【別章5】 陽はまた昇る
〜side:ヒマワリ〜
<9週め>
ナギサは今日から松葉杖歩行になった
私は車輪付きの歩行器で院内を移動している
お互いに白川さん、梨香さんのリハビリを受けているが
怪我の程度が違うから回復速度も違ってくる
ナギサは事故直後から血の滲むような努力を重ねて
諦めず、何度も失敗しながら、少しずつ前に進んできた
私は
右の手首、右膝の痛みが段々と少なくなり
日常生活を送る分には差支えがない程度に良くなってきている
だけど
歩く時は大きく右に体が揺れてしまう
足の感覚の鈍さを補いながら立つことには慣れたけど
膝を曲げて体重をかけることが怖い
足が震え、踏ん張りが効かずに倒れそうになる
遥人さんの勧めで明日からリフト式のウォーキングを導入することになっている
大きめの装置なので終業後に時間を作って歩行練習に付き合ってもらうことになる
もっと頑張らないと
ナギサも頑張ってるんだ、私ももっと頑張らばきゃ
<11週め>
今更だけど、遥人さんは結構すごい人なのかも知れない
自分のことが精一杯で、周りのことを気にする余裕なんて無かったけど
どんな質問をしても的確に答えてくれる
お医者さんや、看護師さんだけでなくマネージャーさんや私の両親とも仲が良い
病院内での状況を秘匿にしながらリハビリを進め
私の復帰に向けても事務所や家族と連携をとってくれている
普通、リハビリの先生はこんなことはしないらしい
思えば病院生活において一度も
アイドルだから、芸能人だから、と特別扱いを受けたことがない
私の人気や認知度が無いからだと思っていたけど
遥人さんが各所に根回しをしてくれている、とナギサが教えてくれた
その他にも、毎週専門学校で教鞭を振るっていること
勉強会や学会参加、リハビリ実習生の指導
学生のスポーツ大会運営ボランティア、地域のリハビリ推進活動にも参加しているみたい
よくわからないけど、とにかく忙しいらしい
白川さんを頼りにするスポーツ選手や有名人も多い
だけど必ず毎日、私のリハビリに来てくれる
私だけでなく、担当している患者さんに均等に関わっている
特別扱い、といったわけではないみたい
それに、1日だって同じリハビリ内容だったことが無い
私の状態に合わせて、こまかく調整してくれる
マンツーマンでのリハビリ以外にも、自主訓練や助手さんの見守りでできるような内容を作成してメニューを毎日組み直してくれる
今更、遥人さんの観察力や準備の丁寧さ、一人ひとりをちゃんと見てくれてることを実感する
信じれる、この人には安心して私のことを任せられる
そして、この人の思いに私は応えたい
<13週め>
手放しでのバランス練習、歩行練習、そしてダンスの練習が始まった
全部、、、、うまくいかない
でも始まったばかり、まだこれからだ
<15週め>
少しずつ、少しずつだけど足の裏の感覚が良くなってる!
立った時に足の爪先が上げづらいのは変わらないけど
立ってるときの地面を踏みしめる感覚がわかりやすくなっている!
バランス練習も歩行練習も、まだ上手くはいってない
スポンジみたいなものやデコボコしたものに乗らされるけど難しい
鏡を見ながら自分の姿勢を確認する
足の裏からの感覚、体の傾き、頭の位置を意識して
足を踏み出す
グラグラしてすぐ倒れてしまう
でも上手に出来た時は遥人さんが褒めてくれる
笑った時の笑窪が可愛い
よく欠伸をしてるけど眠れていないのかな?
心配だ
<16週め>
ナギサは明日、退院する
リハビリのおかげで、何も持たずに歩けるようになっている
まだ体を揺らしながら安定しないけど
1人で階段を昇り降りしたり、車の運転試験も問題なかったらしい
ナギサに会えなくなるのは寂しいけど
ずっと一緒に頑張ってきたから
笑顔で送り出したい
退院後は週に3回ほど通院しながらリハビリを続け
アイドルへの復帰も目指していくことになる
私もナギサも、事務所とのやりとりは続けているが
芸能活動の復帰時期については公表していない
回復状況と相談しながら時期を検討していくことになる
「ヒマワリのこと待ってるからね」
ナギサは私が退院して、一緒のタイミングでの復帰を願っている
自分だけ先に復帰することは考えていないと言っていた
待っているナギサの為にも
ファンやスタッフ、お母さんやお父さんの為にも
もっと頑張って、早く復帰したいと強く思う
私は今日、歩行器を卒業し
ロフストランド杖というものを使うようになった
歩く姿を動画撮影して遥人さんと一緒に確認する
意識する筋肉や姿勢を相談して
また再び歩く、ゆっくり、早く、少し駆け足で
何度も何度も繰り返す
うまくいかない
何度も何度も繰り返す
でも、うまくいかない
何度も何度も繰り返す
<17週め>
うまくいかない
何度やっても体が思うように動かない
立てるようになった、歩けるようになった
でも
走れない
飛べない
うまく踊れない
遥人さんの指導は間違ってない
ダンスだって遥人さんの専門じゃないはずだ
それでも色んな資料やリハビリ方法を提示してくれる
でも、うまくいかない
はじめから分かっていた
元には戻らない
新しい自分として、またあの場所に戻るんだって
ちゃんと分かってた
覚悟してた
覚悟してたつもりだった
だけど
思うように体が動かない
どんなに頑張ってもうまくいかない
それがこんなにも辛くて不安だなんて思ってなかった
苦しい 苦しい 苦しい 苦しい
精神的に参っていた私に遥人さんは1日休もうと提案してくれた
でも私は少しでも良くなりたくて、それを断った
お医者さんも、梨香さんも
少し休んだほうが良いと言った
誰も、私のことを分かってくれていないような気持ちになった
頭では理解していたけど言ってはいけないことを口にしてしまった
「私の気持ちはわからない」
「人の不幸を支えて優越感に浸っているだけでしょ」
「大切なものを失ったことない人が偉そうに指図しないで」
とてもひどいことを言ってしまった
遥人さんは何も言わず
私が投げて割れしまった花瓶を、静かに片付けてくれた
部屋を出る時に寂しそうに笑う遥人さんの顔が
頭から離れなかった
————
その日の夜
私よりも入院歴の長い、同室の患者さんが教えてくれた
遥人さんの家族のことについて
あなたは知っておくべきだと
遥人さんが子供さんを亡くしたこと
奥さんが心の病を患い自ら命を絶ってしまったこと
私は何も知らなかった
遥人さんが悲しみを抱えていることを
私は何も知らなかった
いや、知ろうとしていなかった
時折見せる辛そうな表情
1日も欠かさずに、私のところにリハビリ来たり
梨香さんとの関係性を考えれば
遥人さんが何か抱えていることは分かっていたのに
私は自分のことばかりだった
何も知ろうとせず
そして遥人さんを傷つけた
誰も教えてくれなかったから
知っていたら、あんなひどいこと言わなかった、、、
いや、違う
全部私が悪い
自分のことしか考えれなかったんだ
「私の気持ちはわからない」
「人の不幸を支えて優越感に浸っているだけでしょ」
「大切なものを失ったことない人が偉そうに指図しないで」
遥人さんに投げた言葉が胸に突き刺さる
誰よりも私のことを分かってくれていたのに
遥人さんは自分の悲しみを抱えながら私に寄り添ってくれたのに
いつも優しかった
笑ってくれた
慰めて励ましてくれた
いけないことをした時は怒ってくれた
私のことを諦めなかった
信じてくれたのに
私は、遥人さんを傷つけてしまった
きっと明日になれば、また優しい笑顔を向けてくれるだろう
「ごめんなさい」と言えば
「気にするな」と応えてくれるだろう
でも、今すぐにでも謝りたかった
何も知らずに甘えていた自分が許せない
信じていると言いながら、遥人さんのことを傷つけてしまった自分が嫌いだ
遥人さんに謝りたい
もっと遥人さんのことが知りたい
私にしてくれたように
私も遥人さんの力になりたいと思った
————
やっと明るくなり始めた
朝の6時半
病院の玄関前で1人立っている
ロフストランド杖を使って
病室からここまで来るのに15分もかかってしまった
普通の人の足なら5分もかからないだろう
それでも私は遥人さんに少しでも早く会いたくて
ここに立っている
この時間に玄関の前を通ることを病室の窓からいつも見ていた
ボサボサの髪の毛で眠たい目をしながら通るのを
いつも見ていた
そして、やっぱりいつもの時間に遥人さんはやって来た
「あれ?ヒマワリ、なんでここにいるの?」
「お、おはよう、、、」
「おはよう。まだ7時前、だよな?どうした?」
私を見つめ、言葉を待ってくれる
「あの、ね。昨日のことを、、、謝りたくて」
「昨日のこと?」
「私、最近うまくリハビリいかなくて。不安で、遥人さんに、、、ひどいこと言っちゃって」
遥人さんは何も言わずに私の言葉を聞いてくれている
いつもそうだ
ちゃんと私の言葉を最後まで聞いてくれる
感情的な言葉も、冗談も、真面目な話も全部
いつだって、ちゃんと聞いてくれていたのに、、、
「ごめんなさい、、、」
「俺の方こそ、ごめんな」
「、、、なんで、遥人さんが謝るの?」
「俺にもっと知識や技術があれば、ヒマワリの回復を早めれるかもしれないのに」
「そんなことない、、、十分、十分すぎるくらい、ちゃんとしてもらってるよ」
「俺はさ、自分にできることをやってる、、、そう思ってる」
そう言葉にする遥人さんの声は震えていた
「でもさ、結局誰も救えていない、、、、何も守れていないのかも知れないな、、、」
昨日と同じように私に笑って見せる
その顔は苦しそうだった
「私ね、、、ちゃんと、救われてる」
ロフストランド杖を投げ捨てた
「えっ?お、お前、何してるんだよ!」
「来ないで!!」
私は握っていたスマホから曲を流し
遥人さんに背を向けて歩き出した
そして、怖いけどその足を早める
体がぐらつく
だけど、ここで倒れるわけにはいかない
見せなきゃ、ちゃんと見せなきゃ
足の感覚が鈍いまま体重を落として思い切り足に力を込める
つま先の感覚がやっぱりわからないけど
きっとできる
私は今まで遥人さんが教えてくれたことを思い出しながら
曲に合わせて "踊った"
きっと軽やかではない
弾むようにも、感情を乗せることも出来ていない
でも、私はここまで出来るようになった
アップテンポの曲調に合わせて
ステップを踏む、右に左に
以前のようには上手く踊れないけど
あなたのおかげで、ここまで出来るようになったんだよ
遥人さんが私を見ている、見てくれている
伝えたい
私はあなたに救われていると
伝えたい
私も、あなたのことを救いたいと
サビの部分に差し掛かり
リズムが転調する時に
体が大きくぐらついて地面に手が着いた
慌てて遥人さんが駆け寄ろうとするが
右手を前に出して制する
『ちゃんと見てて』目で伝えた
まだ上手には踊れない
信じている
あなたが信じてくれたから
あなたが信じてくれた、私のことを、私も信じられる
私は出来る
信じる、もう迷わない
倒れそうになる体を、何度も練習したリハビリを思い出して踏ん張る
ちゃんと見てほしかった
ごめんなさい、ありがとう
そんな言葉よりも伝えたいことがあったから
曲が終盤を迎え
私は腰を落とした、膝を曲げて前かがみになり
そして、大きく跳んだ
————
遥人さんに抱きしめられている
最後のジャンブで、着地に失敗して倒れかかった
そんな私を受け止めてくれた
最後まで何とか踊れた
走れた、ジャンプも出来た
でも、着地のときの足の感覚がまだわからないままだ
「あはは、、、最後、失敗しちゃった、、、」
私は悔しさで下を向いてしまう
最後までちゃんと良いところを見せたかった
ここまで出来るようになったよって、安心させたかった
「すごいよ、ヒマワリ。よく頑張った」
遥人さんは、優しい声で褒めてくれた
「、、、でしょ。もっと、褒めて」
「お前はすごい。尊敬してる」
「えへへ〜♪」
遥人さんが頭を撫でてくれた
嬉しかったけど、ここは病院の玄関なんだと思い出して我に返る
「ここまで、来れたのは遥人さんのおかげだよ」
「俺は、ただ手伝っただけだよ。頑張ったのは、ヒマワリ自身だ」
「ううん、そうかも知れない。だけど、頑張れたのは遥人さんがいたから」
夜明けの光が、ゆっくりと辺りを照らし始めた
遥人さんの腕の中で、私は空を見上げる
「遥人さん、私まだ始まったばっかりだよね?」
「あぁ、まだ教えたいことも沢山ある」
「頼りにしてる。私、頑張りたい」
「じゃあ無理しないように、ちゃんと見てないとな」
色々と聞きたかった
遥人さんのことをもっと知りたい
だけど、まずは私のことを知ってもらおう
そして、これから知っていこう
胸の奥がじんわり温かくなる
昨日までの暗い闇の中で迷子になっていた私は
もういない
失っても、また始めれることを遥人さんは教えてくれた
今度は私が遥人さんに教えてあげたい
誰かが支えてくれる喜びを 嬉しさを
あなたを照らす光になりたい
気付けば空は明るさを増し
陽の光が私と遥人さんを照らす
陽はまた昇る
何度でも、何度でも




