↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「魔力なしの石ころが王妃など笑わせるな」と婚約破棄されましたが、もう少しで聖女さまの魔法が切れますので、どうぞそのままお続けくださいませ  作者: 桜野結
第3部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/40

第11話

冬が来た。


 頭の上の砂時計は、あの朝から3ヶ月ぶんの砂を落としている。落ちる速さも、ようやく目で覚えた。残りは6年弱。毎朝見上げて、毎朝同じ答えを読む。前のものと違うのは、読むたびに胸が冷えないこと。


 この3ヶ月で、いくつかのことが変わった。リーベルト公爵は爵位を取り上げられ、ユリウス殿下は王都の外れの離宮へ移られた。父は宣言どおり月に一度上京してきては、ルートヴィヒ殿下に北の領地の干し鱈を押しつけて帰っていく。ミーナは、新しい紹介状を書いてほしいとは一度も言わない。


 変わらないのは、宮中の目つきくらいのもの。石ころと呼ぶ声は消えたが、代わりに、得体の知れないものを見る目が残った。


 ルートヴィヒ殿下の講義は、条約の本文に入っている。


「三条目は、やはりおかしい」


 殿下は、羊皮紙の写しを指で叩いた。


「国境のヘルム川の漁の権利が、すべてゼーレンにある。こちらの岸の漁師まで、ゼーレンに税を払っている」


「先々代の陛下が、戦を終わらせるために呑まれた条です。30年ごとに更新され、この冬がちょうど更新の年にあたります」


「では、直せる」


「直せるかもしれない、でございます。直したいのは、こちらだけですから」


 殿下は口を尖らせて、写しを睨みつける。この3ヶ月で、殿下は条約の写しを3度読み破り、そのたびに書庫から新しいものを持ってこさせていた。


 ゼーレン王国の使節団が王都に入ったのは、その週の終わりのこと。


 使節長の名を聞いたとき、陛下はわずかに眉を動かされたという。


 グレーヴェ伯マティアス。30年前、今の条約が結ばれた席に、ゼーレン側の若い書記として立ち会った方だそうだ。三条目の文言を書いたのも、あの方だと言われている。


「手強いぞ」


 講義の様子を見にお越しになった折に、陛下はそうおっしゃった。


「あれは、戦場では一度も勝ったことがない。だが、紙の上では一度も負けたことがない男だ」


 殿下が、写しを握る手に力をこめた。


◇


 歓迎の宴は、あの大広間で開かれた。


 わたくしは教育係として、殿下の斜め後ろに控えている。天井には相変わらず燭台の砂時計が咲き、貴婦人がたの髪飾りの上でも、小さな砂がさらさらと落ちていた。


 使節団が入場してくる。


 先頭は、使節長のグレーヴェ伯。白髪まじりの、穏やかな顔立ちの方である。陛下の前で深く礼をなさり、後ろに書記官や護衛や侍従が十数人続く。


 わたくしは、ひとりずつ頭の上を見ていった。


 何もない。


 伯の頭の上にも、書記官の胸にも、護衛の剣にも、侍従の髪にも。砂時計が、ひとつも乗っていない。


 もう一度、数え直す。やはり、ない。


 この国の貴族なら、誰でも何かしら魔法をまとっている。整髪、煌めき、香りの保ち、衣の皺よけ。ゼーレンも魔法の国だ。十数人が揃いも揃って、髪一本にまで何の魔法もかけていないなど、ありえない。


 偶然では、ない。


 誰かが、魔法を一切持ちこむなと命じたのだ。


 なぜ、と考えて、答えがひとつしか浮かばないことに気づく。浮かんでほしくない答えだった。


「姉上。顔色が悪い」


 殿下が、振り返らずに小声で言った。


「ゼーレンの方々は、ずいぶん地味な装いでいらっしゃると思っていただけでございます」


「地味? あれだけ金糸を使っていて?」


 殿下には、金糸しか見えない。わたくしには、金糸の上に何もないことが見えている。同じものを見て、違うものを見ている。10年、ずっとそうだった。


 宴は進み、楽団が二曲目を終えるころ、使節長が王族の席へ挨拶に回ってきた。ルートヴィヒ殿下に型どおりの祝辞を述べ、それから、わたくしのほうへ向き直る。


「ヴァルデン嬢でいらっしゃいますな。お噂は、かねがね」


「恐れ入ります」


 どのお噂か、とは聞かなかった。石ころの噂か、誓いの噂か、それとも。


 伯は、穏やかに微笑んだ。


 そして、わたくしにしか聞こえない声で、ひと言だけ付け加える。


「今夜は、見るものが少なくて退屈でございましょう」


 伯の目は、わたくしの顔ではなく、その少し上を見ていた。

お読みいただき、ありがとうございました!

皆様にお願いです

ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】をタップして【★★★★★】に

応援していただけますと励みになります! よろしくお願いいたします(^^♪



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。