【別章3】信じる ただ信じる
~side:ヒマワリ~
現実に目を向けると
私はやっぱり重症だった
右橈骨遠位端骨折
右膝蓋骨骨折
腰髄不全損傷
右手首に巻かれたギプス
右膝を包んでいる固い装具
両膝から下がまばらに感覚が鈍い
白川さんがこの2週間で私にしていたことを思い出す
骨折のところに当てられた機械は超音波だと教えてくれた
骨の癒合?くっつくのを早めてくれるらしい
EMSという機械は筋肉を電気刺激で強制的に収縮させると説明してくれた
「ヒマワリがちゃんとやらないからさ、これ付けるしかなかったんだよ」
白川さんには、私のことを『ヒマワリ』と呼んで欲しいとお願いした
本名で呼ばれるのは、ちょっと抵抗があった
敬語はやめて欲しい、厳しくリハビリして欲しいと頼んだ
「脊髄の、いわゆる神経損傷ってさ、骨折とは違って元には戻らないんだよ」
お医者さんから説明されたことを噛み砕いて説明し直してくれる
だけど白川さんは気休めは言わない
本当のことを、私の目を見て言う
私はずっと、この人の言葉を聞き流していた
いつも、ちゃんと向き合ってくれていたのに
「元には戻らない、だけど、傷ついた神経が刺激を受けることで神経回路の修復が促される可能性がある。早ければ早い程良い」
「、、、リハビリ始めるのが早い程、改善する可能性があがるってこと?」
あの事故から1か月
私は無意味に時間を費やしてしまった
過ぎた時間は、もう戻らない、悔しい
もっとできる事があったのに
諦めて何もしなかった
悔しい、悔しい、私のバカ
「あのさ。今、時間を無駄にしてしまった、とか思ってない?」
「、、、、うん。だって、そうじゃん。私、何もしてないもん」
「早い方が良いのは間違いないね。でも、がむしゃらにやれば良いってもんじゃない」
「、、、でも、もう1か月も何も、、、」
「何もしてない?本当に?」
「、、、、えっ?」
白川さんは少し笑った
「俺の言うこと、なーんも聞いてなかったもんな。でも、それで良かったのかもしれない」
「どうして?」
「変に突っ走って無茶されるよりは良かったかも、って話だよ」
「意味わかんないよ」
「骨折もある、腕も足も。それに、膝から下の機能が一部低下してる。」
「うん、、、、まだ手も膝も痛い。」
ベッドから起きて、車椅子に移るのも看護師さんに手伝ってもらわないと出来ない
骨折していない左足を軸にして体重を支えないといけないのに
その左足の感覚がおかしくて、床に足が着いているのか曖昧に感じる
視覚的には足が床に着いているのに浮いているような感じ
「でもね、ちゃんと立てない、、、怖いの」
「まずは、そこからだな」
【立つ】という行為に必要なこと
筋力、バランスだけではないんだって教えてくれた
足の感覚、膝の感覚、感覚にも色々な種類があるようで目を瞑ったり見ていなくても人が座って、立って、歩いて、走って、飛べるのには理由があるって
私は事故に遭うまでに、そういったことを何も考えたことはない
もっと上手に、もっと優雅に、華やかに
早く、高く、大きく、綺麗に
そう願い、ただできる事のすべてをやってきた
「ヒマワリ。今は分からなくてもいい、やりながら一つずつ教えていく」
「うん。私、頑張る」
「ナギサも、俺が担当してるんだ。あいつはさ、目を覚ました次の日から突っ走っちゃってさ」
「そう、、、なんだ」
「突っ走って、余計な怪我を増やしてさ。やめろ、って言っても聞かなかったんだ。不器用だよ、あいつは、、、」
呆れたように、でも優しく、大切なことを伝える様に白川さんは続ける
「ナギサは、『ヒマワリとまた踊りたい』って、そう言ってたんだよ」
「ナギサが、、、?」
「自分の足で立てなくて、転んで床に這いつくばっても、何度も何度も車椅子の練習してさ」
「、、、強い、、、ね。ナギサは」
「強い、、、か。そう見えたか?」
「え?」
「“強い”なんて言葉で片づけてやるなよ」
「だって、ナギサは強いよ。私と同じくらい怪我してるのに」
「リハビリの時、、、いつも泣いてるよ。泣いて、泣いて、『もう嫌だ』『死にたい』『なんで私が』『どうして』って毎日。誰だって、弱いんだよ」
白川さんは右手をギュッと握りしめた
ゆっくりと開いた手のひらを見つめて
寂しそうな表情をしている
胸が締め付けられた
きっと皆、人には見せない辛さや苦しさがあるんだろう
私は自分のことしか考えていない
怪我をして、傷ついた自分のことをあきらめて
無気力になって時間を過ごしてしまった時間の中
ナギサは戦っていたんだ
そう思うと
悔しくて、情けなくて、どうしようもない気持ちになった
「、、、アイドルって俺にはよくわかんないけどさ。『人に元気と笑顔を与えるのがアイドルなんだ』って、ナギサは言うんだよ」
「、、、うん」
「あいつ自身辛いのにさ。でも、、、辛いことも、悲しいことも、しんどいこと全部抱えて。キラキラした顔で言うんだよ」
「、、、うん、、、、うん」
頬を伝う涙が太ももに落ちる
ズボンに涙が染み込んで段々と大きくなっていく
生温かい感触は冷たくなり
項垂れた顔をあげるまで白川さんは言葉を紡がずに待ってくれた
そして私に聞こえるように言う
「ヒマワリ、、、、アイドルに戻る為には、たぶん凄く辛い道になる。時間もかかる。身体的にも、精神的にも、きっと凄くきつい」
「、、、、、うん」
白川さんが私の前で膝を付き
顔の高さ合わせじっと瞳を見つめてくる
「それでも、やるか?」
「、、、うん。やる。でも、、、、」
「でも?」
「私が、くじけそうになったら、、、頼って良い、かな?」
「良いよ。その為に俺がいるんだから」
「ありがとう。私のこと、ちゃんと見てくれて。見捨てないでくれて」
そう言うと、白川さんは私の頭を撫でてきた
「ちょ、ちょっと、、、なんで撫でるのよ」
「いや、可愛くなったなと思ってさ」
「っっ⁉ そ、それセクハラだからね⁉」
「子供が何言ってんだよ、ははっ」
「こ、子供って! 私、もう17歳なんだから!」
思わず声が裏返った
涙で鼻が詰まって、かっこ悪い
白川さんは、ふっと笑った
からかっているというより、どこか安心したような笑いだった
「17歳でも、やっと“顔をあげて前を向いた子”って感じだよ」
「、、、子、って言った」
「言ったな」
「むぅ、、、」
頬を膨らませると、白川さんは少しだけ真面目な顔に戻った。
「元には戻らない、医者も俺も世界中の誰だって戻してやれない。ならさ、どうすれば良いと思う?」
「、、、、分かんないよ、、、」
「新しく、ここから進むしかないんだよ」
「新しく、、、?」
「あぁ、前の自分には戻れない。なら、ここが始まりだ」
「、、、できるかな?私に、、、」
「信じろ、自分のことを」
「信じる、、、」
「お前が、自分のことを諦めないなら最後まで付き合う。支えてやる。」
「、、、信じて、いいの?」
白川さんは、迷いなく頷いた
「信じていい。俺も信じてるから」
その言葉に、胸が熱くなった
涙がまた滲むけれど、さっきまでの涙とは違う
「、、、じゃあ、私も信じる。白川さんのことも、ナギサのこともそして」
言葉が喉で震えた
でも、逃げずに言った
「私、自分のこと、、、信じてみる」
白川さんは、ゆっくりと微笑んだ
私は深く息を吸った
怖い
でも、もう逃げない
白川さんが車椅子の横に立ち、手を差し出す
「さぁ、はじめようか、ヒマワリ。ここからだぞ」
「、、、うん。よろしく、お願いします」
信じる
ただ信じる
自分を、そしてこの人のことを
私は、その手を取った
私の世界が終わり、また始まった




