第16話
見えると明かしてから、頼まれごとが増えた。
「ヴァルデン嬢。この指輪の魔法は、いつまで持ちましょう」
「母の形見の鏡なのですけれど、まだ曇らずにいられますかしら」
「うちの屋敷の錠を、見ていただけませんか。夜ごとかけ直すのが面倒で」
回廊を歩けば、三度に一度は呼び止められる。石ころと呼ばれていたころとは、ちょうど逆である。どちらが楽かと聞かれたら、少し迷う。
わたくしは、頼まれるたびに見て、見たとおりに答えた。指輪はあと2年。鏡はもう半年もない。屋敷の錠は、そもそも魔法がかかっていなかった。
最後の方は、真っ青になって帰っていった。
◇
春が来て、王都は花祭りの支度に沸いていた。
冬至の調印から3ヶ月。ルートヴィヒ殿下にとっては、王太子として迎える最初の祭りになる。祭りの最終日の夕刻、殿下は大聖堂前の広場で、民に向けて祝辞を述べることになっていた。
その10日前、殿下宛てに一通の手紙が届いた。
差出人の名はない。中身は、一行だけ。
――花祭りの夜、王太子の誓いは破れる。
「破らせるには、姉上を王宮から追い出すしかない」
殿下は、手紙を机に放り出した。
「誓いの中身は、もう国じゅうが知っている。誰がやるにしても、狙いは姉上だ」
「わたくしか、殿下か、でございます」
わたくしは、手紙を拾い上げた。
「殿下がお亡くなりになっても、誓いは守り通せません。王冠は、また行き場をなくします」
殿下は、黙りこんだ。12歳の顔に、その可能性はまだ似合わない。
陛下は、祭りを取りやめなかった。
「脅しに屈して祭りを止めた王太子、と言われるほうが、よほど誓いに障る」
そうおっしゃって、わたくしを呼ばれた。
「祝辞の道筋と広場を、そなたの目で見ておけ。魔法の仕掛けがあれば、そなたにしか見えぬ」
わたくしは、黙って膝を折った。
見えると明かしたときから、いつかこういう日が来るとは思っていた。見えるものを見て、見たとおりに申し上げる。それが務めになれば、見落としもまた、わたくしの落ち度になる。
石ころと呼ばれていたころは、誰もわたくしに何も期待しなかった。期待されないのは寂しかったけれど、楽ではあった。
「姉上」
陛下の御前を下がるとき、ルートヴィヒ殿下が袖を引いた。
「無理はしなくていい。見えなかったら、見えなかったと言えばいい」
「見えなかったら、殿下が危のうございます」
「それでも、だ」
殿下は、怒ったような顔でそう言った。
◇
祭りの3日前、わたくしは衛兵を連れて、王宮から大聖堂までの道を歩いた。
そして、立ち止まった。
道の両側の軒先という軒先に、花灯籠が吊られている。灯籠の一つひとつに、灯りの魔法。花飾りには、しおれぬための魔法。広場の噴水には、水を虹色に染める魔法。大聖堂の鐘楼には、鐘の音を遠くまで運ぶ魔法。
見上げても、見回しても、砂時計しかない。
百や二百ではきかない。千を超えている。わたくしの目には、王都じゅうに砂時計の花が咲き乱れているように見えた。
この中に、ひとつだけ毒がある。
あるいは、ひとつもないのかもしれない。
「ヴァルデン嬢、どうなさいました」
衛兵の声で、自分が道の真ん中で立ち尽くしていたことに気づく。
「……いえ。少し、数が多いと思いまして」
数えきれない砂時計が、さらさらと、いっせいに砂を落としていた。
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