第21話
宮中の声は、半日で一色に染まった。
――やはり、兄君の差し金だったのだ。
――王冠を失って、まだ諦めておられなかった。
――弟君の命まで狙うとは。
書状の私印は本物だった。宰相が、古い文書の封蝋と照らし合わせて確かめている。ユリウス殿下の紋章を彫った指輪は、殿下ご自身しか持っていない。
王族が王太子の誓いを破らせようと企めば、それは王冠への叛逆になる。兄であっても、変わらない。
陛下は、すぐには裁きを下されなかった。
「離宮へ使いを出す。本人に、書状を見せて問え」
そして、使いの名に、わたくしを挙げられた。
「ヴァルデンの娘。そなたの目で見てこい。見えるものも、見えぬものも」
ルートヴィヒ殿下が、何か言いかけて口を閉じた。行くなとも、行けとも言わない。ただ、わたくしの頭の上を、じっと見上げておられた。
◇
離宮は、王都の東の外れ、丘の上の古い館だった。
門をくぐって、わたくしは足を止めた。
何もない。
門扉の錠にも、庭の噴水にも、窓の硝子にも。王宮ならどこにでもある砂時計が、ひとつも乗っていない。ゼーレンの使節団と同じ、魔法のない館。
けれど、使節団のときのような作られた空白とは、どこか違う。手入れされていない庭。止まったままの噴水。錠のかわりに、太い閂。魔法を避けたのではなく、魔法をかける手間を、誰もかけなくなった館だった。
出迎えたのは、腰の曲がった老執事ひとり。
「殿下は、裏の庭においでです。お呼びしてまいりますので」
応接の間までの廊下で、老執事はぽつりぽつりと話した。離宮に移ってから、殿下は侍女も侍従も王都へ帰してしまったこと。整髪の魔法も、衣の皺よけも、燭台の灯りの魔法も、「要らん」の一言で断ったこと。夜は蝋燭を一本だけ灯して、遅くまで書き物をしていること。
「わたくしめの若いころの王族の方々は、魔法なしでは一日もお過ごしになれませんでした。殿下は、この半年でずいぶん、ものの見え方が変わられたようで」
見え方、という言葉が、少しだけ耳に引っかかった。
応接の間に通されて、しばらく待つ。
扉が開いて、ユリウス殿下が入ってこられた。
半年ぶりにお会いする殿下は、少し痩せておられた。金の髪は伸びて、うなじで無造作に束ねてある。前髪は額に下りたまま。整髪の魔法は、もうかけていないらしい。
頭の上には、何もなかった。
「……何の用だ」
殿下は、わたくしの向かいの椅子に、どさりと腰を下ろした。
「王宮の使いが、よりによっておまえとはな」
「陛下のご命令でございます」
「父上も、人が悪い」
殿下は、窓の外を見た。
「花祭りで、ルートヴィヒが狙われたそうだな。それで私を疑って、おまえを寄越した。違うか」
「違いません」
わたくしは、書状を卓の上に置いた。
「ゲルハルト侍従長の屋敷から出てきたものです。殿下の私印がございます」
殿下は、書状を手に取った。
文面に目を落とす。一行しかない文を、何度も読み返している。
長い沈黙のあと、殿下は書状を卓に戻した。
「私の封蝋だ」
そこで、言葉を切った。
窓の外を見たまま、殿下はもう一度、口を開いた。
「私の封蝋だ。だが」
殿下の声は、ひどく静かだった。
「その字も、私の字だ」
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