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とらいあんぐる 〜俺と君とあの子の話〜  作者: おーろら


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34/35

なき声は、夏に溶けて消える

~side:遥人~


始発の電車に乗り

見慣れた風景をぼんやりと眺めている


もう何度この風景を見ただろうか

ビルの群れが少なくなり

間隔が広がって家や木々が増えてくる

段々と畑や山が増え、建物もほとんど無くなったところで

降車する駅に着いた


駅のホーム内に

お婆さんが一人ベンチに座り電車を待っている


俺は隣に座り一緒に電車を待つ

「良い天気になりそうですね」

「そやねぇ。今日は暑くなるって言いよったよ、ほら」

と言って、小さい緑茶のペットボトルをくれた

俺はお返しに、綺麗な色の飴玉袋をお婆さんに渡した


「ありがとねぇ。こがん綺麗か飴玉、久しぶりに見たさぁ」

お婆さん:フミさんは袋を覗き込み、目を細めて笑った


「また持ってきますよ。甘いもの、好きでしょう?」

「そりゃあ好きやけど…あんたが持ってくるのは特別綺麗かねぇ」


そう言って、フミさんは俺が以前渡した日傘兼用の杖を軽くトントンと地面に当てた

朝陽が差し始め、ホームの床に杖の細い影が伸びる


「そろそろ電車来るねぇ。あんた、今日はどこまで行くと?」

「いつもところです…家族に会いにいくんです」


フミさんは俺の顔をじっと見て、ふっと優しい声で言った


「そうね、、、ゆっくり話してこんね。気ぃつけて行かんばよ。」


胸の奥が少しだけ熱くなる

俺は深く頭を下げた


「ありがとうございます。フミさんも、無理しないでくださいね」


電車がホームに滑り込んできて、風が少しだけ涼しく通り抜けた

フミさんは立ち上がり、俺の肩を軽く叩いた


「また会おうねぇ。あんた、前よりも良い顔になってきたよ」


「、、、ありがとうございます」


ドアが閉まり、電車がゆっくりと動き出す

窓越しに見えたフミさんの小さな姿が、だんだん遠ざかっていく。


改札を出ると、山の匂いがした

湿った土と、朝の光に温められた草の匂い

毎月この場所に来ているが

この匂いがすると、不思議な感覚になる

知らない場所のような、すごく懐かしいような不思議な感覚


車道から外れると

砂利と土の混ざった細い道に変わる

坂道と舗装されていない階段を少し上る


駅から15分程歩いた先、海の見える小高い丘に



やがて、墓石が見えた



そして

誰もいないであろう、この時間を敢えて選んできたのに

今日は先客がいた

よく知る佇まい、顔立ち



その人は墓石に手を伸ばし

彫られた名前を優しくなぞる

何度も何度も慈しむように


どれくらい見ていただろう

数秒、いや数分だっただろうか


その人は立ち上がり、視界の端に入った俺に気づいた


お互いの視線が重なり

俺はゆっくりと近づいた


横に並んで、2人で何も言わず墓石に向かい手を合わせた

風が少しだけ吹き、木々がざわめく


「心羽、祐香、、、おはよう」


ポケットから、フミさんにもらった緑茶のペットボトルを取り出す

キャップを開け、墓前に置いた


「今日は暑くなりそうだって、テレビで言ってた。陽射しが強いねここは」

隣に並ぶ女性が口にした

「2人とも海が好きだったから、、、夏は暑いけど、良い景色だ」

「そうだね。朝陽でキラキラしてる」


振り返ると

視界いっぱいに朝陽を受けて輝く海が広がる

水面が細かく揺れて、光の粒が跳ねるように散っている

その眩しさに一瞬だけ目を細めたとき

隣から、そっと声がした


「、、、いつもこの時間に来てるんだね」


驚きはなかった

むしろ、どこか納得するような気持ちが胸に広がった

彼女は、俺がここに来ることを知っていた

いや、予測して先に来ていたのだろう


「御両親に嫌われてるからさ、俺」

「、、、うちのバカ親なんて、気にしなくて良いのに」

「そうもいかないさ。俺は、守れなかったんだから」

「、、、、、」

「元気してるか?お義父さん、お義母さん」

「、、、最近、ちょっとずつ明るくなってきた、気がする」

「そっか、良かった。俺が来てることは、内緒で頼むな」

俺が来ていることを知ったら、良い気はしないだろう

大切な娘と孫を俺は救うことが出来なかった

恨まれても、仕方ないと思っている

祐香の葬儀以降、何度も自宅を訪れたが2年ほど会えていない

元気にしているなら、それで良い



バッグから線香を取り出し火をつけると、白い煙が静かに立ちのぼった

煙が呼吸するように軽く揺れている

香りがゆっくりと広がり、懐かしい記憶を連れてくる

いないはずの2人が近くに居るような気がした



「毎月、来てるの?」

「あぁ、何だか近くに来れた気がしてさ」

「、、、まだ、眠れない?」

「まぁ、夜は長いな」

「普段、全然そんな素振り見せないじゃん」

「ポーカーフェイスだからな、俺は」

「なに言ってんのよ、この前泣いてたくせに」

「あ、あれはさ、、、、今更言うかね、それ。」

「あの時は見逃してあげたんじゃん。私もびっくりしたし」

「、、、祐香が作ったオムライスと、同じ味がしたんだよ」

「そっか。美味しかったね、あのお店の料理」

「、、、そうだな、また食べたいなオムライス」


墓石に右手を添えたまま、海へ視線を向けた

右手からは無機質な温もりしか感じられず

楓と心羽がもう居ないことを実感させる


2人で並んで立ち、しばらく海を見ていた

波の音は遠く、風の音だけが耳に届く

静かで、優しくて

まるで時間がゆっくり流れているようだった


「遥人」

「ん?」


彼女は少しだけ体をこちらに向けた

その瞳は、まっすぐ俺を見ていた


「、、、ごめんね」

「なんで お前が謝るんだよ」

「ごめんね、、、ごめんね、、、」


彼女は何度も繰り返した

抱えきれない重たいものを、必死に支えているような悲しい顔をしていた


「俺みたいな顔するな」

「、、、」

「お前には、笑っててほしいんだ。幸せになってほしいんだよ、梨香」

「、、、遥人が、幸せにしてよ」


その言葉は、かすかで、弱くて、でも真剣だった


俺は返事を探したけれど

胸の奥にあるものが重すぎて

言葉はどこにも見つからなかった


「梨香、、、」


名前を呼ぶだけで精一杯だった

それ以上を言えば、何かが壊れてしまいそうで


梨香は少しだけ視線を落とし

風に揺れる髪を耳にかけた


「、、、うん。分かってるよ」


その声は、責めるでもなく、求めるでもなく

自分に言い聞かせるように風に消えていく


線香の煙がふわりと流れ

海の光が墓石に反射して淡く揺れる

どちらも形を持たず、掴めないまま流れていく


「行こっか、そろそろ」


梨香が言った

俺は頷いた


「祐香、心羽、また来るよ」

「お姉ちゃん、ここちゃん、またね」


潮風が吹き

線香の香りが薄くなっていく


蝉の鳴き声が夏の始まりを告げていた


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