【別章1】輝きと夢と、そして絶望と
〜side:ヒマワリ〜
2年半前
17歳の夏、私は死んだ
アイドル戦国時代
可愛い子、綺麗な子、ダンスが上手い子、面白い子、個性的な子
私より容姿も才能も恵まれている女の子なんて山のようにいて
その中で、私は必死にもがいていた
少しだけ自信のある歌唱力
幼少の頃から大好きだったダンス
ただひたすら音楽に向き合い時間を費やしてきた
その結果、私は
正統派アイドルグループとして発足した
『人類みなラブリー♡』の初期メンバーとして
オーディションを勝ち抜いて10人の中に選ばれた
嬉しくて、嬉しくて
友達や家族、周りの人たち皆が喜んでくれた
頑張って良かったと心の底から思えた
音楽が、もっと好きになった
そして私はリーダーとして選ばれた
最年少の私が?と驚いたけど
理由は他のメンバーからの推薦ということだった
期待されている
嬉しい
頑張らなきゃ
そんな思いが当時の私を満たしていた
実際よく頑張っていたと思う
歌、ダンスのレッスン、地方やショッピングモール回り、取材やテレビ出演
メンバーや大人達との話し合い
毎日大変だったけど充実していた
私以外の9人は皆優しく、思いやりの強い真面目な子ばかりで
1番年下の私を全員でサポートしてくれた
少ない専属スタッフさん達も
私達が快適に過ごせるようにスケジュール管理や身の回りの支援も手を抜かなかった
みんなで一体となって高みを目指していける
最高の仲間だった
グループの活動が徐々に認知されていくにつれ
それと比例するように忙しさも増していった
プライベートの時間も、寝る時間も削って
毎日必死で頑張った
皆の頑張りが結果になって
私達は新人としては異例の速さで年末の歌番組に出場が決まった
報告を聞いた時は皆で抱き合って喜んだ
笑って、泣いて、転がりあって
幸せだった
そんな時に悲劇が起きてしまった
野外ライブ中に突発的な強風で
クレーンカメラが操作不能となり落下するという事故
クレーンカメラは
ステージで踊っていた私とメンバー2人を巻き込んだ
気付いた時には
私はベッドの上にいた
白い天井、規則的に鳴る機械の音、腕に繋がる細い管、自分の体では無いような感覚
窓際には身を乗り出して私の顔を覗き込む母親がいた
涙を流しながら私を抱きしめられた
朦朧とする意識の中で
〔怪我しちゃったんだ私。でも、ちょっと休めるなぁ〕と軽く考えていた
すすり泣く母親の顔を見ながら大袈裟だなぁ、と笑う余裕すらあった
あの話を聞くまでは
―――――
右橈骨遠位端骨折
右膝蓋骨骨折
脊髄不全損傷
目を覚ました翌日
お医者さんらしき男性が説明してくれた
そんなことよりも
足が動かない、膝から下の感覚がおかしくて
車椅子に移ることも、トイレに行くことも出来なかった
紙おむつの中に用を足さなければならず
とても恥ずかしった
先生にそのことを伝え、どうにかしたいとお願いしたのだが
同席していた母親とマネージャーさんが啜り泣いていた
何でだろう?と思って目を向けるが
2人は私を見てくれない
「お母さん、本当にお伝えして良いんですか?今、お伝えするのは控えた方が良いと思いますが」
「、、、いえ、お願いします。いずれ、わかることです。ちゃんと、受け止めれる子です」
???
確かに大怪我だけど、ちょっと大袈裟じゃ無い?
私、早く元気になって皆のところに戻らなきゃなんだから
どんなことでも頑張るよ
そう思いながらお医者さんの言葉を待った
「脊髄不全損傷...腰の神経が損傷しています。それによって膝から下の感覚や運動機能に障害が生じています。現状の感覚機能の低下から推測すると、日常生活は十分支障はなくなるでしょう。ですが、走ったり、踊ったりは...難しいかもしれません...」
…え?
何言ってんの、この人?
ドッキリ?
部屋を見渡してカメラを探した
でも、どこにもカメラは無かった
母親がマネージャーさんに支えられて泣いていた
マネージャーさんも、ハンカチで目を押さえて泣いていた
もう一度お医者さんを見た
「...えっと、治る、んですよね?」
「....リハビリで改善する可能性は大いにあります。ですが、元通りということは難しいでしょう。何かしらの、後遺症は、、残るとお考えください」
初期手術はうまくいった
歩けるようにはなるだろう
走ったり、ダンスをすることは難しい
装具をつければ日常生活は問題なく送れるようになる
リハビリは早い方が良い
根本的な治療、神経再生の医療技術は確立されていない
個人差が大きく明確な予後は明言できない
……
お医者さんが続ける言葉の意味はわかるのに
別の人のことを言っているような気がした
走れない?踊れない?
何言ってんの?
そんなわけないじゃん
私は、私は、まだ始まったばっかりなのに
時が止まってしまった
アイドルとして....もう終わりってこと?
痛む体と動かない足
その事実が全身に広がっていく
今まで、努力は私を裏切らなかった
頑張って、頑張った先に夢は必ず叶うって信じてたし、実際叶えてきた
ファンの声援
メンバーで支え合った日々
ステージに立つキラキラした私
全部、崩れ落ちて壊れる音がした
17歳の夏
アイドルとしての私は、死んでしまった
―――――
その後の私は、無気力で投げやりで
生きる屍のように窓の外を眺めるばかりだった
お見舞いに来てくれた家族、メンバーにも
素っ気ない返事しかできなかった
笑う元気なんて無くて、余裕なんて無くて
痛みが消えても動かない足が
この世界は現実なんだと残酷な事実を突きつけてきた
アイドルに戻れないなら
リハビリなんてしても意味が無い
訪室するスタッフさんを
私を元通りにできるのか?と言って追い払った
私はもう、どうでも良かった
本当にどうでも良かった
あの人が
白川遥人さんが、部屋を訪れるまでは




