第27話
成人前夜の舞踏会は、6年前と同じ大広間で開かれた。
天井には、硝子の燭台が数えきれないほど吊られている。そのひとつひとつに小さな砂時計が乗っていて、わたくしの目には、天井いっぱいに砂時計が咲いているように見える。楽団の弦にも、貴婦人がたの髪飾りにも。6年前と、何も変わらない景色。
変わったのは、わたくしの立つ場所である。
壁際ではない。上座の脇、王太子殿下の斜め後ろ。
広間には、懐かしい顔がいくつもあった。
北の領地から出てきた父は、白髪がずいぶん増えた。隣には、日に焼けたユリウス殿下。北の砦から、弟君の成人を見届けに戻ってこられたのだ。束ねた金の髪に、魔法はかかっていない。広間の隅では、ミーナが料理番の夫と並んで、こちらに小さく手を振っている。
そして、上座には陛下。
陛下は、玉座に深く身を沈めておられた。お顔の色は、蝋のように白い。けれど背筋だけは、6年前と同じに伸ばしておられる。
頭の上の砂時計は、昨日よりも、また少し減っていた。
宴の合間に、父がわたくしのそばへやってきた。
「明日には、終わるのだな」
「はい。夜半の鐘で」
「6年前は、遺書だった」
父は、杯を傾けながら言った。
「今年は、何も届かなかった。届かぬことが、こんなにありがたいとはな」
「お父さまには、もう一生、遺書は書きません」
「一生は長いぞ」
「では、お父さまより長生きする予定でおります」
父は、目尻に皺を寄せて笑う。白くなった髪が、燭台の火に光った。
ユリウス殿下は、広間の隅でミーナの夫と話しこんでおられた。北の砦の食事がいかにひどいか、という話らしい。料理番は真剣に聞き入り、何やら献立を書きつけている。
ミーナが、こっそり寄ってきた。
「お嬢さま。厨房のコレットさんから、言付けです」
「何かしら」
「『ざまあみろって言いに来たら、芋を剥かせてやる』だそうです」
わたくしは、扇の陰で吹き出した。6年前、あの方とこの広間で向かい合ったときは、片方が嘘を剥がされ、片方が剥がす側にいた。今は、芋の話をしている。
6年は、長い。
◇
夜半の一刻前。
楽団の曲が終わったところで、陛下が侍従に何か耳打ちをなさった。侍従が進み出て、広間に告げる。
「陛下より、お言葉がございます」
広間が、静まり返った。
陛下は、玉座の肘掛けに手をついて、ゆっくりと立ち上がられた。侍従が支えようとするのを、片手で制される。
「ヴァルデンの娘。前へ」
6年前、ユリウス殿下が同じ言葉でわたくしを呼んだ。同じ大広間で、同じ夜に。
人の輪が割れて、わたくしと陛下のあいだに、磨かれた床がまっすぐに伸びた。
わたくしは、前へ出た。膝を折る。
「そなたは、6年前の夜から、ルートヴィヒに仕えてくれた。その前の10年は、ユリウスの婚約者として、王家に縛られた。都合16年」
陛下の声は、細かった。けれど、広間の隅まで届いた。
「もう、十分だ」
陛下は、侍従から一巻の羊皮紙を受け取られた。
王の印章の、赤い封蝋。
「今宵限りで、そなたの宮仕えを解く。夜半の鐘を待たず、今この場で、王宮を下がるがよい。……これは、勅命である」
広間が、凍りついた。
夜半の鐘を待たず、今この場で。
誰もが、同じことを考えたはずだった。殿下の誓いは、わたくしが自分で出ていくと言うまで、誰にも追い出させないこと。わたくしが自分で言うのではなく、王の命令で追い出されれば。
夜半まで、あと一刻。
殿下の誓いは、破れる。
わたくしは、膝を折ったまま、陛下を見上げた。
陛下の頭の上の砂時計を。
残りわずかな砂が、細く、細く落ちている。夜明けまで。
――ああ、そういうこと。
6年前の夜、陛下はおっしゃった。魔力のない娘を選んだのは、ユリウスが必ず不満を持つと思ったからだ。不満を持ってなお守り通せるか、見たかった、と。
陛下は、最後に、もう一度だけ見たいのだ。
王の命令に背いてでも、誓いを守り通せるかどうかを。
残りの命を延ばしてまで、この夜まで生きておられたのは、きっと、このため。
わたくしの後ろで、椅子の鳴る音がした。




