第19話
祭りの最終日は、よく晴れた。
大聖堂前の広場は、朝から人で埋まっている。花灯籠の砂時計が、どれも同じ量の砂を抱えて、軒先で揺れていた。
殿下の祝辞は、予定どおり夕刻に始まる。
わたくしは、壇上にはいなかった。
王宮の中庭の、石の腰掛けの前に立っている。腰掛けの上には、銀の花の髪飾りがひとつ。周りを衛兵が囲み、少し離れて、ベルンハルト師が杖をついておられる。
そして、ゲルハルト侍従長。
殿下の名で呼ばれた侍従長は、祭りの警護の書類を抱えてやってきて、腰掛けの上の髪飾りを見るなり、足を止めた。
「……ヴァルデン嬢。祝辞の壇に、おいでではなかったのですか」
「今日は、こちらで務めを。殿下のお許しはいただいております」
侍従長の目が、髪飾りから離れない。
「その飾りは、お気に召しませんでしたか」
「とても気に入っております。ですから、皆さまにもお見せしたくて」
わたくしは、髪飾りの上の砂時計を見ていた。
残りは、ひとつまみ。
遠く、大聖堂の鐘楼から、鐘の音が流れてくる。祝辞の始まりを告げる鐘だ。鐘の音を運ぶ魔法のせいで、王宮の中庭にまで、くっきりと届く。
「では、わたくしはこれで。祭りの警護の確認が残っておりますので」
侍従長が、踵を返しかけた。
「お待ちくださいませ」
わたくしは言った。
「その警護の確認を、ここでお願いしているのです。殿下のご命令で。祝辞が終わるまで」
侍従長の背中が、止まる。
衛兵たちが、さりげなく位置を変えた。中庭の出口は、ふたつ。そのどちらにも、槍を持った者が立っている。
侍従長は、ゆっくりと振り返った。顔に、汗が浮いている。春の夕刻の中庭は、少しも暑くないのに。
「……ヴァルデン嬢。その飾りから、お離れになったほうがよろしい」
「なぜでございます」
侍従長は、答えなかった。
答えなかったことが、答えである。
最後の砂が、落ちた。
髪飾りの銀の花が、ぱちりと弾ける。
次の瞬間、花の芯から、白い炎が噴き上がった。
腕の長さほどの、細く鋭い炎。石の腰掛けを舐め、空を焼き、ひと呼吸のうちに消える。残ったのは、黒く焦げた石と、溶けて形をなくした銀の塊だけだった。
中庭が、しんと静まる。
衛兵の誰かが、喉を鳴らした。
あの炎が、わたくしの髪から噴いていたら。殿下の真後ろで、民の目の前で。
殿下の背に、火が届いていたかもしれない。届かなかったとしても、王太子の教育係が祝辞の最中に炎を噴いたと、王都じゅうが噂する。どちらにしても、わたくしは宮中にいられない。
侍従長が、駆け出した。
出口の槍に阻まれ、反対側へ。そちらにも槍。三歩目で足がもつれ、石畳に膝をつく。衛兵が両脇から腕を取った。
「放せ! わたしは何も――」
「何も、とは」
ベルンハルト師が、杖の先で焦げた石を叩いた。
「この飾りの術を見て、真っ先に逃げたのは、そなただけだ」
遠くの大聖堂から、歓声が湧き上がる。
殿下の祝辞が、終わったのだ。
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