何を思う
~side:楓~
「いらっしゃいませ」
ドアのベルが鳴り、昼の強い日差しを背に2人のお客さんが店に入ってきた
白川さんと、その隣に梨香さん
少し驚いたが、自然と笑みが浮かぶ
「こんにちは。二人なんですけど、空いてますか?」
白川さんの声は、いつも通り落ち着いているが
どこか張りつめたものがあるように感じられた
「こんにちは。お久しぶりです」
梨香さんが白川さんの隣で頭を下げる
明るさの中に、少しだけ陰りを含んだような声色だった
「どうぞ。窓際のお席が空いてます」
案内すると、二人は向かい合って席に腰を下ろした
少し暑いのか、汗ばんでいる
冷たいおしぼりと、レモン水を添えてメニューを渡すと
梨香さんがふと顔を上げた
「さっきまで、ちょっと出かけてて。天気よくて、もう夏って感じですよ」
梨香さんは明るく話すが
言葉はどこか淡々としていて、どこか余韻のようなものが残っていた
白川さんも軽く頷く
「静かなところに来たくて。ここなら、ゆっくりと落ち着けると思ったんです」
「そうなんですね」
店内はランチのピークを過ぎ落ち着いている
このあと予約が1件あってか貸し切りになっているけど
白川さんと梨香さんの知り合いでもあるし大丈夫だろう
「今の時間は落ち着いてますし、ゆっくりしていってください」
それだけ言うと、二人はメニューを開き、
しばらく静かにページをめくっていた
店外の「営業中」の看板を取り込み
『本日、貸し切り』のプレートをドアに張り付けた
梨香さんが言っていたように、今日は陽射しが強く気温も高い
アイスや冷たい系の菓子が喜ばれるかな
と思いながら店内に戻った
店内に戻り、団体客の会計を済ませると
白川さんが遠慮がちに手を挙げて私を呼んだ
「決まりましたか?」
白川さんがメニューを閉じる
「パスタをお願いします。えっと、ナポリタンで」
「私も同じものをください」
一瞬驚いて、白川さんに確認する
「えっと、この前と同じナポリタン、で良いんですか?」
「はい。メニューに載ってないのに申し訳ないんですけど、ちょっと食べたくなってしまって」
申し訳なさそうに白川さんは言った
「楓さん、今日は私が泣かないように見張っておくので是非お願いします」
「りっ、梨香っ!余計なこと言わなくて良いんだよっ」
「ふふふっ。でも、お店に来る間ずっと『また食べたいなぁ』『作ってくれるかなぁ』って言ってたじゃない」
「!!」
白川さんが顔を赤くしながら口をパクパクさせて恥ずかしそうにしている
なんだか可愛く見えてしまう
「ふふっ。大丈夫ですよ、じゃあ2人ともナポリタンですね。ご準備しますので、少々お待ち下さい」
「ありがとうございます♪」
梨香さんは楽しそうに笑っている
お店に入ってきたばかりの時よりも雰囲気が軽く
2人共、表情の陰りが薄くなり明るい笑顔になっている
よかった
「かしこまりました」
カウンターに戻ると、
店内の空気がゆっくりと落ち着いていく
フライパンを温めながら
2人の様子が視界の端に入れながら作業を進めていく
2人の間に流れる空気はどこか穏やかで
長い時間を共有してきた関係性にしかない温かさがあった
少し羨ましくなる
具材がフライパンの上で音を立て始める
話している内容が気になるが
炒める具材の音でごまかすように私は淡々と手を動かした
料理を仕上げて運ぶ頃には
窓際の席に差し込む光が少し柔らかくなっていた
「お待たせしました」
白川さんは静かに皿を見つめ
梨香さんはその横で微笑んだ
私は軽く会釈して席を離れる
しばらくして
追加の水を持っていくと
2人は食事を終えかけていた
「ありがとうございます。とっても美味しいです」
梨香さんが穏やかに言う
「歩き疲れてたから、助かりました」
白川さんも続ける
「今日は、どちらかにお出かけだったんですか?」
今日はデートの途中に立ち寄ってくれたのだろうか
この後、2人でまた出かけるのだろうか
そんなことをのんやりと考えていたので
言葉に出てしまった
あまり詮索するのは良くないのだが、これくらいの雑談は変じゃないと思う
梨香さんがふと楓を見た
「姉のお墓参りに行って来たんです」
「あ、ご、ごめんなさい!失礼なこと聞いちゃって」
「いえ、気にしないでください」
梨香さんは、軽く首を振った
明るい口調なのに、その言葉にまた陰りが滲んでいた
胸の奥が少しだけ重くなる
梨香さんは続けた。
「約束してたわけじゃないんですけど、行ったら遥人がいて。だから、その後は一緒にここに来たって感じです」
白川さんは、残り少ないナポリタンをフォークに巻き
口に頬張りながら
「たまたま、ね。偶然」
と言った
「ううん、偶然じゃない。絶対来るって、分かってた」
梨香さんが笑うと、白川さんは困ったように肩をすくめた
私はそっと言葉を添えた
「お疲れさまでした。暑かったでしょうし、、、ゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます」
梨香さんが穏やかに微笑む
その時だった
何だか、点と線が繋がったような気がして
「お姉さんって、、、」
気付けくと、私は口にしていた
「、、、白川さんの奥さん、ですか?」
一瞬、空気が止まった
言ってはいけなかっただろうか
不躾なことを聞いてしまった
梨香さんが静かに頷く
「はい。花村祐香、、、ううん、白川祐香。私の姉で、遥人の妻でした」
白川さんは、ナポリタンの最後の一口を口に運び
ごちそうさまでした、と小さく言って
窓の外を静かに眺めた
胸の奥がギュッと締め付けられるような気がした
そうだったんだ
白川さんが時折見せる悲しそうな理由も
梨香さんが時々見せる寂しげな笑顔の意味も
全部、今つながった気がした
「、、、そうだったんですね、、、ごめんなさい」
「いえ、楓さんが謝ることじゃないです」
梨香さんは優しく笑った
「もう2年。あっという間だねって、さっき話してたとこです」
「そう、、、なんですね」
白川さんに視線を向けると
まだ、ぼんやりと窓の外を見ている
遠くを見ているようだけど、何を見ているのか私には分からなかった
遥人さんは奥さんを亡くしている
なんとなく前回の来店の時にそうなのだろうと感じた
そして遥人さんと梨香さんは恋人なのだろう
2人で受け止めて前に進んでいるんだろうと勝手に思っていた
義理の兄妹
同じ悲しみを抱えながら、寄り添ってきたんだと思うと
とても強い絆で繋がっているんだろうと思えてくる
そんなことを考えていると
急に白川さんが私の方に顔を向けた
「ナポリタン、とっても美味しかったです」
「あ、はい!良かった、お口に合ったみたいで」
突然の言葉に驚いたが素直に嬉しい
喜んでくれて良かった
ほっと胸を撫でおろした、その時
入口が勢いよく開き
ドアの上に取り付けてあるベルが大きな音を立てた
「「「「「こんにちはーーーー!お邪魔しまーーーーすっ!」」」」」
大きな声を出して、大勢の女の子達が店内に入ってきた
少し重たくなった空気を掻き消すように明るい声が響く
「えっ!遥人さん!」
「うわっ梨香っち!なんでいるの!?」
「きゃーっ!兄さま!げっ、アネキがおる、、、」
「何?サプライズ?」
様々な声が挙がる中、遅れて店内に入ってきた女性が
猛スピードで私の前を駆け抜け
飛びつくように白川さんに抱き着いた
ゴトーンッッ!
っと大きな音をたてて椅子に座ったまま白川さんと女性が床に倒れてしまった
一瞬の出来事に、誰もが唖然として動けない中
梨香さんが立ち上がり床に倒れたままの2人に近づいていく
白川さんの胸に女性が顔を擦り付けてフガフガと鼻を鳴らしているのが分かった
梨香さんが女性の背後に立ち
大きく右腕を振り上げる
幻覚かもしれないが
私は、初めて人の頭から火花が出る瞬間を目撃した
今を輝くアイドル
白瀬ヒマワリちゃんがリカさんにゲンコツされて
頭を両手で押さえて涙をこらえていた




