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「魔力なしの石ころが王妃など笑わせるな」と婚約破棄されましたが、もう少しで聖女さまの魔法が切れますので、どうぞそのままお続けくださいませ  作者: 桜野結
第5部

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第21話

 宮中の声は、半日で一色に染まった。


 ――やはり、兄君の差し金だったのだ。


 ――王冠を失って、まだ諦めておられなかった。


 ――弟君の命まで狙うとは。


 書状の私印は本物だった。宰相が、古い文書の封蝋と照らし合わせて確かめている。ユリウス殿下の紋章を彫った指輪は、殿下ご自身しか持っていない。


 王族が王太子の誓いを破らせようと企めば、それは王冠への叛逆になる。兄であっても、変わらない。


 陛下は、すぐには裁きを下されなかった。


「離宮へ使いを出す。本人に、書状を見せて問え」


 そして、使いの名に、わたくしを挙げられた。


「ヴァルデンの娘。そなたの目で見てこい。見えるものも、見えぬものも」


 ルートヴィヒ殿下が、何か言いかけて口を閉じた。行くなとも、行けとも言わない。ただ、わたくしの頭の上を、じっと見上げておられた。


◇


 離宮は、王都の東の外れ、丘の上の古い館だった。


 門をくぐって、わたくしは足を止めた。


 何もない。


 門扉の錠にも、庭の噴水にも、窓の硝子にも。王宮ならどこにでもある砂時計が、ひとつも乗っていない。ゼーレンの使節団と同じ、魔法のない館。


 けれど、使節団のときのような作られた空白とは、どこか違う。手入れされていない庭。止まったままの噴水。錠のかわりに、太い閂。魔法を避けたのではなく、魔法をかける手間を、誰もかけなくなった館だった。


 出迎えたのは、腰の曲がった老執事ひとり。


「殿下は、裏の庭においでです。お呼びしてまいりますので」


 応接の間までの廊下で、老執事はぽつりぽつりと話した。離宮に移ってから、殿下は侍女も侍従も王都へ帰してしまったこと。整髪の魔法も、衣の皺よけも、燭台の灯りの魔法も、「要らん」の一言で断ったこと。夜は蝋燭を一本だけ灯して、遅くまで書き物をしていること。


「わたくしめの若いころの王族の方々は、魔法なしでは一日もお過ごしになれませんでした。殿下は、この半年でずいぶん、ものの見え方が変わられたようで」


 見え方、という言葉が、少しだけ耳に引っかかった。


 応接の間に通されて、しばらく待つ。


 扉が開いて、ユリウス殿下が入ってこられた。


 半年ぶりにお会いする殿下は、少し痩せておられた。金の髪は伸びて、うなじで無造作に束ねてある。前髪は額に下りたまま。整髪の魔法は、もうかけていないらしい。


 頭の上には、何もなかった。


「……何の用だ」


 殿下は、わたくしの向かいの椅子に、どさりと腰を下ろした。


「王宮の使いが、よりによっておまえとはな」


「陛下のご命令でございます」


「父上も、人が悪い」


 殿下は、窓の外を見た。


「花祭りで、ルートヴィヒが狙われたそうだな。それで私を疑って、おまえを寄越した。違うか」


「違いません」


 わたくしは、書状を卓の上に置いた。


「ゲルハルト侍従長の屋敷から出てきたものです。殿下の私印がございます」


 殿下は、書状を手に取った。


 文面に目を落とす。一行しかない文を、何度も読み返している。


 長い沈黙のあと、殿下は書状を卓に戻した。


「私の封蝋だ」


 そこで、言葉を切った。


 窓の外を見たまま、殿下はもう一度、口を開いた。


「私の封蝋だ。だが」


 殿下の声は、ひどく静かだった。


「その字も、私の字だ」


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