第20話 第4部完
ゲルハルト侍従長は、夜明けを待たずにすべてを話した。
リーベルト公爵に取り立てられて、侍従長の座に就いたこと。公爵が爵位を失ってからも、第一王子派の残りの方々と通じていたこと。ルートヴィヒ殿下の誓いを破らせ、王冠をユリウス殿下のもとへ戻す。それが、残った者たちの望みだったこと。
去年の秋、教育の間から本を片づけさせたのも、同じ筋からの指図だったという。
「あの娘さえいなくなれば、と、皆が申しておりました」
侍従長は、取り調べの部屋で、膝の上の手を震わせていたそうだ。
「炎は、殿下に届かぬよう加減してあると聞かされておりました。わたしは、殿下のお命までは」
誰がそう言ったのか、と問われて、侍従長は名を挙げた。祭りの魔法にまぎれるよう術を組んだ魔術師の名と、金を出した貴族の名を、いくつか。
衛兵が、その夜のうちに王都じゅうを走った。
◇
「姉上は、ばかだ」
翌朝、教育の間で、ルートヴィヒ殿下に言われた。
机を挟んで向かい合い、殿下は腕を組んでいる。12歳の王太子殿下に、正面から「ばか」と言われたのは、はじめてである。
「何がでございましょう」
「あの髪飾りを、3日もつけていた。祝辞の刻に切れるとわかってからも、その夜まで机の上に置いて、同じ部屋で寝ていた」
「ベルンハルト師が、刻が来るまでは何も起きないと」
「師にも、中身までは読めなかったのだろう」
言い返せなかった。
「姉上は、他人の頭の上ばかり見ている」
殿下は、組んでいた腕をほどいた。
「自分の頭の上は、見慣れすぎて見ていない。……私の誓いの砂時計が、大きすぎるせいだ」
そう言って、殿下はうつむいた。
わたくしは、少し考える。
10年、自分の頭の上を見上げて、自分の死ぬ日を数えて暮らしてきた。その砂時計が消えて、新しいものが乗った。新しいものは死の数ではないと知って、わたくしは安心して、見上げるのをやめたのかもしれない。見上げなくなった場所に、誰かが小さな刃を置いた。
「見えすぎて、自分の足元が見えなかったようでございます」
「頭の上だ」
「頭の上でございますね」
殿下は、ようやく少しだけ笑った。
「これからは、毎朝、私が姉上の頭の上を見る。何も見えないが」
「何も見えないのに、でございますか」
「見えなくても、見ていることはできる」
12歳の言うことでは、ないと思う。わたくしの王妃教育の成果なのか、殿下ご自身の性分なのか。たぶん、後者なのだろう。
◇
その日の昼過ぎ、宰相が教育の間へ駆けこんできた。
手に、一通の書状を持っている。
「ゲルハルトの屋敷から、出てまいりました。……殿下、ヴァルデン嬢。これを」
宰相の差し出した書状の封は、すでに切られていた。
赤い封蝋に、紋章がひとつ。
わたくしは、その紋章を知っている。10年、婚約者の手紙で見てきた紋章だった。
ユリウス殿下の、私印である。
書状の文面は、短い。
――弟の誓いが破れることを、望む。
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