗っているかも」


「では、どうする」


「明日の朝、いつものとおり、クラリッサ様に帯を締めていただきます」


 陛下が、眉をひそめた。


「術を、かけ直させるのか」


「はい。今朝かけたばかりの術を、今朝帯を締めた方の前で、解いてお見せします」


 陛下は、しばらく黙っておられた。


「外れていたら」


「そのときは、宮中の皆の前で神殿の帯を解いた、不吉な王妃でございます。おまけに、見えない石ころの」


「それでもいい」


 陛下は、わたくしの手を取る。


「石ころでいい。6歳のときから、私は、石ころの姉上が好きだった」


 わたくしは、笑った。


 笑ったら、少しだけ、泣きそうになる。


 明日の朝、クラリッサ様に、帯を締めていただかなければならない。


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