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夢を諦めた君のスパイクから、十七歳の君が現れた  作者: situ725


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14/18

第14話 姉を好きになった理由

 好きだと気づいてから、少年の隣にいることが難しくなった。


 声をかけられるだけで、意識してしまう。


 顔をのぞき込まれると、目を逸らしたくなる。


 以前なら何とも思わなかった距離が、急に近く感じられた。


「美緒」


「何ですか?」


「それ、さっきも拭いてなかったか?」


 少年が、私の手元を見ていた。


 夕食後。


 自分の部屋で、私は練習に使ったスパイクの汚れを落としていた。


 乾いた布で土を払い、靴底の溝へ詰まった砂を細いブラシでかき出す。


 少年の言う通り、右足の外側はもう十分きれいになっている。


「まだ少し残っています」


「どこに?」


「ここです」


「見えないけど」


「蓮さんには見えなくても、私には見えます」


「そうかよ」


 少年は机の横に立ったまま、退屈そうに息を吐いた。


 以前なら、気にせず作業を続けられた。


 今は少年の視線が落ち着かない。


 見られているだけで、胸の奥がそわそわする。


 前日の約束を、私は早くも断ろうとしていた。


「今日、河川敷行かないのか?」


「今日は行きません」


「何で?」


「毎日行くとは言っていません」


「昨日は来るって言っただろ」


「昨日は昨日です」


「左足から逃げたな」


「違います」


「絶対そうだ」


「今日は疲れているんです」


「またそれか」


「練習があったんですから、疲れて当然でしょう」


 少年は納得していない顔をしている。


 けれど、無理に誘おうとはしなかった。


 机の上に置いたスマートフォンへ目を向ける。


「じゃあ、試合見るか?」


「何のですか?」


「この前の続き。後半まだ見てないだろ」


「今日はいいです」


「眠いのか?」


「そういうわけではありません」


「じゃあ何だよ」


 少年がこちらを向く。


 私はスパイクへ視線を落とした。


 何でもない。


 ただ、二人でサッカーの映像を見ることが怖い。


 同じ画面をのぞき込み、少年が近くで笑う。


 それだけで、自分の気持ちが顔に出てしまいそうだった。


「少し、一人で考えたいだけです」


「何を?」


「いろいろです」


「いろいろって?」


「いろいろは、いろいろです」


「また隠してるだろ」


「何も隠していません」


「嘘つけ」


「嘘ではありません」


 少年は何か言いたそうだった。


 けれど、前のように強く聞いてこない。


 河川敷から帰る途中もそうだった。


 私が何かを隠していると気づいている。


 それでも、理由までは尋ねない。


 その気遣いが、今は苦しかった。


 私はブラシを机へ置いた。


「蓮さん」


「何だ?」


「一つ、聞いてもいいですか?」


「いいけど」


 少年が首を傾ける。


 口に出すと決めたのに、すぐには言葉が続かなかった。


 聞いてどうするのだろう。


 答えは分かっている。


 少年がお姉ちゃんを好きなのは、ずっと前からだ。


 今さら理由を聞いても、私の気持ちが変わるわけではない。


 むしろ、もっと苦しくなるかもしれない。


「何だよ」


 少年に促される。


 私は指先を握った。


「どうして、お姉ちゃんを好きになったんですか?」


 少年が目を見開いた。


「急だな」


「そうですか?」


「そうだろ」


「答えにくいなら、いいです」


「別に答えにくくはないけど」


 少年は少し考えるように視線を上げた。


「何で聞くんだ?」


「気になっただけです」


「今まで聞かなかったのに?」


「聞いてはいけないんですか?」


「そうじゃない」


 少年は私の顔を見た。


 見つめられると、心の中まで読まれそうになる。


 私は先に視線を逸らした。


「お姉ちゃんの、どこが好きなのかなと思って」


「どこって言われてもな」


「優しいところですか?」


「それもある」


「きれいだから?」


「まあ、それも」


「料理が上手だから?」


「付き合い始めた頃は、そんなに作ってもらってない」


「では、何ですか?」


「何で尋問みたいになってるんだよ」


「普通に聞いているだけです」


「普通には見えないけど」


 少年が少し笑う。


 その笑顔に胸が痛んだ。


 私は真剣なのに。


 少年にとっては、恋人の妹から昔話を求められているだけなのだ。


「一つだけって言っただろ」


「まだ一つ目の答えを聞いていません」


「細かいな」


 少年は、壁へ背中を預けるような格好をした。


 実際には触れられないはずなのに、本当に寄りかかっているように見えた。


「県大会で、決定機を外したことがあったんだ」


「蓮さんが?」


「俺だって外す」


「少し意外です」


「どういう意味だよ」


「いつも自分で決める人だったから」


「だからこそ、外したときは最悪だった」


 少年の笑みが消える。


 明るい茶色の目が、少し遠くを見た。


「後半の最後だった。同点で、キーパーと一対一になった」


「絶好の機会だったんですね」


「ああ。相手の重心も見えてた。空いてる場所も分かってた」


「でも、外したんですか?」


「右のポストに当てた」


 少年は苦い顔をした。


「少しだけ巻きすぎた。そのまま外へ出た」


「試合は?」


「延長で負けた。俺が決めていれば、そこで勝てたかもしれなかった」


 少年は自分の右足へ目を落とした。


「俺が決めてれば勝ってた」


「でも、一人だけの責任では」


「分かってる」


 少年はすぐに答えた。


「サッカーは一人でやるものじゃない。俺だけのせいで負けたわけじゃない」


 けれど。


 そう続くのが分かった。


「それでも、悔しかった」


 少年の手が握られる。


「チームメイトは、みんな声をかけてくれた」


「何と?」


「次は決められるって」


「はい」


「お前なら大丈夫だって」


 どちらも優しい言葉だった。


 失敗を責めず、次へ進ませる言葉。


「監督も、あの一本だけで負けたわけじゃないって言った」


「その通りだと思います」


「頭では分かってた」


 少年は言う。


「みんなが悪いわけじゃない。俺だって、ほかのやつが外したら同じことを言ったと思う」


「では、どうして嫌だったんですか?」


「次の話をされたら、今日負けたことまで終わったことになるだろ」


 少年の声が少し強くなる。


「終わらせたくなかった。俺はあの一本を外したことが悔しかった。勝てなかったことが悔しかった」


「励まされたくなかったんですか?」


「そういうわけじゃない」


 少年は苦笑する。


「でも、あのときは先の話より、今悔しいことを分かってほしかったんだと思う」


「お姉ちゃんは、何と言ったんですか?」


 少年の表情が、わずかに柔らかくなる。


「試合のあと、千春が待ってた」


「見に来ていたんですね」


「ああ。俺が出る試合は、だいたい来てた」


 うれしそうに言う。


 その表情を見るだけで、お姉ちゃんがどれほど大切なのか伝わってきた。


「でも、俺は会いたくなかった」


「どうしてですか?」


「格好悪いだろ」


「負けたから?」


「それもある。あいつには、勝ってるところを見せたかった」


 少年は少し恥ずかしそうに鼻をこする。


「千春に、すごいって思われたかったんだよ」


 今の少年からは想像しやすかった。


 自信家で。


 負けず嫌いで。


 好きな人には、格好いいところだけを見せたい。


「帰ろうとしたら、校門のところにいた」


「お姉ちゃんが?」


「ああ」


「待っていたんですね」


「たぶん一時間近く」


「そんなに?」


「試合のあと、ミーティングも長かったから」


「連絡しなかったんですか?」


「あの頃は、今みたいにすぐ何でも送ってたわけじゃないし」


「今でも、お姉ちゃんへの返信は遅そうです」


「何でそう思うんだよ」


「何となくです」


「ちゃんと返してた」


「本当ですか?」


「本当だ」


 少年は少しむきになっている。


 その言い方がおかしくて、私は小さく笑った。


「千春は、何も聞かなかった」


 少年が話を戻す。


「負けたことも。俺が外したことも」


「では、何を話したんですか?」


「最初は何も」


「何も?」


「ああ。俺が歩き出したら、隣を歩いてただけ」


 お姉ちゃんらしいと思った。


 無理に話させない。


 でも、一人にはしない。


 ただ隣にいる。


「俺も、ずっと黙ってた」


 少年が言う。


「悔しいとも、つらいとも言いたくなかった。言ったら、負けを認めるみたいだったから」


「もう負けていたのに?」


「分かってる」


 少年が少し不満そうに私を見る。


「当時はそう思ってたんだよ」


「はい」


「しばらく歩いたところで、千春が言った」


 少年は一度口を閉じた。


 その言葉を、今でも大切にしているのだと分かる。


「今日は悔しかったって言っていいんじゃない?」


 その声は、少年のものだった。


 でも、私にはお姉ちゃんが話しているように聞こえた。


 柔らかくて。


 急かさず。


 答えを決めつけない言葉。


「それだけですか?」


「ああ」


「励まさなかったんですね」


「うん」


「次は大丈夫とも?」


「言わなかった」


 少年は小さく笑った。


「負けたことを、なかったことにしなかった」


 その一言に、すべてが入っているように思えた。


「俺が悔しがってることを、そのまま見てくれた」


 少年は続ける。


「エースだから次は決めろとも、落ち込むなとも言わなかった」


「はい」


「ただ、今日は悔しかったって言っていいって」


 少年の声がわずかに揺れた。


「それを聞いたら、急に駄目になった」


「駄目になった?」


「泣いた」


 私は思わず少年を見る。


 少年は少し気まずそうに視線を逸らした。


「蓮さんが?」


「何回も言わせるなよ」


「すみません」


「別に、声を出して泣いたわけじゃない」


「どんなふうに泣いたんですか?」


「そこまで聞くのか?」


「少し気になって」


「お前、楽しんでるだろ」


「楽しんでいません」


「絶対楽しんでる」


 少年が睨む。


 私は首を振った。


 本当に、からかいたいわけではなかった。


 お姉ちゃんの前で泣いた少年。


 その姿を知りたかった。


 私の知らない二人の時間を知りたかった。


「最初は我慢した」


 少年が渋々続ける。


「でも、千春が何も言わずに隣にいるから、余計に止まらなくなった」


「お姉ちゃんは?」


「ハンカチを渡してきた」


「抱きしめたりは?」


「外だぞ」


「高校生でも、それくらいはするかと思って」


「しない」


 少年の耳が、少し赤く見えた。


 実際に色が変わっているのか、部屋の明かりのせいなのかは分からない。


「そのとき、好きになったんですか?」


 少年は少し考えた。


「たぶん、それより前から好きだった」


「では、好きになったというより、好きな理由に気づいたんですね」


「そうかもな」


 少年は照れくさそうに笑った。


「それまでは、千春が優しいからとか、かわいいからとか、一緒にいると楽しいからだと思ってた」


「はい」


「でも、あの日に分かった」


 少年はまっすぐ私を見る。


「千春は、エースの俺じゃなくて、俺自身を見てくれた」


 胸の奥が締めつけられた。


「点を取れなくても。試合に負けても。格好悪く泣いてても」


 少年の声は穏やかだった。


「そういう俺を見ても、離れなかった」


 お姉ちゃんは、少年の成功だけを好きになったわけではない。


 夢を語り、試合で活躍し、自信に満ちた蓮さんだけを見ていたのではない。


 負けて。


 悔しがって。


 泣いている一人の少年を見ていた。


「だから、思ったんだ」


「何をですか?」


「サッカーができなくなっても、あいつの前なら俺でいられるって」


 息が止まった。


 少年は、少し照れたように笑っていた。


 その言葉は、現在の蓮さんにも聞かせたかった。


 今の蓮さんは、お姉ちゃんが高校時代の自分しか好きではないと思っている。


 エースだった自分。


 夢を語っていた自分。


 勝ち続けていた自分。


 そんな姿を失ったから、お姉ちゃんに会えないと思っている。


 でも、違う。


 お姉ちゃんは最初から知っていた。


 負ける蓮さんも。


 泣く蓮さんも。


 格好悪い蓮さんも。


 それでも、隣にいた。


「現在の蓮さんは、そのことを覚えていると思いますか?」


 少年の笑みが消える。


「覚えてるだろ」


「でも、お姉ちゃんが好きなのは高校時代の自分だと思っています」


「だから、馬鹿なんだよ」


 少年の声に怒りが混じる。


「あいつは、千春の何を見てたんだ」


「蓮さん自身ですよ」


「俺?」


「今の蓮さんは、あなたが未来で挫折した姿でしょう」


「そうだけど」


「あなたなら、同じことにならないと言い切れますか?」


 少年が黙る。


 以前なら、すぐに否定したかもしれない。


 俺はあんな男にならない。


 諦めたりしない。


 そう言っていた。


 今は答えなかった。


「もし、プロになれなかったら」


 私は続ける。


「怪我をして、試合に出られなくなって、周りから高校時代の方がよかったと言われ続けたら」


「それでも俺は」


「絶対に変わらないと言えますか?」


 少年の口が閉じる。


 私は責めたいわけではなかった。


 ただ、現在の蓮さんだけが弱いわけではないと伝えたかった。


 夢を持つ少年にも、夢に傷つけられる未来はある。


「分からない」


 少年が、ようやく言った。


「今の俺には、分からない」


 その答えは、以前の少年なら言えなかったものだった。


「でも」


 少年が顔を上げる。


「千春のことを忘れたみたいに振る舞うのは、違う」


「忘れてはいないと思います」


「じゃあ、何で逃げるんだよ」


「怖いからでしょう」


「何が?」


「お姉ちゃんに、本当に失望されることが」


 少年は言葉を失う。


「自分から、昔の蓮さんしか好きじゃないと決めつけておけば、本当に嫌われたか確かめなくて済みますから」


「そんなの」


「たぶんですけど」


 私は付け加える。


「話して、本当に失望されたら終わってしまう。今の蓮さんは、そう思っているのかもしれません」


「馬鹿だ」


「そうですね」


「千春は、そんなやつじゃない」


「はい」


「俺のことを、サッカーだけで見てない」


「はい」


「なのに」


 少年が拳を握る。


 その怒りは、現在の自分へ向けられていた。


 でも、前のようにただ責めるだけではない。


 少しだけ理解しようとしているようにも見えた。


「蓮さん」


「何だ?」


「その話は、今の蓮さんも思い出した方がいいと思います」


「俺の声は届かない」


「私が伝えても、信じてもらえないかもしれません」


「じゃあ、どうするんだよ」


「私から伝えるより、お姉ちゃん自身の言葉で話した方がいいと思います」


「千春に頼むのか?」


「今すぐではありません」


 少年が私を見る。


「お姉ちゃんが、もう一度話したいと思えたときに」


「でも、千春をまた傷つけるかもしれない」


 少年の声が低くなる。


 公園で泣いていたお姉ちゃんを思い出しているのだろう。


「無理に会わせることはしません」


「でも」


「決めるのは、お姉ちゃんです」


 少年が私を見る。


「蓮さんが全部決めたら、また同じでしょう」


 以前、少年が私へ言った言葉を返した。


 少年は一瞬目を丸くし、それから苦笑した。


「使うなよ、それ」


「間違っていますか?」


「間違ってないけど」


「では、いいでしょう」


「本当に素直じゃないな」


「お互いさまです」


 部屋の空気が少しだけ軽くなる。


 けれど、私の胸は重くなったままだった。


 少年がお姉ちゃんを好きな理由を、私は知った。


 ただ優しいからでも、きれいだからでもない。


 お姉ちゃんは、少年が一番見られたくない自分を見ても、隣にいた。


 少年にとって、お姉ちゃんは帰る場所なのだ。


 私は、そこにはなれない。


「美緒?」


 名前を呼ばれる。


「何ですか?」


「また変な顔してる」


「どんな顔ですか?」


「分からない」


「分からないなら、言わないでください」


「泣きそうに見える」


 胸が跳ねた。


「泣きません」


「何で怒るんだよ」


「怒っていません」


「じゃあ、こっち見ろ」


「嫌です」


「やっぱり怒ってるだろ」


 私は机の上の古いスパイクを持ち上げた。


 これ以上、少年の前にいるのは無理だった。


 好きだと気づいたばかりなのに。


 もう、お姉ちゃんとの違いを突きつけられている。


「蓮さん」


「何だ?」


「今日は、もう戻ってください」


 少年の表情が変わる。


「まだ早いだろ」


「少し一人になりたいです」


「さっきの話、嫌だったか?」


「違います」


「じゃあ」


「お願いです」


 古いスパイクへ触れる。


 淡い光が広がった。


 少年の輪郭が揺れる。


「美緒」


「何ですか?」


「本当に、何でもないのか?」


 答えられなかった。


 何でもないはずがない。


 私は、少年が好きなのだから。


 少年が別の人を好きになった理由を聞いて、傷つかないはずがない。


「大丈夫です」


 それだけ言った。


 少年は私を見つめていた。


 何かを確かめようとする目。


 私の気持ちに、どこまで気づいているのだろう。


 けれど、少年は何も言わなかった。


「……分かった」


 その身体が光へ変わる。


 古いスパイクの中へ吸い込まれていった。


 部屋に静けさが戻る。


 私はスパイクを棚へ置いた。


 その場に立ったまま、しばらく動けなかった。


 泣くつもりはなかった。


 少年の話は、きれいな思い出だった。


 お姉ちゃんが少年を大切にしていたことも。


 少年がお姉ちゃんを大切にしていることも。


 本当なら、うれしいはずだった。


 現在の蓮さんとお姉ちゃんが、もう一度向き合うきっかけにもなる。


 それを望んでいた。


 今も望んでいる。


 それなのに、涙が落ちた。


 一滴。


 机の上に、小さな跡が残る。


 慌てて手の甲で拭う。


「何で……」


 自分に問いかける。


 答えは分かっている。


 いつも隣にいる。


 少年の姿が見えるのは、私だけ。


 私にしか共有できない時間もある。


 それでも、少年が帰りたい場所は私ではない。


 私はベッドの端へ座った。


 顔を両手で覆う。


 泣き声を出さないように、唇を噛む。


 棚の上にある古いスパイクから、少年は出てこない。


 私が呼ばない限り、出られない。


 けれど、中にいる。


 私が泣いていることに、気づいているかもしれない。


 そう思うと、余計に声を抑えた。


 知られたくない。


 困らせたくない。


 少年に優しくされたら、もっと好きになってしまう。


 距離を置かれたら、それにも耐えられない。


 だから言わない。


 この気持ちは、最後まで隠す。


 そう決めたはずだった。


 それでも涙は止まらなかった。


 お姉ちゃんになりたいわけではない。


 お姉ちゃんから少年を奪いたいわけでもない。


 ただ一度だけ。


 少年にも、私のところへ帰りたいと思ってほしかった。


 そんな願いを、私は誰にも言えなかった。


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