【別章2】秒針の行方
~side:ヒマワリ~
あの事故があった日から2週間が経った
何もする気になれない
定期的に部屋を訪れるお医者さん、看護師さん
私を気遣いながら声をかけてくれる
「受傷部の回復は良好です。出来ることから始めましょう」
「気分転換に散歩に出ませんか?」
「怪我をしていない箇所のリハビリから始めましょう」
「もうちょっと食べないと元気がでませんよ」
骨折が治っても私の足は元に戻らない
外を散歩したら、何か変わるの?
リハビリをしても、まともに動かない足では踊れない
何を食べても美味しく感じない
親切な言葉や励ましに
作り笑いで答えるのはかなりきつい
今は何もしたくない
誰の言葉も空しく感じる
1人にして欲しかった
だから
私は毎日決まった時間に部屋にやってくる
この人が嫌いだ
私のリハビリ担当【白川遥人】さん
私が「リハビリなんかしたくない」「出て行って」「触らないで」と言っても
お構いなく沢山の道具や機械を持ってきて
ベッド上でストレッチ、関節を動かしたりを止めはしない
私の許可を取らず、よくわからない機械を骨折している箇所にあてたりする
もう元には戻らないのになぜこんなことをしなければいけないのだろう
お医者さんや看護師さんにも苦情を入れた
お母さんやマネージャーにも担当を変えてほしいと言った
そっとしておいて欲しいのに
遠慮なしで私の領域に入ってこられることが凄く嫌だった
でもこの人は毎日部屋にやってくる
もう一人の担当【花村梨香】さんは私が拒否の姿勢を示すと
少しだけ話をして帰っていくのに
この人は毎日、同じ時間にきて
一方的に話しかけながらリハビリらしきことをする
1時間程すれば
「じゃあ、また明日ね」
と言って帰っていく
唯一の救いは
『私のことを知らない』ということ
アイドルの私を、白川さんは知らないらしい
今日も「なんていうグループだったの?」「映像とかあるの?」と
当人である私に聞いてきた
デリカシーがないところも嫌いだ
毎日毎日
無愛想な私に対してきっちり1時間、リハビリをする
私を触るときに恥じらいや躊躇いがないところも
なんだか癪に障った
―――――
事故にあって1ヶ月が経った
午後2時 もうすぐ白川さんが来る時間だ
私はふと気づく
「あ、、、れ、白川さん。毎日、来てる、、、よね?お休みって、ないの?」
白川さんが部屋に来るようになって2週間
決まった時間に毎日
1日も欠かさず私の部屋を訪れてる
花村さんが顔を出さなかった日は何度かあったように思う
あれ?今日って何月何日だっけ?
あれ?今日って何曜日だっけ?
部屋の中に置いてあったカレンダーやテレビは
お母さんにお願いして無くしてもらったので分からない
何も考えたくなかったから
白川さんは休みを取っていないのだろうか?
そもそも休みがない、というのは大丈夫なのだろうか?
この病院は特殊なんだろうか?
そんなことを考えていると
部屋のドアがいつもの時間になり開いた
少し乱れた髪型と眠たそうな目つきで
白川さんが部屋に入ってきた
ベッド上でのストレッチ、骨や筋肉に電気治療器のようなものを当てられ
今日も同じようにリハビリが行われていく
右の膝を包むように装具というものを巻かれ
「ちょっと立ってみようか」
「はい、座って、立って、座って」
などと繰り返し動かされる
怪我をしていない箇所の運動や
ボールを握らされたり
部屋の中で立ったりバランスの練習をさせられたり
こんなことをして何になるのだろう
もうすぐ15時
やっと終わる 部屋から出て行ってくれる
そう思った時に白川さんは
「今日はね、見せたいものがあるんだ」
そう言って私を抱えて車椅子に無理やり移した
抵抗したかったけど右腕が動かなくて
されるがままだった
―――――
車椅子を押されて
どこかへ向かっている
病室から出ること自体久しぶりだった
長い廊下には人もまばらで
職員さんや病衣を着た患者さんがまばらにいる程度
「今日さ、何曜日かわかってる?」
私がキョロキョロしているのに気づき白川さんが尋ねてきた
「えっと、、、わかんない。です。」
「だと思った。今日は日曜だよ。だから人が少ないの」
「、、、そう、なんですね、、、」
お見舞いは土日、祝日は15時までと取り決めがあることは知っている
どこかに連れて行く際に
人を少ない時を選んでくれたのかもしれない
私が好奇の視線に晒されるのを
ぼんやりと考えていると
車椅子が止まった
『リハビリテーション室』という文字が目に入った
自動ドアには電力が入っていないのか
白川さんは手動でドアを開き
また私の乗った車椅子を押して一緒に中に入った
誰もいない広い空間
小さな体育館ほどの広さに空調の音が響いている
「ねぇ、なんで連れてきた、んですか?」
「ふふっ。良いよ、もう敬語とか。疲れるだろ?」
「.........」
言い返す気にもなれない
壁一面に貼られた鏡を見ながら
なんだかレッスンルームに似てるなぁと思った
ボーッと部屋を眺めていると
ガチャガチャという音が聞こえる
でも
振り向く気にもなれない
ギュッ、ギュッと
ゴムが床を擦るような音
段々と私に近づいてくる
その音は後ろから私を追い越して目の前で止まった
車椅子に乗った
『橙野ナギサ』が目の前にいた
―――――
『橙野ナギサ』
みなラブのメンバーで副リーダー
5つ年上で、優しく、ニコニコした笑顔が可愛くて
運動神経が悪いのを補うように、ダンスは人の何倍も努力していた
歌も決して得意ではないようだったが、一生懸命に練習していた
色んな分野の知識を得ようと、いつもメモを取っていた
私はナギサを尊敬していた
1人の人間として、アイドルとして
あの時
事故があった、あの時
倒れて近づいてくる大きなクレーンに驚いて私は動けなかった
隣で踊っていたナギサは、そんな私に気づいて
抱きしめるように一緒に巻き込まれてしまった
目が覚めてから
ずっとナギサが大丈夫か心配だった
お見舞いに来たメンバーに尋ねた時
「ナギサは大丈夫だよ」
「入院はしているけど、リハビリ始めたっって」
「早く皆と踊りたい、って頑張ってる」
そう言われて、ほっとした
良かった、本当に良かったと思った
私を庇って怪我をしたナギサが
大きな怪我じゃなくて良かった
少し動けるようになったら
ナギサにお礼を言わなきゃ
ごめんねって言わなきゃ
そう、ぼんやりとした頭で今朝も考えていたところだった
なのに、どうして
ナギサは元気にしてるって、みんな言って、、、
あれ?
元気にしてるって言ってたっけ?
大丈夫、頑張ってる
っていうことしか聞いてない?
ナギサは
橙野ナギサは、車椅子を動かしながら私の目の前に向き直った
「ひさしぶり、ヒマワリ」
「、、、ひ、さし、ぶりだね、ナギサ、、」
「ふふっ。なに暗い顔してるのよ。かわいい顔が台無しだよ」
「、、、あの、さ。あの、時は」
「ねぇ、ヒマワリ。踊ろう!」
「えっ?踊るって、、、何?」
急に言われて戸惑ってしまう
さっき再会できて、まだ言いたいことがあるのに
何も言えていないのに
踊る?って、私もう、、、
ナギサは器用に車椅子を反転させ壁際にいる白川さんに合図した
「先生、お願いします」
白川さんはOKの合図を返しを立ててスマホを操作する
静かな空間に音が広がる
聞き慣れた音、私たちのデビュー曲
忘れるわけない
胸の奥が、苦しくなった
何度もステージで聞いた、あの始まり
ナギサは車椅子のまま、ゆっくりと腕を上げた
その動きは小さくて、ぎこちなくて、でも
確かにナギサは踊っていた
「、、、ナギサ」
震える声でそう言うと、ナギサがこっちを見た
「ねぇ、ヒマワリ。私ね、好きなんだ。だからね、諦めたくないの」
その言葉に、息が止まる
諦めたくない、、、
ナギサは続けた
「ヒマワリ?全部失ったみたいな顔してるよ。 もう、終わったみたいな顔してる」
「……っ」
「あの日ね、、、私も、死んだの」
ナギサは車椅子を両手で器用に操り、くるっと回った
流れる曲に合わせて両手を挙げ
体を捻り、険しく艶やかでいて悲しげな表情で動く
勢いよくターンした、その時
車椅子が傾いた、その瞬間
車椅子ごとナギサが倒れた
「ナギサっ‼」
駆け寄って抱え起したい
助けたい、助けたい、動く左手で車椅子を動かそうと
車輪に手をかけるが動かない
なんで?ナギサっ!なんで?なんで動かないの?私の足!動け!
ナギサっ!ナギサっ!
白川さんに目を向ける
白川さんは腕を組んだまま動かない
「ねぇ‼なんで見てんよ‼助けなさいよ‼」
「、、、」
「っっ!ナギサ‼大丈夫⁉」
ナギサは床に倒れたまま車椅子を整えている
うつぶせになった体を腕で押し上げて
右手で横になった車椅子を元に戻した
ナギサ、、、あなた、足が、、、
ナギサの足には、私の足と同じような装具が付けられていた
両足共に、、、
「ねぇ、聞いてんの‼、、、助けてって、、、言って、、んじゃん、、、」
「、、、」
白川さんに視線を戻すと、じっとナギサを見ている
「ねぇ、、、、助けて、、、よ」
私の声は聞こえているはずだ
白川さんはナギサを見ながら
何かを我慢しているようだった
唇を噛みしめながら苦しそうに、ただナギサを見ていた
「ヒマワリ?」
息を切らしてナギサは車椅子に背を向け
そのまま両手を後ろに伸ばした
体を前屈するように倒し
車椅子のフレームを押し上げながらグッと座面に体を戻した
1人で車椅子に座りなおした
「私ね、まだ足がうまく動かないの、、、これから先もね、はっきりと分かんないだってさ」
「うそ、、、そんな、、、」
「でもね」
またナギサは踊り出した
車椅子を動かして鏡に映る私とナギサ
「私さ、ヒマワリが好きだよ。だからさ、一緒にまた踊ろうよ」
どうして笑えるの?
ナギサは私を庇って怪我をしたのに、私を助けなければ
私のせいで、私のせいで
「止まったら、本当に終わっちゃう。私ね、また皆と踊りたい」
「、、、」
曲が終わって部屋に静寂が戻った
白川さんがナギサに声をかける
「ターンの時には、内側に重心傾けるって何回も教えたはずだよ」
「えへへ、、、厳しいなぁ、先生は、、」
「でも、良く出来てた。今まで一番、かっこよかったよ」
白川さんはナギサの頭を優しく撫でた
ナギサは照れながら笑っている
「頑張ったもん、、もっと褒めて」
「調子にのらない」
ペしっ、と頭に軽く手刀を当てられている
ナギサは私に向き直り、目をまっすぐ見た
優しくて、強くて、折れそうな
それでもナギサは前を向いている
「ヒマワリ。私ね、あの日からずっと考えてた。ヒマワリを守れたから、これでよかったって、でもね、、、本当は違った」
ナギサは胸に手を当て、少しだけ視線を落とした
「私ね、ヒマワリがいなくなるのが怖かった。体が勝手に動いたの。守ったとか、助けたとか、そんな立派な理由じゃないよ。ただ、あなたを失いたくなかっただけ」
胸の奥がぎゅっと締め付けられる
息が苦しい。
涙がこぼれそうになる。
「ヒマワリ。私達、終わってないよ?あなたの悲しそうな顔みてると、あの時の自分がバカみたいじゃん」
ナギサは車椅子のブレーキを外し、ゆっくりと私の方へ近づいてきた
距離が縮まるたび、心臓が痛いほど脈打つ
「……っ」
「生きててほしかったんだよ。笑っててほしかったんだよ。また一緒に踊りたかったんだよ」
ナギサの声が震えた。
強がりの奥に隠していた本音が、ぽろぽろとこぼれ落ちていく
「だから……お願い。ヒマワリ、止まらないで。一緒に、また踊ろう」
その瞬間、堰を切ったように涙が溢れた
止められなかった
「……ナギサ……ごめ……ごめん……っ」
言葉にならない声が漏れる
言いたいことが多すぎて、伝えたいことが多くて、でも言葉にならない
ナギサはそっと私の左手を握った
温かかった
震えていたのは、私だけじゃなかった
「ねぇ、ヒマワリ。私たち、もう前みたいには踊れないかもしれない。でもさ――」
ナギサは涙を拭い、笑った
あの日のステージ裏で見せてくれた、あの優しい笑顔で
白川さんが、静かに息を吐いて
ずっと堪えていたものを、ようやく解き放つように
「ナギサ、ヒマワリさん。前と同じようには戻らないかもしれない、、、俺はきっと、君たちを“救えない”」
白川さんはゆっくりと私の前にしゃがみ込んだ
初めて、真正面から目が合った
「でもさ、まだ終わっていない。こうやって目の前にいる。俺は君を、君達を全力で
応援するよ。」
胸の奥が熱くなる。
苦しくて、痛くて、悲しくて、悔しくて、
見ないようにしていた思いが沸き上がってくる
「、、、私は、、、私は」
声が震えて、出てこない
でも、言わなきゃいけない
「私、、、また、、、踊りたい、、、踊りたいよ、、、」
涙がこぼれた
ずっと我慢していた
言葉にすると、もう止まらなかった
「、、、でも、、、もう腕も足も、、、ちゃんと動かないん、、、だもん、、、」
ナギサが私の手をぎゅっと握りしめた
「怖いなら、一緒に怖がろう。1人で立てないなら、私が傍にいる。ねぇヒマワリ、
私たち、あの日一緒に死んだんだよ?だったらさ――」
ナギサは涙を浮かべながら、笑った
「一緒に生まれ変わるのが、筋ってもんでしょ?」
その言葉が、胸の奥に深く刺さった。
痛いほどに、温かかった。
私は涙を拭い、震える声で答えた。
「、、、うん、、、一緒に、、、ナギサ、ありがとう」
ナギサは嬉しそうに笑い、白川さんは静かに私達を見守っていた
止まっていた時間が、動き出した気がした




