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「魔力なしの石ころが王妃など笑わせるな」と婚約破棄されましたが、もう少しで聖女さまの魔法が切れますので、どうぞそのままお続けくださいませ  作者: 桜野結
第8部

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第41話

館の荷馬車に藁を敷き、陛下とアルノーを寝かせて、夜のうちに館を出た。


 館の家令と下男たちは、騎士をふたり残して見張らせる。伯の手の者が、王都へ先回りして知らせを走らせないように。


 街道へ戻るまでに、夜が明けた。


 雪は、やまない。


 わたくしは、荷馬車の御者台に座り、ときどき振り返っては頭の上を見上げる。砂は、ゆうべより目に見えて減っていた。目に見えるほど減るということは、残りが少ないということでもある。


 王都まで、早馬なら3日。荷馬車なら、4日はかかる。


 鐘までは、3日と少し。


「荷馬車では、間に合わない」


 ユリウス殿下が、馬を寄せてきて言った。


「次の駅で、陛下を馬に乗せる。俺が後ろから支える」


「脚が」


「折れているのは、脚だけだ。腕は使える」


 荷馬車の中から、陛下の声がする。


「乗る」


◇


 38日目、吹雪になった。


 前を行く騎士の背中が、白くかすんで見えなくなる。馬は雪に脚をとられ、駅から駅までの道のりに、晴れた日の倍の時間がかかる。昼に着くはずの駅に着いたのは、日が暮れてからだった。


 駅の者が、気の毒そうに首を振った。


「この先の山越えは、今夜はとても。明日も、雪がやむかどうか」


 山を越えなければ、王都へは出られない。越えるのに、まる1日。越えてから王都まで、さらに1日半。


 わたくしは、頭の上を見上げた。


 足りない。


 吹雪が明日の昼までにやんでも、王都に着くのは、鐘の半日あと。


 駅舎の土間で、誰も口をきかない。騎士たちは濡れた外套を炉にかざし、アルノーは藁の上で眠り、陛下は壁にもたれて、黙ってわたくしの頭の上を見ていた。


 沈黙を破ったのは、ユリウス殿下だった。


「山は、越えない」


 殿下は、炉の灰に、火かき棒で線を引きはじめる。


「この駅から南へ、炭焼きの道がある。地図には載っていない。砦の炭を運ぶ荷車が使う道だ。山を巻いて、川沿いに下りる。王都の東の、粉挽きの村へ出る」


「荷車の道を、馬で」


「狭いが、雪が溜まりにくい。谷の風が吹き払う」


 殿下は、灰の上の線に、点をいくつか打った。


「炭焼き小屋が4つ。そのうち3つに、替え馬を置いている。砦が炭を運ばせるために、年に銀貨40枚で預けている馬だ。帳簿に、毎月つけている」


 殿下は、火かき棒を置く。


「この道なら、山を越えるより半日早い」


 わたくしは、殿下を見た。


 何年か前、弟君の成人の夜会で再会したとき、殿下は広間の隅で、北の砦の食事がひどいという話ばかりしておられた。帳簿係をしていると聞いて、わたくしは少し笑ったのだ。


「……毎晩、数えておられたのですね」


「数えるほかに、することがない砦だ」


◇


 39日目の夜明け前に、駅を出た。


 炭焼きの道は、ほとんど獣道である。片側は崖、片側は凍った沢。月明かりを頼りに、馬を1頭ずつ進ませる。陛下は、ユリウス殿下の前に乗って、兄君の腕に支えられていた。


 1つ目の炭焼き小屋で、馬を替える。


 2つ目では、替え馬が2頭足りなかった。騎士がふたり、そこに残る。


 アルノーは、馬の背で、ずっと手を動かしていた。馬に防寒の術をかけ、陛下にかけ、わたくしにかけ、また馬に戻る。小さな砂時計が、次から次へ、皆の肩や鞍の上に乗っていく。


「アルノー、もうおやめなさい」


「あと少しで、ございます」


 3つ目の小屋に着いたとき、アルノーは馬から滑り落ちて、雪の上で動かなくなった。息はある。眠っているだけだと、騎士が言った。


 アルノーを小屋に残し、騎士をひとり付ける。


 供は、騎士が4人になっていた。


◇


 40日目。


 川沿いの道を、日暮れまで駆けどおした。粉挽きの村で、最後の馬を替える。村の者たちが、雪まみれの一行を見て、何事かと戸口から顔を出した。


 王都の東門まで、もうひと息。


 日は、とうに落ちている。


 わたくしは、頭の上を見上げた。上の玉の砂は、もう、指先でつまめるほどしか残っていない。


「ユリウス殿下」


「わかっている」


 殿下は、陛下を自分の前に抱え直した。


「俺が、先に行く」


「殿下」


「大広間では、軍務卿が冠を用意して待っているはずだ。俺がいなければ、あいつは、鐘が鳴りきる前に俺を探しに人を出す。広間に誰もいなければ、それだけで騒ぎになる。俺が先に入って、冠の前に立っておく。手を出さずに」


 殿下は、陛下を、わたくしの馬の前へ移した。わたくしの腕の中に、陛下の重みが預けられる。


「エリシア」


 殿下が、わたくしの名を呼んだ。婚約者だったころにも、数えるほどしか呼ばなかった名を。


「弟を、頼む」


 殿下の馬が、雪を蹴って駆け出していく。


 わたくしは、手綱を握り直した。腕の中で、陛下が小さく息を吐く。


「……兄上は、変わったな」


「陛下も、でございます」


 丘をひとつ越えると、目の前に王都の東門があった。


 数えきれない灯の向こうに、王宮の大広間の窓が、ひときわ明るく光っている。新年の夜会の灯だ。喪の支度をしていた王宮が、それでも夜会の灯だけはともしている。


 冷たい夜気を割って、遠く、低い音が響いてきた。


 神殿の鐘。


 夜半を告げる、1打目だった。



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