わたし、時々、彼
~side:楓~
遠足の日の朝
いつもより少し早めに起きて、キッチンでお弁当を作っている
「え~っ、買い忘れちゃってたかなぁ、、、」
冷蔵庫の中のどこを探してもミートボールの袋は見当たらない
たこさんウインナー、ミニトマト、チーズのベーコン巻き、
甘めの卵焼きとミートボール
おにぎりは可愛くクマさんにしてね、と
1週間前から何度もヒカリがお願いしてきた内容だった
楽しそうに話していた顔が浮かぶ
時計を見るとまだ6時を回っていない
ヒカリはまだ眠っている
近くのコンビニに行けば、ミートボールは買える
間に合いそうだ
「急げば10分くらいで戻ってこれるかな、、、よしっ行こう!」
エプロンの紐をほどきながら
スマホと財布だけを手に取る
ヒカリが眠る姿を一瞥して玄関を飛び出した
5月も終わりかけ、そろそろ梅雨に入ろうとしているのに
まだ朝は少し寒い
どんよりとした雲に太陽は隠れ
まだ外は暗く静まりかえっている
すれ違う車の音と
自分の足音、呼吸の音だけが耳に入ってくる
遊歩道には人影は見えない
コンビニまでは数分
まだ慣れない道を、間違えないように目印を辿りながら走る
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3月の終わりに
私とヒカリはこの街に引っ越してきた
母の友人である上村早苗さんが営む古民家カフェを
彼女が故郷に戻るのを機に私が引き継くことになった
築50年と年季は入っているが
北欧の雰囲気を随所に感じさせる、温かみのある造り
2階には生活スペースも整っている
4月は早苗さんと同居をしながら
仕入れや準備、運営の詳かなことを教えてもらった
早苗さんは「あなたのしたいようにして良いのよ」と言ってくれ
得意の店先や、今後も通ってくれるであろう常連さんについて触れただけだった
5月の上旬、早苗さんは故郷に戻り
それからは私1人でカフェを切り盛りしている
カフェ「ラムミン・ヴァロ」
早苗さんのように上手には出来ないけれど
うまくいったり、ちょっと失敗したりしながら
ヒカリと2人で楽しくやっている
コーヒーはまだ彼みたいに上手に淹れることは出来ない
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奏多はコーヒーを入れるのが上手だった
奏多とは、彼がアルバイトをする喫茶店で出会った
16歳、高校2年生の夏
夏休みの課題を片付けに友人と行った喫茶店に奏多はいた
課題そっちのけで騒ぐ私達を
無愛想な顔をして注意しにきた奏多に
私は目を奪われた
一目ぼれだった
それから毎日のように喫茶店に通い
店長とも顔見知りになり、アルバイトに誘われた
奏多に近づきたくて
沢山シフトをいれて頑張って仕事も覚えた
料理が得意になったのもそのおかげだと思う
無愛想だけど、不器用でとても優しい人だった
少し昔の洋楽が好きで、店のBGMはいつも奏多が選んでいた
一緒に働いて、少しずつ距離が近づいて、恋人になれたときは
本当に嬉しかった
いろんなことを話して、沢山デートして
少し背伸びして、泊りで遊園地にも出かけた
幸せだった
17歳、高校3年生の夏休み最後の日
私の誕生日
妊娠していることが分かった
大切な話があると奏多に連絡して
店長の許可をもらって、休みの喫茶店を使わせてもらうことになっていた
でも
奏多は喫茶店には来なかった
バイクで喫茶店に向かう途中
心臓の発作が起き救急車病院に運ばれた
私が連絡を受けて病院に着いたときには
奏多はもう帰らぬ人になっていた
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今日の空は
喫茶店で奏多を待っていた日の空に似ている
「、、、もうすぐ6年かぁ、早いなぁ」
泣いてばかりいたあの日から
時間をかけて少しずつ前を向けるようになった
ヒカリが生まれ
母親や友人に支えらながら一生懸命やってきた
時々くじけそうになりながら
ヒカリと共に頑張ってやってきた
ふと思い出した過去を胸に戻し
コンビニへ急ぐ
白く発光した看板が見えてきた
目の前の信号が赤に変わる
足を止め呼吸を整える
乱れた髪を指で梳かしていると
だんだんと呼吸が落ち着いてくる
冷たい風が赤らんだ顔を冷やした
横断歩道の先に目を向けると
男の人が空を見上げながら立っていることに気づいた
見覚えのある人だった
彼だと見間違いするほど似ている
でも、彼じゃない
「ペンギンの人、、、」
思わず口からこぼれる
ヒカリにペンギンのぬいぐるみをくれた人
あのときの優しい笑顔とは
まるで別人のように疲れ切った表情をしている
空を見上げるその目は、何かを探しているようで
何かを諦めているようでもあった
――どうして、そんな顔をしているんだろう
放っておけないような
理由の分からない想いがじわりと広がっていく
信号が青に変わる音が、静かな朝に響いた
雲の切れ間から光が差し込み
照らされた顔がこちらを向く
男の人と視線が重なる
いま私は、、、誰を見ているのだろう




